黄金の壁の向こう側
「でも……ここが本当にコレシュを祀る本神殿だというのなら、詣でる人もないまま朽ち果ててしまったせいで、精霊も消えてしまったのかしら……」
「精霊?」
首を傾げたのはシオンだ。
「精霊ってどういうこと? リナベルには精霊の姿が見えるの?」
「え? ええ、見えるわよ? 見えなかったら魔法なんて使えないじゃないの」
「ええっ!? そんなの初耳だよ。じゃあ、魔女は皆、精霊が見えるんだ? どんな姿なの? それが見えたらどういう風に魔法を使えるんだ?」
「一応、薄ぼんやりとした光の塊みたいに見えるわ。……といっても、わたしはかなり出来そこないの魔女だから……おばあちゃんには違う風に見えたと思う。わたしは精霊の気まぐれを自分の都合に合わせるように上手く誘導するしかないけど、おばあちゃんは力のある魔女だったから」
「へえ……」
感心したように頷くシオンに、リナベルは肩を竦めて見せた。
「そんなことより、問題はこの場所に精霊が全く見えないってことよ。この場所で祈って、本当に祈りが女神に届くのかしら」
そう言いながら、先程空気がうねる現象が起こったことを思い出す。もしかしたら精霊がなくともこの場は奇跡を起こす力があるのかもしれない。だが、それを指摘したリナベルにシオンは戸惑った顔になった。
「……空気が? そんなことあったかい?」
「え? さっきあったじゃない。わからなかったの!?」
「我らもわからなかったぞ? 空気がうねる、か。それは魔法ではないんだな?」
不思議そうにゲオルグ大公が口を挟む。なんのことはない。さっき彼らが何も言わなかったのは、見えていなかったからだとわかって、リナベルは目を瞠った。
あんなにはっきりとした現象が見えていなかったとは—――。
「だったらわたしの勘違い? でも――—」
「いや、君の血が何かを感じさせるのだろう。あちらに行けば謎が解き明かせるかもしれない」
指差された先に目を向けたリナベルは、顔を顰めた。
「でもこの黄金の壁のせいであそこに行けないでしょう? わたし達、このでっぱりにカリディアンの剣を載っけて、開くかどうか試そうとしてたんです。その……ちょうどいい大きさだと思って」
「……そういう開け方は一般的なのか? 初めて聞いたが」
「一般的じゃありませんっ。開け方がわからないから思いつきを片っ端から試してみようと思っただけですっ」
「だったら普通に開けていいか?」
「勿論っ」
顔を赤らめて開け方を知っているなら勿体ぶらずにさっさと開けてよと、内心文句を言っているリナベルの前で、ゲオルグ大公が壁のあちこちを複雑な手順で触っていくと、どういうわけか一人通れるほどの道が開いた。
「あっさり開いたよ。だったらわざわざ上まで剣を取りに行った俺の労力は……」
がっくりとうなだれたシオンを慰めつつ、皆で人工池に向かう。傍に行ってみると円形の池の底には白く輝く丸石が敷き詰められ、中央に突き出した四角柱は上が切り落とされたように斜めになっていた。すべらかなその表面には何かの文字が刻まれている。
池を囲んだ全員が知らず深い息をついた。
「これ……は、何なの……?」
目を離せないままリナベルが問うと、ブルグント侯爵が畏敬の念の滲む声で、あなただけが開けることの出来る鍵みたいなものだ、と答えた。いつの間にか君からあなたへ呼び方が変わっていることに気付いてどぎまぎしながらも、リナベルはどういうことかと振り返る。
「フィル様しかあそこを開けられなかったように、カリディアンの血を引く者だけが踏み入ることの出来る聖域、というわけだ」
ということは黄金の壁を開くのはリナベル達には最初から無理だったらしい。
「こう見えても私は王位継承権第一位だからな。王と継承権一位の者だけが開け方を知っているのだ」
言い訳がましく説明されて、リナベルは首を傾げた。
「そんな限られた人間しか開け方を知らない所に、いくらナン・サンクロフトの孫と言ったからって、そう簡単にわたしを信じて入れてもいいんですか?」
「簡単に信じたわけではない。真実を明かす前に身の危険も顧みず王族の私に食って掛かったのを見れば、君が本物なのは疑う余地もない。それにこの剣だ。黄金の壁を越えてカリディアンの血族が聖域に近付くとこうなると聞いていた」
ゲオルグ大公が差し出したカリディアンの剣は、鍔に填め込まれた赤い割れ石の内部が渦巻く溶岩のように流動していた。熱でも発していそうなその変化に、リナベルは恐る恐る指先をかざして確かめてみる。勿論、細心の注意を払って直に触れることはしない。
割れ石は全く熱くなっていなかった。さっきのように光を発することもない。ほっとして顔を上げたリナベルは、あっと声を上げた。
「どうした?」
「精霊が……」
さっきまで全く存在が見えなかった色々な属性の精霊たちが、突然現れたのだ。
リナベルの言葉に周囲を見回す三人には、何も見えないのだろう。リナベルは彼らと同じように周囲を見渡した。いつもなら自由気ままに飛び回っている精霊たちが、今はリナベルの出方を窺っているような気がする。警戒してというわけではなく、いつでもこちらの要求に応えられるよう控えているような……?
リナベルはそっと人差し指を立ててみた。すぐに指に絡み付くようにして、誰も気付かない程度の小さなつむじ風が起こる。
間違いない。普段は「遊ぼうよ。追いかけっこしたら楽しいよ」とハイテンションで呼びかけ、強く念じて、やっと引っかかるのが一体か二体いる程度なのに、今は風でも―――と思った瞬間に一番近い風の精霊が応えてくれる。
才能ある魔女にはこういう風に世界が見えていたのかも、と今更ながらに落ち込みながら、リナベルはじっとこちらを見つめる三人を見返した。
「精霊が見えるんだな? 我らには全く見えないが、どうなのだ? この場に我々がいることを怒っているようなのか?」
「いいえ」
「そうか。やはり君とここで出会ったのは運命なのだろうな。やっと宿願を果たせる日がきたのだ」
感慨深く大公が呟く。
それに異を唱えるつもりはないが、いざ祖母の遺言を果たす時が来たと思うと、リナベルは自然と顔が強張ってくるのを感じていた。なにしろ祖母自身が及び腰になって次代に回した大仕事なのだ。簡単にいくとは思えない。




