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さあ、ここからが本番よ

 誰もが彼の死を覚悟した次の瞬間だった。つむじ風のように空気が渦を巻いて兵の足元を攫う。敵がよろめいた隙に立ち上がったゲイリーは、こんなの人に向けたら危ないじゃないか、と文句を言いながら相手の剣を奪った。恐怖を感じていないから簡単に出来たのだろう。

 周囲が唖然としている中、一足先に気を取り直した大公が、でかしたっ、と声を上げる。


「早く敵を討て! 他の奴にやられるぞ、ゲイリーとやら!」

「……へ?」


 あんたら何言ってんだ? と言わんばかりに目をパチクリさせたゲイリーと大公のやりとりに、だがシオンだけは見向きもせず、強張った顔でリナベルを振り返った。


「今の—―—君が?」

「……そうよ。でも今は上手くいったけど、こんなとこで大きな力を使って神殿が壊れちゃったら—―—て、危ないっ!」


 ボケっと突っ立っているゲイリーめがけて剣を振りかぶった兵を、間一髪でブルグント侯爵の剣が食い止める。頭上でキンッ! と刃がぶつかる音に、ゲイリーが目を引ん剥いて驚愕の表情になる。

 リナベルは思わず安堵の息をついたが、戦いは始まったばかりだ。なんとかしなければと頭が禿げるほど必死に考えているリナベルに、シオンが蒼褪めた顔でニヤリと笑みを向けた。


「初めて、やっと、身をもって実感した。宗教弾圧ってやつを。とりあえず君は危ない時力を貸して。なるべく血を流さないよう生け捕り作戦で」

「ええっ? でも、どうやって——―」

「それは任せる」


 言いざま、身を翻したシオンは、呆然と突っ立っているゲイリーから剣を奪うと、柄の部分でブルグント侯爵と対峙している兵の側頭部を殴りつけた。上手く気絶した敵から剣を奪いゲイリーに放り投げると、皆に、流血は避けましょう、と告げる。


「しかし—―—」

「大丈夫です。俺達は守られている」


 自信たっぷりに言ってくれるけど、どうしろとーっ!? と叫びたい。が、叫ぶ間もなく戦いが始まってしまう。

 リナベルは主に、どこか覚束ない戦いぶりの素人二人のために、風を起こして助けてやる。それでもこちらを殺す気でいる相手に、素人剣法は五分に亘り合うのが精一杯だ。条件が悪すぎる。

 リナベルは狂おしく周囲を見渡した。

 何ができる? 自分には何が—―—? 


「そうだわ、火っ」


 照明の篝火を絡めとるように指先を空中で回すと、溶けた飴のように炎が伸び上がった。そのまま蛇のように地を這わせ、敵の足を止めさせる。だが、上手くいったかに思えたその方法は失敗だった。敵のみならず、ゲイリーとシオンまでも驚いて固まってしまったのだ。火花が散って棒立ちの二人が慌てて飛び退く。


「な、なんだよ、今のはっ!?」


 どうやら火は人間の本能的な恐怖を掻き立てるらしい。


「駄目だわ。だったら、と、とりあえず武器をなんとかしなきゃ……っ!」


 風では抵抗して相手の握る力が強まるだけだ。火は根本の解決にはならない。敵を傷付けず剣を奪うには—―—。

 その時、殿下っ! という切羽詰った声が響いた。振り返るといつの間にか大公が三人に追い詰められ、絶体絶命のピンチだ。侯爵もリーダーを相手にしていて助けに行けずにいる。

 まずいっ! と思った瞬間にリナベルは敵が振りかざした剣の柄に指を向けていた。離れた場所からピンポイントで狙うのは初めてだが、一か八かやるしかない。外れたらごめんっ、でも命がかかってるしっ、と頭の中で絶叫しながら力を使うと、敵が悲鳴をあげた。その手から剣が零れ落ちる。


「どうしたっ!?」

「突然、剣が熱く……や、熔け、た?」

「なんだと—―—っ!?」


 敵方が浮足立ったのを素早く見てとった大公が、あっという間に形勢逆転する。侯爵も戦意喪失した敵の剣を叩き落とし、意識を刈り取ってから大公の加勢に回ったのを見て、リナベルは危機に陥っているゲイリーらの方を振り返り、試したばかりの魔法をふるった。

 相手の剣が落ちると、相変わらず状況の読めていないゲイリーが芝居がかった身振りで、フッ臆したか、と格好をつけている。


「賢明な判断だ。強者に膝を屈するのは恥ではない」


 満足気な親友に唖然としていたシオンも、気を取り直して武器を失った敵を片付ける。そうして敵の身体を本人の紐帯できっちり拘束し終えた時には、全員が重い溜め息をついた。


「……とりあえず邪魔はなくなったし、中断したところから再開しようか」

「いや待て待て。勝手に仕切ってるが、そういえばお前らは誰だっ。さっきは不覚をとったが今度は容赦しないぞ!」


 皆、ギョッとして振り返ると、ゲイリーが今更ながら憤怒の形相になっている。気絶する要因になった出来事を思い出したらしい。危ないから下がってろ、と言いながらリナベルを守るように割って入り、明らかに位負けしている自分を顧みることなく、両手で拳を作って構えながら詰め寄るゲイリーに、全員が当惑して顔を見合わせた。

 代表してシオンが、えーとゲイリー? と声をかけると、ゲイリーは喉奥で唸るように、あ? と返してきた。邪魔するな感満載の親友にシオンはなんとか目の前の二人が何者かを伝えようとしたが、それより先にゲイリーの拳が出た。

 シオンが驚愕の表情で固まるが、へなちょこゲイリーの拳が当たる筈もなく、あっさりと侯爵に掴まれてしまう。


「何をするっ。剣の才能満ち溢れている僕が空手だからと慢心したか? こう見えて僕は武術の達人だぞっ?」


 いやいや、剣の才能って魔法の助けで切り抜けただけじゃないの、とリナベルは天を仰いだ。しかも武術の達人を自称する根拠は、女性の心を捉えるには強さだと思い立ったゲイリーが、一時期愛読していたのが『十日で強くなる方法~これであなたも武術の達人』というだけだ。山に籠もって三十年、厳しい修行を積んだ著者が満を持して書き上げた渾身の一作という触れ込みを彼自身はいたく感動して信じていたが、その三十年誰とも闘うことなく山に籠もってたならただの山暮らしの人じゃなかろうか、と思ったのをリナベルは覚えている。

 しかも、飽き性のゲイリーは確か六日で飽きて、最後まで読み切ってもいない筈。内容は知らないが、途中で投げ出した上に、読んだ部分の訓練も殆どは『格好のいい構え方』に費やしていたとあっては、たとえ万が一素晴らしい本だったとしても実践できる筈もない。

 誰が見ても攻撃の手をあっさり封じられたのに、格上相手にまだ自信満々のゲイリーを見て、リナベルは慌てて割って入った。これ以上話をややこしくすると面倒だ。


「あ、あのね、ゲイリー。さっきはこの人たち勘違いしてあんたに手を出しちゃったけど、あの、大きな意味では敵ではないというか、ざっくり言って—―—」

「仲間だな」


 口を挟んだのはゲオルグ大公だ。


「先程は勘違いして殴ってしまってすまなかった」


 侯爵も手を離して詫びたことで、ゲイリーは多少警戒を解いたようだ。胡散臭そうに二人を見ながらも、リナベルを振り返った。


「よくわからないが、運のいい奴らだ。僕を本気で怒らせたら一瞬で地べたに這い蹲るハメになるからな。リナベルも僕がいるから安心していていいぞ」


 踏ん反り返ったゲイリーの背後で侯爵と大公が苦笑している。どうしようもないお調子者だが、リナベルの仲間ということで、無礼な発言も目こぼしされたらしい。

 ゲイリーにリーナの正体がいつの間にかばれていることに驚いた顔をしているシオンをちらりと見遣ると、リナベルは引き攣った愛想笑いを浮かべてから切り換えるように、さあここからが本番よ、と声を張り上げた。

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