彼らの正体
中肉中背の二十代半ばといったところか、黒ずくめの格好をし腰に剣を佩いた眼光鋭いその男は、わずらわしげに目深に被った帽子を取った。濃い茶色の髪と目を晒して辺りを見渡す。
「君たちの名は? どうやってここに入った?」
傲慢な口振りで聞いた男は絶句したままの二人に、苛立たしげに眉を寄せた。
「質問に答えろ。君たちは誰だ。他に仲間は今言ったシオンという者だけなのか?」
「あ、あの……」
「男の方は―――怪我をしているのか。ならばそこの下着姿の娘。状況を説明してくれ」
その言葉にリナベルは自分の格好を思い出し、蒼白になった。
ゲイリーも転がっている場合ではないと気付いたらしく、跳ね起きた。一応怪我をしているのは事実なのに、そんなことも忘れたのか、リナベルの身体を男の視線から隠し庇うように前に立ち塞がる。
「そういうお前は何者だっ。失礼な奴だな。人に尋ねる前にまず自ら名乗れっ」
威勢よく啖呵を切ったゲイリーに、男は目を険しくした。
二対一だが、こちらがはっきり位負けしている。年齢や何かだけではない。圧倒的な力の差を感じさせる威圧感が漂う。
後ろに控えたリナベルですらはっきり感じる程の圧力なのに、持って生まれた鈍感さゆえか、ゲイリーは攻撃的な態度で男に詰め寄った。その途端、一人だとばかり思っていた男の傍に人影が現れ、有無を言わさずゲイリーの鳩尾に拳を入れた。強気でいたゲイリーは声もなく一瞬で崩れ落ちる。
リナベルは顔色を変えてゲイリーに取り縋った。
さっきまでの元気が嘘のように蒼褪めて意識を失った姿を見て、我を忘れて名前を呼び続けるリナベルに、最初の男は、おい、と呼びかけた。
「娘。心配はいらぬ。その男はひと時気を失っているだけのことだ。それより―――」
「心配いらないですってっ!? 他人にいきなり暴力をふるっておいて、なんて言い草なのっ! どういうつもりっ!?」
怯えていたのも忘れてリナベルは男に噛み付いた。二対一だということも、自分が下着姿の無防備な小娘だということも、不法侵入している最中だということも、全く歯止めにならなかった。
「彼が丸腰なのはわかるでしょっ? 口だけで実際は限りなく非力なのもわかるでしょっ? 何より男二人で力に優っているくせにこんな乱暴なことをするなんて―――っ」
ぐったりしたゲイリーの頭を抱いて食ってかかるリナベルに、男は困惑したように傍らの男に視線をやった。それを受けてゲイリーを殴った黒髪の男が一歩進み出る。
「その……すまない。主に危険が及ぶまで座して待つわけにはいかなかったのだ。また、それでなくとも我が主は身分高き方ゆえ、その男の無礼を許すわけにはいかぬ」
「はぁっ? そっちが誰か知りもしないのに、無礼も何もないじゃないですかっ」
リナベルの訴えに相手は、ならば覚えよ、と返してくる。
「今言ったように、こちらの方は身分高き方。普通なら言葉を交わすことすらかなわぬ方なのだぞ」
言われて主という茶髪の男を改めて見遣るが、身分を示す手掛かりらしきものはなかった。どちらかといえば部下だというゲイリーを殴った男の方が華やかな綺羅綺羅しさを振りまいている。
言葉にせずとも二人を見比べるリナベルの内心に気付いたらしく、主の男は怒りもせずに苦笑した。
「ブルグントと比べると私は地味だからな。そう言われても簡単には信じられまい」
「いいえ、フィル様。何を仰いますか」
ブルグントと呼ばれた派手な男は、心底嫌そうに顔を顰めてリナベルに向き直る。
「我が主は控え目な方なのだ。それより先程の主の問いに答えて貰いたい。君達は何者だ? その男がゲイリーで、他にシオンと―――君は?」
「……リナベルです」
「どうしてこんな所に入った? どうやってここに来た?」
「……」
その時、間が良いのか悪いのか、矢継ぎ早の問いに答える前に、その場にシオンが戻って来た。
カリディアンの剣を携えて入ってきたシオンは、倒れているゲイリーを抱えるリナベルと、見知らぬ男達の姿に血相を変えた。
「何者だっ。二人に何をしたっ?」
「君がシオンか。やっとお出ましだな」
「何故俺の名を―――いや、それより……」
問い詰めようと一歩踏み出したシオンに反応して、ブルグントも主を守るように一歩進み出る。それを見たリナベルは慌てて口を挟んだ。
「あのっ、今喋ってる人がブルグントさんでそっちの黒い服着た人がフィル様っていうんですって。なんかよくわからないけど自己申告によるとフィル様って人はすごく偉い人でブルグントさんの雇い主なんですって」
「ブル……グント?」
「そうそう、ブルグントさんとフィル様っていう―――」
「ブルグント侯爵……?」
「そうそう―――は?」
侯爵? 今侯爵って言ったの?
リナベルが目を引ん剥いている間に、シオンはリナベル以上に目を引ん剥いて口早に続けた。
「貴方がブルグント侯爵だとしたらそちらの方はもしや―――」
「もしやって何よっ? その黒いフィル様ってのが誰だって言うのっ?」
「もしや王弟殿下……では?」
「―――っ!? ま、まさか何言ってんのよっ? そんなお偉いさんがこんなとこにこんな風に現れるなんて不自然極まりないじゃないのーっ!」
驚きのあまり声を引っくり返らせたリナベルに、シオンも動揺した声で、俺に言われても……と返す。
「俺だってこんなところに王族がいるわけないとは思うけど、ブルグント侯爵って言ったらフィリップ・ゲオルグ大公の側近として有名なんだって」
「じゃあそこから間違ってるんでしょっ! だいたい王侯貴族なんて身分の人はもうちょっとどっしりしてるもんじゃないのっ? 日々の美食飽食ででっぷり脂ぎってるのが定番じゃないっ!」
「だ、だからそんなの俺に言われても―――」
「絶対違うわよっ。そんな筈ないってばっ。ちゃんと見なさいよ、こんな派手顔、役者やなんかならわかるわよっ? 女たぶらかすためにあるような顔で、私貴族ですぅ、えへっ? とか言われてあんた納得いくっ?」
「い、いや、その……」
「それに金ピカに飾り立てない王族なんてこの世に存在するっ? 地味にも程が―――」
「あー、その辺で勘弁して貰いたい。私のことはともかく、主に関する発言は見過ごすわけにはいかぬ」
力説するリナベルを遮ったブルグントは、心なしかぐったりした表情で、笑いを噛み殺している主を振り返った。
「フィル様、笑っている場合ですか」
「いや、なかなか的確な表現だと思ってな。お前はなるほど、役者でないのが惜しいくらいの男前だ」
ブルグントはそれ以上とりあわず、リナベルとシオンに向かって、こちらはいかにもゲオルグ大公殿下だ、と言った。




