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謎の美女、現る

「お前に誘われたからやっぱり来てみたんだ。なかなか盛大だな」

「……ああ……そうだな……」


 いかにも上の空のゲイリーに、シオンが笑いをかみ殺すのがわかった。だが、リナベルはそれどころではなかった。奴の反応を見れば、正体がバレた可能性が高い。


 内心焦っているリナベルには構わず、シオンはゲイリーを呼びつけた。


「ゲイリー、ちょっと頼みがあるんだ。ああ……手が離せないなら他に頼むから―――」

「い、いや、かまわないっ。し、親友じゃないか、シオンっ」


 ゲイリーはこれ程素早く動けるものかと驚く速さで、憧れのマチルダ嬢の傍を離れて飛んできた。声も上擦っていて大慌ての様相だ。


 それはそうだろうと目を泳がせていたリナベルは、次の瞬間固まった。マチルダ嬢の周りでひしめき合っていた青年たちの約半数が、ゲイリーを押しのけるようにこちらに集まってきたのだ。残りの半数もどういうわけか気もそぞろなありさまだ。


「やあ、シオン。いい所で会えた。ちょっと相談があってね。―――おや? ところでこちらの方は?」

「シオン、見慣れない方を連れているが―――」

「失礼、貴女とどこかでお会いしたことがあると思うのですが、覚えていますか?」

「この街の人じゃないようですね。ぜひ彼女の名前を……」

「美しい人だな。シオン、紹介してくれよ」


 リナベルは連中のあまりの迫力にギョッとして、思わずシオンの陰に隠れたくなる。

 なんだ、これは? 肉食獣に囲まれた仔羊の気分だった。

 彼らの顔も名前もこちらはだいたい知っている。シオンやゲイリーと同様のボンクラお坊ちゃん達。外見ばかり気にしてオツムの方は並み以下、人間性は……という連中だ。勿論、いくらおしゃれに勤しんでも、元がたいしたことないから変化も言わずもがな。金だけかけた金ぴか男達だ。

 シオンはリナベルを彼らに『リーナ・サンクロフト』として紹介した。


「名前も同じように美しいんですね。僕はジャン・カルロットと申します」


 一番の決め顔なのだろう。左斜め十五度の角度で真っ先に挨拶してきたこいつは、おやつのケーキが少し焦げてただけで女中に皿を投げつけて大暴れしたバカ男。

 リナベルは我慢できずに口を開いた。


「ジンジャーケーキはお好き?」

「ええ。ですが、美しい女性の方がもっと好きですよ?」


 意味ありげな流し目。それを無視して続ける。


「わたしはたまに女中が失敗して焦がしたとしても、八つ当たりしない人が好きだわ」


 女中が市場で吹聴していたとも知らず、何を言われているか心当たりがないという顔だ。


「ニケ・シマロです。僕を覚えていてくれていますか?」


 いつもの作戦なのだろう。相手を戸惑わせてその隙に懐に入り込む手口だ。印象はにやけ面の女好き。リナベルはにっこり笑って返してやった。


「ええ。勿論」


 そう返ってくるとは思っていなかったであろうニケは、作戦が狂って戸惑い顔だ。重い荷物を持った老婆がよろよろ歩いているのを、邪魔だ、と小突いたところはばっちり覚えていますとも。


「そ、そうですか。よかった。僕も貴女のことはひと時も忘れたことはありません」

「あら、そうですか」


 必死にどこで会ったか思い出そうとしているニケに、心の中で舌を出す。


「シオンとニケとは知り合いなんて、出遅れた自分が悔しくてたまりませんよ。俺はフランツ・クルーエです。俺のことはご存知ですか?」

「ええ。いっとき、かなり有名でしたものね」


 人妻に手を出して父親を怒らせ、勘当するしないの大騒ぎになったのは先月のことだ。もう心の傷は癒えたらしい。


 人の輪は大きくなる一方だったが、全員は相手にしていられない。イラッとしてきた頃になってやっとシオンが彼らを追っ払ってくれたので、リナベルは息をついた。

 ここからが本番だ。正体に気付いたゲイリーがどういう態度を取るかによって、対応を考えねばならない。だが、ゲイリーの反応は全くの初対面の相手に対するものだった。それではバレていなかったのだ。


「あの……シオン。リーナ嬢とはどういったことで知り合ったんだ?」

「ああ、たいしたことじゃないがたまたま機会があってね。リーナとはそれ以来仲良くさせてもらってる」

「……へぇ」

「今日も本当なら図書館に行くつもりだったけど、予定変更したんだ。彼女がぜひ君に会いたいと言うからさ」

「「えっ」」


 リナベルとゲイリーの驚きの声が重なった。


 そんなことは一言も言っていない。

そもそも今回のシオンの計画は、『自分を馬鹿にしたゲイリーに、マチルダより綺麗な子を連れてるところを見せびらかして、鼻を明かしてやりたい』という、低俗かつ低レベルな目的のもので、一緒にいるところを見せるだけだった筈。ゲイリーを呼びつける必要もなかったのだ。

 なのに突然勝手なことをベラベラ喋り出したシオンに、リナベルはギョッとして目をひん剥いた。


「実はリーナは君のことを以前からよく知っていてね。何か思うところがあったらしい。ただ、稀にみる引っ込み思案で人見知りだから、自分から話しかけるのがちょっと……ってことで。迷惑かもしれないが相手してやってくれないか。俺は飲み物を取ってくるから、彼女を頼む。他の連中から守ってやってくれ。なにしろ―――君以外には引っ込み思案の人見知りだからね」


 言うなりシオンはリナベルをゲイリーに渡してさっさと離れてしまう。今しがたの青年たちとの会話のどこが引っ込み思案の人見知りと言うのか。自分が最初に言ったセリフだが、これだけ繰り返されるのは嫌味以外の何ものでもない。

 呆気に取られて見送っていたリナベルは、ゲイリーの上擦った声に我に返った。


「リーナ嬢、ここは人目につきますから、あちらの窓際に移りましょう」


 気付けば、シオンに追い払われた青年たちが再びこちらを窺っている。それを気付かぬ素振りで気にしているマチルダ嬢と、彼女の敗北を内心欣喜雀躍して見つつ、こちらにも牽制の目を向ける令嬢たち。


 リナベルはげんなりしてゲイリーに従った。

 場に慣れずもたつくリナベルを、ゲイリーは思いがけない甲斐甲斐しさを発揮して窓の傍に導いた。窓際に着いてからも、寄ってくる青年たちを断固としてはねつける。

 それで見直すつもりは欠片もないが、シオンの『引っ込み思案の人見知り』の触れ込みを信じて、鼻の頭に汗を浮かべて頑張っている姿は情けなくもいじらしい。


「フゥ、やっと落ち着けますね」


 人の動きが少し落ち着いたところで一仕事を終えた気分になったのか、ゲイリーは汗をぬぐってリナベルに向き直った。その顔ははっきりと赤い。


「あ、あのう……ぼ、僕を知っていたとシオンが言っていましたが、リーナ嬢はその……いつ僕を……?」

「えっ!? あ……と、三ヶ月ほど前です、けど……」

「そっ、そんなに前からっ!? や、ちっとも知りませんでした。シオンの奴、なんで教えてくれなかったんだろう」


 ブツブツ言っているゲイリーに、いや、あんたはわたしを知っているんだっつーの、と言うわけにもいかない。愛想笑いで誤魔化したらゲイリーの顔は見る間に真っ赤になった。それは普段リナベルにやりこめられて噴火寸前の時に見せるレベルの赤さだ。その時と違うのは潤んだ眸くらいだろう。

 

 その尋常ならざる顔色に、なんとなく警戒したリナベルが身を引くより早く、ゲイリーは唾を呑んで意を決したように口を開いた。


「ぁっ……あの……ぁ……ました……」

「はぁっ? すみませんけど、今なんて?」

「あっ、ゴホッ、す、すみませんっ」


 あまりの小声にリナベルが聞き返すと、焦ったゲイリーは咳き込みながら涙目で謝り、再度仕切り直して口を開いた。


「えーと、あ、あのっ、僕は―――ですね……そのぅ―――」


 まどろっこしい喋りに次第にイラッとしてくる。面倒になったリナベルは仕方なく、シオンは何やってるんでしょうねぇ? とこちらから話を振った。


「えっ? あ、そ、そうですね、あいつ何やってんだろう」


 素っ頓狂な声で返してきたゲイリーに、リナベルは今更ながら思い出して続けた。


「あの、そういえば、せっかく楽しんでいたところを邪魔してしまってごめんなさいね?」

「はいっ? えーと……?」

「いや、せっかく憧れのマチルダさんの近くに陣取っていたのに、申し訳ないなー、と……」


 要領の悪いゲイリーがあんな好位置を得られたのは、めったにない奇跡だったに違いない。シオンの策略とはいえ、あれだけ楽しみにしていた機会を邪魔したことには、多少の罪悪感はある。


 だが、人間って本当にとび上がるのね、と感心しているリナベルに、ゲイリーは焦った表情で両手を振った。そのあまりの慌てぶりに呆れて、ついいつもの調子で「ちょっと落ち着きなさいよ」と言ってしまう。

 だがゲイリーは気付かず、あたふたし続けている。

 リナベルはうんざりしながら周囲を見回した。このぼんくらお坊ちゃんのお守りを人に押し付けて、シオンはいったい何をやっているのだろう。今のところは誤魔化しているが、長く接していれば絶対にヘマをしてしまうだろう。繊細な自分の神経がこのバカらしい綱渡りの中、いつまで保つかも自信はない。そして、バレたら大騒ぎになるのだ。

 やっとのことでシオンが救い出しに戻って来た時には、リナベルの忍耐力は限界に達する寸前になっていた。

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