おばあちゃんの遺言
「どうやら君はその三人とかなり親しい間柄のようだ。不快にさせたことは謝る。また我が名と名誉にかけて三人に危害は加えぬし、最上の礼を以て遇するのは言った通りだ。ぜひ協力して欲しいことがあるのだ。頼む、私に彼女らの居場所を教えてくれ」
頭を下げられたがリナベルは口をギュッと引き結んで答えない。代わりに口を開いたのはシオンの方だった。
「リナベル……今更だけどこの人本物だよ。王家の紋章入りの指輪をしてる……」
「……」
「そんな身分の方が平民に頼むって……頭を下げるなんて前代未聞だよ」
「……だから何よ」
「君が怒る気持ちもわかるけど……知っていることは答えた方が身のためじゃ……」
「冗談でしょ」
そこにブルグント侯爵が割って入る。彼はリナベルに歩み寄って深く頭を下げた。
「君が彼女達に近しい立場の人だとしたら、君の怒りや不信は当然のことだ。しかし、主の言ったことは真実だし、巷に流れる話が物事の全てではないのだ。王家は本当に魔女と呼ばれる人達に対して心を砕いている。守れなかったことを心底悔やみ、悼んでいるのだ」
「……」
「勿論、王家に准ずる我ら貴族も同じ気持ちでいる。本来魔女は尊ばれるべき立場だったのに、守り切れなかったのは痛惜の極みだ」
何を今更と唇を噛んだリナベルに、彼らはどういうことかを説明した。
それによればクローディア国と結んだ二百年前、ここリンカーティン王国内では国を二分する争いがあったのだという。
片や元々の穏やかで美しい信仰と文化を愛し守ろうとする一派と、片やクローディア並みの豊かさを求める一派だ。前者の中心は王をはじめ王族の殆ど、後者は宰相を務めていた有力貴族ベドフォード家を中心に王の叔父にあたるハンフリー公を引き込んで血生臭い争いになったそうだ。
圧倒的に力のあったクローディア派は、当時十才にもならぬ少年王を取り巻く頑なな貴族達や、果ては王の母親さえも手にかけて意を通したのだという。ハンフリー公以外の王族、つまり前者の王族はこの争いで有力な半数を失い、王の命すら脅かされる状況に折れざるを得なかったという。
「だからといって国や王家が魔女を見殺しにしたという誹りは免れないだろう。だが、心ある者は皆いたたまれぬ思いを抱き、何とかしたいと願っていたことは信じて欲しい。当時クローディア派の圧力に屈したことで王家の血統は守られたとはいえ、息もひそめるように生き延びたというのが真相だ。だが長い年月を経て、我らもかなりの力を取り戻した。それで手遅れになる前に残り少ない魔女を探していたのだ」
初めて聞く話だが、二人の態度も言葉も真摯に見えた。
リナベルはなんと言うべきか迷って、結局口を噤んだまま二人を等分に見比べる。彼らはリナベルの厳しい視線を受けても動じることなく、真剣な眼差しを返してきた。それは誠実なものに思えた。信じるのは危険かもしれないが、リナベルの中に迷いが生じていた。
それを察したのか、ゲオルグ大公はシオンの手にある剣を手に取った。
「これはカリディアンの剣という。王家に伝わる秘宝と言っていい。歴代の王の戴冠の時の品がこれと共に納められていただろう。この神殿の傍に置き、王家が神々への信仰を持ち続けている証としているのだ。教会の目を眩ませるため、自治権を持ち彼らの支配の及ばぬ大学の敷地に全てを秘匿していたのだよ。灯台下暗しということだ。秘宝と言っても君達にはわからないだろうが」
目を伏せて剣を撫でる彼の手元を見つめていたリナベルは、決心して口を開いた。
「信じていいかわからない―――けど……これだけは言えるわ。ミルト・シアという人は知らない。でもあとの二人はもうこの世にはいないわ」
えっ、と驚きの声を上げた大公はがっくりと肩を落とした。血の気が引いたという描写がぴったりの蒼褪めた顔で、膝をつかないのが不思議なほどだ。何故か情報を与えたリナベルの方が責任を感じておろおろしてしまう。
「あの……残った一人を探せばいいんじゃないかしら。その人は生きているんじゃない? 知らないけど」
「いや……ミルト・シアは王家と二人の魔女を繋ぐ連絡係のようなものだったのだ。二人が既に亡き人ならそれより前に亡くなってしまったのだろう……なんてことだ」
「どういうこと? 連絡係ってなんなの?」
リナベルの疑問に答えたのはブルグント侯爵の方だった。
彼によると魔女達は王家の苦しい立場は理解しつつも、仲間を見殺しにされた怒りとあとは純然たる危険性から、王家と距離を置いたのだという。ただ、王家との間に一本だけ細い糸を残すことを許した。それが連絡係の存在だ。代々続く魔女の名と居所を伝えるだけの役目を持つ連絡係。最後の連絡係がミルト・シアだった。
「でも……生きてる魔女皆に連絡係なんて」
二百年前にどのくらいの魔女が残っていたかは知らないが、あまりに非効率的な話だ。
眉をひそめたリナベルに大公がゆっくり首を振った。
「いや、全員ではない。特別な相手だけだ。いや―――だけだった、と言うべきか……」
「よくわからないけど、余程重要な相手だったってこと?」
「ああ……」
全員が黙り込んで新たな情報を咀嚼する間、水音だけがさやさやと響く。リナベルは何度か躊躇った後にシオンを振り返った。
「あのね、ゲイリーを連れて帰って。この人達の話が本当ならこれ以上関わらない方がいい。深入りしてあんた達が死人に口なし、なんてことになったら嫌だし」
「君は?」
「わたしは―――」
言いかけたところでゲオルグ大公が憮然としながら、冗談じゃない、と割って入る。
「人聞きの悪いことを。我らは君達を信じてここまで明かしたのだ。都合が悪くなったとて自国の民に害を与える気はないぞ」
どうやら本気で気分を害している様子に、リナベルは微かに表情を緩めた。
「今話してみて、わたしはあなた達を信じるわ。ううん、信じたいと思ってる。でも、それはわたしが勝手に思ってるだけで、関係ない人を巻き込むのは嫌なの」
「今更関係ないなんて冗談じゃないよ。俺が君をここに連れて来たんだし、俺だって大公殿下を信じる事にしたからね」
リナベルはそれでも迷っていたが、梃子でも動かぬ構えのシオンに心を決めた。
「あの……そちらの事情はわかったので、こっちの事情も説明します。ここに入った理由ですけど」
「うむ? ああ、そういえばそうだな。ジオラ・フライレンかナン・サンクロフトに依頼されて様子見に来たのかと思っていたが、彼女らが亡くなっているなら他の理由があるわけか」
今更興味はないとありありと声に表れていたが、リナベルは無視して続けた。
偶然シオンが『サイクスの書』を研究していると知り、その謎に興味を持ったこと。謎の手掛かりを探すシオンに便乗して禁書館に忍び込んだこと。それから――—。
「それから、おばあちゃんの遺言を果たす足掛かりになったらいいなと――—」
「おばあちゃんの遺言?」
「ええと……ちなみに祖母はナン・サンクロフトでジオラは伯母なんですよね」
えっ、と息を呑んだその場の全員を代表してブルグント侯爵が掠れ声で、血の繋がった身内? と確認する。それに頷きで返すとリナベルは肩を竦めた。
「まぁ、そちらの目的が達成されなかったのはお気の毒でしたけど、これも何かの縁ということでこちらの目的に協力して貰えたら有難いなぁ……と」
「……」
「つまりね、遺言っていうのは天地創造の女神にきっちり詫びを入れろってことなんです。でも、どこでもいいから適当な場所で空に向かって『ごめんなさーいっ』とか叫んでも届くとも思えないし、一番効果的な場所を調べたくて」




