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狂信の果て

 ん? と顔を向けた大公は暫し考えてから目を眇めた。


「そういえば、口ばっかりで実際は限りなく非力な男だとかなんとか言っていたから、そういう関係ではないと思っていたが、『うちの』というところを見ると既に約束を交わした仲なのか?」


 ならばこちらにも考えがあると言わんばかりの険しい表情だ。


「はぁーっ!? まさかっ! ゲイリーとわたしはそんな仲じゃありませんってばっ。何言ってんのよっ?」


 悲鳴混じりのリナベルに大公は疑わしげな目を向ける。


「だが、ゲイリーの方は恋愛感情を―—―」

「ななな何をバカなことをーっ!? ぼぼぼ僕がななななんでこんなクソ生意気な奴をーっ、じょ、冗談じゃないっ。リナベルはただのか、家政婦で僕はその、つまり—―—」


 顔から火が出る勢いで赤くなり、ありえない程どもって騒ぐゲイリーに大公は、わかったわかった、と手をあげた。


「つまり、私とリナベルの恋路の邪魔にはならないと、そういうことだな?」

「はぁっ!? べ、別にそんなことは言ってないぞっ!?」

「それはだからどういうことだ? 私に対する宣戦布告と捉えていいのか? 君も彼女を好きだという―――」

「違-うっ! ああああんまり変なことを言うなっ」

「ということは、やはり―――」

「いや、だから……」


 堂々巡りに入った言い争いに、当事者であるにも関わらず置き去りにされた渦中のリナベルは、全身を震わせ眦を吊り上げた。


「いい加減にしてよっ。いい? そういうくだらない話は禁止っ。わたしの前では絶対禁止っ。あ、愛だの恋だのわたしは全然興味ないんだからっ」


 だが、肩で息をしているリナベルの迫力に圧倒された二人が口を閉じたところで、俺もリナベル狙いなのに競争率が上がっちゃったな、とシオンが余計な口を挟み、再び喧々諤々の騒ぎが始まる。

 一段と収拾のつかなくなった状況に最早為す術無しのリナベルは、現実逃避を選んだ。彼らを無視して傍らに落ちていた剣をよれよれと拾う。

 たった今、世界の終焉を食い止める奇跡を体験したとは思えぬくだらない争いに、脱力感が半端ではなかった。


「あー……あなたも色々な意味で苦労するな」


 慰めとも励ましともつかないブルグント侯爵の言葉に、げんなりと肩を落としていたリナベルは、だがふっと微笑んで剣を見た。


「でも……何はともあれ、同じ目的の仲間が出来たんですよね。今までは一人で全てをやるつもりでいたけど……心強いわ」


 その時、賑やかな騒ぎを断ち切る声に、皆が一斉に振り返った。すっかり忘れていたが、縛ったまま放置していた教会兵達がいたのだ。

 リーダーは血走った目を張り裂けんばかりに開いて、こちらを睨んでいた。彼らもここで全てを目撃したのだ。女神と人間のやりとりと奇跡を。少しでもいい。アウストラ教と違う教えを持つ宗教があることを解ってくれたら……。そう願うリナベルの前で、リーダーは血の気の引いた顔を歪め、呆然としている仲間達を振り返った。


「ありえん……っ、女神など……どこかにからくりがある筈だ……っ!」

「そんなっ。あなた達も見たでしょう!? これは全て真実なのよ。だから―――」

「このようなことは認めん、認めてはならんのだ……アウストラは偉大なり。いくら我が目で見たとしても、この世に他の神などいてはならんのだっ。し、信じよ! さもなくば……滅びよっ! 皆、神に一瞬でも疑いを抱いてしまったなら、命をかけて忠誠を示せっ」


 言うなり、奥歯を強く噛んだのがわかった。ガリッと嫌な音がした瞬間に、リーダーの顔色が変わり全身が痙攣する。

 毒だ。息を呑んだリナベルの頭を、近くにいたゲイリーが自分も蒼白になりながら、とっさに抱えて見えないように庇った。


「やめろっ! なんて馬鹿なこと……っ!」


 血相を変えたシオンが止めようと駆け寄るが、次々と死を選ぶ兵達を止めることは出来なかった。


「どうして……? 死ぬなんて、なんで……」

「……強く信じるものが揺らいだとき、人は絶望する。彼らは―――絶望したのだ」


 眼前で起こった出来事の衝撃を物語る掠れ声で、大公が呟く。


「絶望って……そんなの勝手じゃない。人間は間違えたらやり直しが出来るのに、それをしないで死に逃げるなんて―――あれだけの奇跡を見て、認めるより死んだ方がましなの?」

「狂信者にとってはそれが―――宗教というものなのだろう」


 リナベルはゲイリーの胸に顔を押し付けた。がたがた震えているのはゲイリーも同じだ。突然、恐ろしい集団自殺を見せられたのだ。なんだよこれ、と繰り返し呟きながら、恐怖で歯の根が合わないくらい震えている。

 他の三人もそうだろう。だが、リナベルの心に一番大きく膨れ上がったのは怒りだった。


 命を軽んじる人間が、命を奪うのだ。自分のも他人のも。

 この国を取り戻さなくてはならない。祖母や女神に誓ったからだけではない。狂った宗教家に牛耳られた国を、変えなければならない。

 何も知らないゲイリーでさえ、こうして強い支えになってくれているのだ。落石から身を挺して守ってくれたのは決して忘れないだろう。リナベルのために戦ってくれたことも、こうして抱き締めて悲惨な光景から遠ざけてくれたことも。聞こえない程の小声で、ありがとうと呟くと、ゲイリーの抱き締める腕の力が強くなった気がする。

 もし聞こえていたなら調子に乗せてしまうが、誰かの体温と寄り添っているだけで不安が薄れていくようで、リナベルはこの瞬間だけは考えるのを止めることにしたのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

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