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哀れなゲイリー

「いったい何をグズグズしてたんですか? わたしを放ったらかして一人でどこに行ってたんです?」

「少し離れたところから様子を見てたんだ。面白かったよ」


 帰りの馬車の中で文句を言っても、全く取り合ってもらえなかった。シオンは満足気に踏ん反り返っている。


「いやぁ、君、そんな恰好をしてても中身は全く変わらないんだな。少しはおしとやかな気分になるとか、あの中で一番多くの男達を侍らした優越感に浸るとか、色々あるだろう? それに―――」

「シオン。いいかげんにしてよ。本当にどういうつもりだっていうの?」


 いくら金持ち階級の人間だろうと、考えてみればこいつは雇い主でもなんでもないのだ。敬語を使う気も失せて、リナベルは不機嫌丸出しで遮ってやる。不敬だの生意気だのと怒るなら怒ればいい。これ以上振り回されてたまるかと睨むと、シオンは慌てた様子で両手を顔の高さに上げた。手のひらをこちらに向けて、宥める格好だ。


「おいおい、そんな怒んないでよ。怖いなー」

「と思うなら、ちゃんと説明してちょうだいっ。さっきの顛末はいったい何なの? 今日の目的はただ単に女の子と一緒のところを見せるってだけだった筈よ? そんなことをするまでもなく、あんたがろくでもない女ったらしなのは自明の理だわよ。だけどぼんくら坊ちゃんに女性の好みをバカにされたまま引っ込んでられないって言って、わざわざ人を着飾らせて連れ回したんじゃない。それがなんで肝心のあんたが一人、フラフラ徘徊してんのよ? わけわかんないわっ」

「あー……ごめん。実は君に言った目的は、その、微妙に違うって言うか―――」

「でしょうね。で?」


 シオンは全く引かないリナベルに、諦めたように苦笑した。


「うん。まぁ、こうなったら正直に言うけど―――ムカついていたんだよね。ゲイリーがマチルダ・ゴーエンに夢中になっているのがさ。あいつはああいう腹黒女に簡単にたぶらかされちまうんだ。だから―――俺はバカで単純な幼馴染みの目を覚まさせたくて、君の協力を仰いだというわけ。彼女だけが女じゃないと教えたかっただけなんだけど……悪かったよ」

「なんで最初からそれを言わなかったのよ?」

「だって、ゲイリーのためって言ったら、君に協力してもらえないと思ったんだ」


 正直、男の見栄より情けない親友のためと言われた方が納得のいく理由だが。


「いや、だってあいつは君の天敵だし、なにせ『ぼんくら坊ちゃん』だもんな」

「……なるほどね」


 確かにリナベルとは水と油、犬猿の仲のゲイリーのためと言い難かったのは当然かもしれない。理由を聞けばさっきまでの苛立ちも自然と薄れていく。


「もういいわ。そう言われると確かに納得がいきます。あんなんでもあんたの親友ですもんね。―――にしても、なんでマチルダ・ゴーエンが腹黒女なんですか? そんな見方をする若い男がいるなんて信じられないわ」

「君が今言った通りだよ。マチルダを良く思っているのは、彼女の色香に酔っ払った若い男だけ。女の子からの評判は最悪だ。俺も伊達に女の子たちと仲良くしているわけじゃないのさ。そういう話は色々と入ってくる」

「色々って……」

「ん? 男の前じゃ儚げに装っているけど、気の弱い幼馴染みのハナ・リドリンにカンニングを手伝わせて、バレそうになったら彼女にだけ押し付けて罰を逃れた話とか。他の子が服を新調したら『それ綺麗だけどいつもよりもっと顔色が悪く見えるわ』だの『そういう柄のスカートはもっと痩せた人じゃないと着こなせいって知らないの? 私の方が似合うわよ』だの言ってこきおろすとか。何かと癇癪を起こすし、口癖が『私を怒らせない方がいいわよ? あんたの恋人や兄弟が私に夢中になるようにするのは簡単なんだから』だとか。いくらでもあるよ。女って噂好きだからね」


 立て板に水の説明は、リナベルが市場で仕入れた手持ち情報と遜色なかった。


「でもそんなこと言って聞かせたって、逆上せ上がったゲイリーが耳を貸すわけがない。かえって、俺も彼女を狙っていると思い込んで、見当違いの競争心で突っ走るのがオチだからね」


 さすが親友。ゲイリーの性格をよくわかってる。


「だからあいつ自身に、他にもいい子いるんだなって気付かせたかったの。君以外の子に頼むことも考えたんだけど、俺の知り合いであいつの知らない子なんていないし、その中でマチルダ・ゴーエンが一番と思い込んでるからな。今更、他の女の子のいいとこなんて目に入らないだろ? だから、君に白羽の矢を立てたんだ」

「でもいいんですか? わたし達、夜会の途中で帰ってきちゃいましたけど」

「うん。あれだけ引き離したら充分だ。あれからマチルダのところに戻っても、取り巻きがびっちり牽制して奴が潜り込む隙間なんて残ってないよ。せいぜい人垣の外をウロウロするくらいが関の山だ」


 悪戯っ子のように笑うシオンにつられてリナベルも笑い出す。


「まあ、確かに―――。その姿が想像できるのが情けないですね」


 そう言いつつも哀れなゲイリーに対して、ほんのちょっぴり同情する気持ちが湧いていた。どんなポンコツであっても、親友に裏で画策されて恋心を摘み取られるのは悲しすぎる。

 だが、聞き及ぶマチルダ・ゴーエンの人柄や評判を考えれば、ゲイリーごときでは手に負えない相手なのは間違いない。知らないうちに大怪我するところを、知らないうちに運よく助かったということでいいのだろう。というか、別にこっちが気に病む必要もないのだ。

 シオンがやったことで、こちらも巻き込まれただけの立場だし、それに―――結局、たいして面倒は起こらなかったのだ。普段絶対に着ることのない豪華な衣裳を身にまとって、ちょっとした女優気分を味わったと思えば、面白い経験をしたと言えそうだった。

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