王族の探し人
高貴な身分である大公は、勿論何かと態度は偉そうだったが、不思議なことに平民のリナベル達に対してやたらと親し気に振る舞っていた。
それを諌める役回りの筈のブルグント侯爵も、元々そういう性格なのか若さゆえかかなり大雑把だった。端的に言えば、大公にリナベル達が『君』、貴族の自分が『お前』と呼ばれることを全く気にも留めていないのだ。
彼が気にするのは主である大公の体面が傷付けられることのみと言っていいだろう。それもあまりに酷い場合に限ってだ。
警戒も露わなリナベルに、大公は、で? とこちらは期待も露わな目を向けてくる。
「はい?」
「だからジオラ・フライレン、ナン・サンクロフト、ミルト・シアだ。知っているのだろう? どこにいる?」
「……」
急き込むように聞かれて黙り込むと、呆れたようにブルグント侯爵が口を挟む。
「フィル様、そんな風に聞いても簡単に答えられる筈がないでしょう。それらの名を知っていれば即ち自分の身が危なくなると考えるのが普通ですからね。そこはきちんと説明してやらねば」
「そうか。リナベル、悪いようにはせぬぞ? だから―――」
「それでは説明が雑過ぎですって。もうちょっと丁寧になりませんか」
「あ? お前は本当に細かい男だな」
「私が細かいのではなく、フィル様がいいかげんなのです」
二人の掛け合いはまるで兄弟喧嘩のようだ。
リナベルは自然と肩の力が抜けるのを感じた。シオンも多少は落ち着きを取り戻したらしい。あのぅ、と口を開いた。
「その三人はどういう人なのですか? 何故王族の方が自らその三人を探しているのです? いや、そもそも何故、我々がいる時にこんなに都合よくここに……」
それに答えたのはゲオルグ大公だった。
「水だ。ここの水路は中庭の噴水池の水を流用している。水の水位が急激に下がったらすぐに連絡がはいるようになっている」
なるほど、と頷いた二人に大公は続けた。
「で、本題だが―――わけあって王家が礼を以て遇しなければならぬ人だと思って欲しい。私が生まれる以前から行方を捜していたが、手掛かりが何もなくてな。ああ、彼女らの立場というか、生まれというか―――ええい、まだるっこしいな。彼女らが魔女だということは全く案じる必要はないぞ。王家は魔女に対して全く害意を持っていないからな」
「フィル様、そこまで明かさずとも―――」
「いや、知人ならば彼女らが魔女だと知っているだろう。何より、やっと掴んだ唯一の手掛かりだぞ? こちらの手札を隠して不信を抱かれては元も子もない」
「……あんた達待ちなさいよ」
これ程ふざけた話があるだろうか。
リナベルは立場も忘れて大公を睨みつけた。
「魔女に全く害意を持っていない、ですって―――?」
「ん?」
「どの口がそんな戯言を言ってるのかしら」
「お、おい、リナベルっ!?」
シオンの手を乱暴に振り払って立ち上がる。
上の禁書館で見た迫害の記録の衝撃と怒りが甦る。ただ一人残った魔女として決して赦せることではなかった。たとえそのせいで命を落とすことになったとしても、黙って見過ごすわけにはいかない。
リナベルは埃まみれの顔に知らず冷笑を浮かべていた。
「自国の民を守るどころか、多くの魔女をアウストラ教に売り渡し虐殺を許した王家が、今更何を言ってんのよ。頭がおかしいんじゃないの?」
「……」
「上に行ったらあんた達のやらかした恐ろしい仕打ちの証が山ほど残っているのを見ることが出来るわよ?」
「リナベルっ!」
血相を変えたシオンが止めに入ったが無駄だった。
シオンとゲイリーを巻き添えにしてはならない。それはわかっていたが、自分の身を守る気持ちは薄れていた。
「バカにしないで。もし仮にわたしが何か知っていたとしても、あんたに教えることなんて何一つないわ。見損なわないでほしいわね」
苦々しく吐き捨てたリナベルは、ブルグント侯爵にも目を向けた。
「あんたの大事なご主人様への不敬罪でわたしを捕縛するならどうぞご自由に。この二人のボンクラ坊ちゃん達は関係ないので、とっとと帰してやってちょうだい」
「なっ、何を言ってるんだ、リナベルっ!? あ、あのっ、彼女は女性の身でこんな薄気味悪い場所に来て、気が顛倒しているんですっ。今言ったのは本意ではなくて―――」
「関係ない人は引っ込んでいてちょうだい、シオン。庇ってくれるのは感謝するけど、言ったことを撤回するつもりはないわ」
リナベルの感情の高ぶりに呼応するかのように、地面に近いところから周囲の空気が不気味にうねっていく。魔法―――ではない。
才能のないリナベルの魔法は、そこらにたまたまいる精霊の気まぐれに任せるしかない、頼りないものだ。遊び好きな精霊の性質を利用して、こうしたら面白そうじゃない? と誘導するだけのもの。そこに必要な種類の精霊がいなければ、何もできない。厳しい修行と精霊の行動観察で家事の助けくらいには使えるようになったが、本来の魔女の力はそんなものではなく、祖母は精霊がそこにいなくとも呼びつけて使役していたものだ。
だが、この場には空気を動かすような風の精霊の姿はなかった筈だ。後先考えずに啖呵を切ったが、それを見落とす程興奮していたつもりはない。
酔っ払いが酔ってないと言い張るように、興奮しているからこそ自分は冷静なつもりでいたリナベルは、少しずつ大きさを増す空気のうねりに身を震わせた。自分のせいではない。自分には関係ない。だが、それなら何が起こっているのか―――?
理解できない現象に戸惑っていたリナベルは、その時、大公たちの反応に気が付いた。
彼らは平民の暴言に怒るでも、不思議な現象にうろたえるでもなく、目を見開いてリナベルを凝視していたのだ。リナベルの戸惑いと共に、空気のうねりも収まっていく。
暫しの沈黙の後再び口を開いた大公は、先程より格段に丁重な口調になっていた。




