信用と情報と探り合い
「そして私は殿下の側近テオ・ブルグント侯爵。、君の推測通りだ、シオン」
「ほ、本物……?」
「ああ、証明する物が何か必要か?」
「……いえ」
態度と口調で身分高い立場なのは一目瞭然なのである。
「では本題に移ろう。君たちはどうしてここに来た? 目的はなんだ?」
リナベルとシオンは目を見合わせる。
今まで騒ぎ立てていたのは正直、一種の現実逃避だっただけに、リナベルも言葉を失していた。今更ごまかせるとは思えない。
特にリナベルの立場は微妙だった。大公らは敵意を見せてはいないが、この場に女がいる不自然さは明らかだ。ここの学生であるシオンとゲイリーはまだしも、一介の家政婦である小娘が彼らについて来る必要性がない。
もし、この状況でシオンに裏切られたら―――。
リナベルは蒼褪めて目を伏せた。この場で魔女と告発されたら逃れようがないのだ。
身元保証人もなく、よそから来て住み込みで働き始めた自分に、身のあかしようがある筈もない。しかも本当に魔女なのだ。彼が保身でリナベルを売ったとしても、おかしくはない。
とにかく何か上手い話を作らねばと口を開きかけたその時、シオンが先に口を開いた。
「あの、ですね。お恥ずかしながら、自分は一応ここの学生なのですが、以前から学内を探検したいという子供じみた好奇心を持っていたんです。ただ、一人でやる勇気がなくてその……親友のゲイリーを巻き込んだんです。そのついでと言いますか、まあ好意を抱いてる相手と冒険じみたことが出来たらロマンチックだし、彼女もその場の雰囲気でその気になってくれるかもと思いついて……。学校を見たら、学生である自分のことを尊敬してもらえるかもしれないし、二人の距離が縮まって何かが生まれるのではないかと―――それだけだったんですけど、何故かこんな場所に出てしまって、我々も戸惑っていたんです」
シオンを信じきれなかっただけに、一点の曇りもなく自分以外を庇う発言を聞くと戸惑ってしまう。命拾いをしてホッとしたのに、肩に入った力が抜けると同時にリナベルは血の気が引くのを感じた。
極度の緊張が解けて貧血になったのだろう。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
リナベルはふらつく足を踏ん張って、シオンの後押しをした。
「そうそう、そうなんですっ。私達、ちょっとした冒険のつもりで、あの、でも、シオンが巻き込んだというわけじゃなくて、彼と一緒に探検してみたいとわたしが思ったわけですし―――」
「え? じゃあ、リナベル。君も俺をそういう風に見てくれてたの? 嬉しいなあ、ずっと俺の片思いだとばかり思ってたから、君と両想いになれたなんて夢みたいだよ。ここに誘った甲斐があったな」
「は? なっ、そういうことじゃなくて―――」
「いやあ、良かった良かった。これで俺たち晴れて恋人同士だね」
「ちょっ、あんた馬鹿じゃないのっ? 何を……」
だが、二人のやり取りは片手を上げたブルグント侯爵に止められた。
「君達の取って付けたような作り話を聞きたいわけではない」
「……」
「この状況の不審なことはきみたち自身もわかっている筈だ。仮に若気の至りの冒険心にしても、ここはそんなに簡単にたどり着ける場所ではないのだ」
「……」
うんざりしたように言われて二人とも凍り付く。
いかにも怪しげに見えるとわかっていながら、言葉が見つからないのだ。
その時、大公が場の空気を読まない他人事のような態度で、楽しげに口を挟んできた。
「まぁ、ごちゃごちゃ言っていても仕方ないだろう。彼らの言葉が真実か否かなど我らにわかる筈もないからな」
「フィル様」
「とりあえずそれに関しては措いておくとして、一番知りたいことを聞くとしよう」
大公はシオンをじっと見据えた。
「ジオラ・フライレンという名に覚えは? あるいはナン・サンクロフト、ミルト・シアは?」
シオンは意味がわからずきょとんとしていたが、傍で聞いていたリナベルは息を呑む。
ミルト・シアは知らないが、ナン・サンクロフトは祖母、ジオラ・フライレンは小さい頃に亡くなった伯母の名前だ。
何故その名が王族の口から出るのか想像もつかなかった。
固まっているリナベルには気付かぬまま、大公はシオンの顔色だけを窺いながら言を継ぐ。
「カルディックは知っているか? カルディックの契約という言葉に聞き覚えは?」
「……あ、あの……?」
注意深く反応を見守っていた大公は、傍目にわかるほど肩を落とした。
「……どうやら何の話か全くわからないようだな。こんな所にいてそんな剣を持っているから、てっきり当たりかと思ったが」
「は?」
勝手に期待され、勝手にがっかりされたシオンが呆気にとられた顔をしている間に、リナベルは慌てて表情を取り繕った。シオンが目を引いてくれて助かったとホッとしながら、自分もはぁ? なんのこと? という顔をしてみせる。
だが作戦は上手くいかなかった。
ブルグント侯爵が口を挟んできたのだ。
「リナベルとやら。君は心当たりがあるようだな」
「えっ!? そ、そんなことは―――」
「今の話で顔色が変わっていた」
「そうなのか? リナベル、今の三人の名を知っているのか?」
大公にせっつくように問い質され、リナベルは思わず目を背けた。その態度で確信したらしい。
大公は声を弾ませて、当たりだ、と言った。
「いやはや、これも日頃の行いゆえか。私の代で見つけるのは不可能だとお前が考えていたのは知っていたが、どうだ? 奇跡的ではないか」
「喜ぶのはまだ早いでしょう」
得意気な大公にブルグント侯爵は一本釘を刺し、リナベルを矯めつ眇めつ検分する。
その眼差しは疑いの色が濃かったが、何を疑われているかわからないリナベルは、出来るだけ人畜無害な小娘ぶって見せるしかなかった。




