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デリカシーって重要だよね

 祖母は、本当は自分がそれをするつもりだったと言っていた。でも勇気がなくて次代に任せようとしたのだという。運悪く二人の娘が早世したため、孫のリナベルにお鉢が回ってきたのだ。

 それを言うとブルグント侯爵とゲオルグ大公は大の男が顔を見合わせ、手を取り合わんばかりの興奮振りで勝手に喋り出した。なんとか耳が拾った言葉を組み合わせると、「女神の導き」だの「奇跡が起こった」だの「魔女ってもっと神秘的というか魅力的なものだと思っていた」だの言っているらしい。

 リナベルははいはいはい、と二人の間に割って入った。


「ちょっと落ち着いて下さいねー。なんか微妙に失礼な発言も混じっていたけど、気にしてませんよ? わたしなんて全く魅力ないですもんね。ええ、気にしてませんとも」


 全員が、あ気にしてるんだ……と気付いて作り笑いで誤魔化す。それをじろりと横目で切って捨て、リナベルは、とにかくっ、と声を張り上げた。だがここから演説を一席ぶとうとした矢先に、弛みきった顔の大公がリナベルの振り上げた拳を引っ掴んで両手で包んだのだ。


「リナベルっ、誤解だ。君は魅力的だとも。我々が言っていたのは、こんなに普通の何の取り得もなさそうな、何の変哲もないありふれた町娘として魔女という存在がまぎれていたとは驚きだと、そういうことでだな。想像ではとても美しい筈だったので驚いて――—まあ、夢は壊れるもの、現実は無情なものだから気にするな」

「どこが誤解よっ。言ってることは同じじゃないの」

「いやいや、君はとても―――とてもそうだな……えー……と、ん? よくよく見れば、まあまあ綺麗な顔立ちをしているではないか。埃で薄汚れている上に、なかなかすさまじい格好をしているからわからなかったぞ。」

「フィル様っ、デリカシーってものを持って下さいっ。いくら事実でも言い方ってものがあるでしょう」


 手を握られたまま俯き、ぶるぶると肩を震わせているリナベルに、まずいと察したブルグント侯爵が慌てて主を止めに入るが逆効果だ。


「いくら事実でも? 何の取り得もなさそうな? 夢が壊された? 勝手なことばかり言ってくれるじゃないの」

 

 まずい、と固まったブルグント侯爵をよそに、ゲオルグ大公はリナベルの怒りを無視して嬉しげに笑った。


「気にするなと言っただろう。今この瞬間から君を私の理想にすればいいのだ」

「……はぁ?」

「考えてみれば、かなり年上の魔女を想定していたのに、このように若い君が私の前に現れたことは、神の導きとしか思えないからな。大丈夫だ。想像していた色気のある女性像からほど遠いが、色々と修正や補正をかければなんとかなる」

「……」


 おばあちゃんが亡くなったことが今程惜しまれることはない。生前の彼女にぜひ会わせてやりたかったものだ。色気も何も、しなびた容姿にかくしゃくとした話しぶり。これが魔女です、と会わせてどういう反応をするかぜひ知りたかった。 

 伯母に関してはリナベルが生まれる前に亡くなっているが、美しいとか色気があるとか聞いたこともないから、そういうことだろう。若い頃に家を飛び出して一人でリナベルを産み、死の間際に祖母に連絡を取ったという実の母も、美人という話はない。多少は目立つリナベルの容姿は、おそらく父方の血によるものだと思われるが、その父もどこの誰ともわからないから想像の域を出ない。

 要するに、ゲオルグ大公の理想像とやらは現実には存在しない幻なのだ。

 悪気なく連打でダメージを与えてくる彼に、リナベルは話にならないと判断して、強引に自分の手を取り戻した。

 なんだか一気に精根尽き果てた気がする。


「いや、なんというかデリカシーって人間には必須の素養なんだと確信した。必要もなく他人を傷つけちゃ駄目だよね……俺も気を付けよう」


 毒気を抜かれたシオンが感心したように言うのを無視して、リナベルは男どもを睥睨した。


「いったい何なのよ。手伝ってくれる気はあるの? ないの? どっちなんですかっ」

「勿論協力するとも。我々王族が君の親族を探していたのも、元はといえば同じ目的なのだから」

「そ、そうなのだ。あなたが本当にナン・サンクロフトとジオラ・フライレンの血縁関係にあるなら、途絶えかけた希望の道が繋がったということで……」

「ん? どういうこと?」


 リナベルは眉をひそめた。彼らが萎れた菜っ葉状態から復活した理由はわかったが、具体的に何を求められているかがわからない。


「つ、つまり、あなたはこの世にたった一人残った本物の魔女だということだ」

「そうよ」


 おばあちゃんの話ではそうだった。勿論、彼女が知らない魔女がどこかにいる可能性はあるが。

 だが、リナベルは続く話に仰天した。


「つまり何? わたしのご先祖が……カリディアンだっていうの?」


 それだけではない。彼は天地創造の女神リナジェの一人娘コレシュと恋仲だったというのだ。

 ある日一人で狩りに出たカリディアンは、崖下の池の畔に座る美しい乙女を見つけた。心惹かれたカリディアンはハヤブサに命じて、彼女の膝の上に見事に実った林檎を届けさせた。その乙女こそがコレシュだったのだ。人の王と女神の娘は互いに惹かれ合い恋に落ちた。

 後にカリディアンは人の王として妻を娶り子を生したが、心は永遠にコレシュのものだった。彼の血を引く子孫のために、コレシュは目をくり抜いてでも母女神と対立して、人を守ったのだ。そしてカリディアンの血を引く者は彼女の魂の欠片を分け与えられ、神の力の一部を持つようになった。


「建国の王であり我が祖先であるギデオン王は、カリディアンの弟の息子、つまり甥にあたる。カリディアンは自分の子に王位を持たせず、弟の血統に譲ったのだ。広大な領土を治め、政治や外交や財務などの王としての責務を果たすことより、コレシュに助けられた人間達が道を踏み外さぬよう見守ることを選んだということだ」

「それって……」

「つまりギデオンの血筋とカリディアンの血筋は、馬車の両輪のような関係と言える。王家が不甲斐ないばかりに大変苦労を掛けてしまったが、互いに切っても切れない間柄なのは事実なのだ」

「でも……魔女ってうちの家系だけじゃないでしょう。他にもいっぱいいた筈だわ」

「それらの魔女は、コレシュの神殿に仕えた巫女とその末裔だ。清浄な神域に身を置き、厳しい修行の末に神力の影響を受けた者たちもまとめて魔女と呼ばれた。だが、本当の意味では君と他の魔女達は全く違う存在なのだ」


 ゲオルグ大公の言葉が途切れると、リナベルは混乱した頭を抱えた。とんでもない内容を告げられ、おろおろするばかりだ。だが、大公はてきぱきと話を進めた。


「カリディアンの末裔とギデオンの末裔がコレシュの神殿で出会ったのは運命的だと思わぬか? これはすぐにもここでコレシュとリナジェに届く祈りを捧げ、人間の愚かさを詫びねばならないな」

「えっ、ここはコレシュの神殿だったの?」

「え? 知らずにここに来たのか?」

「知らないですよ。わたし達がここに来たのは本当にたまたまで、コレシュの神殿は契約を結んだサイクス山にあるとばかり―――」

「違う。正確に言うとそちらもコレシュを祀る神殿だが、ここが――—こここそが最も重要なコレシュの神殿だ。何故なら池は枯れ地形は変わったが、ここが遥か昔にコレシュとカリディアンが出会った場所だからな」


 あれが池を模しているのだ、と指差された先は黄金の壁の向こうだ。信じられないがそういうことらしい。  


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