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さあ、神殿の内部だ

 岩の中の音が大きくなり、水路に水が流れてきたのだ。

 渦巻く速さで飛沫をあげながら、神殿の内部にまで流れ込んでいく。


 その勢いに気を呑まれて二人が口を噤んだのを見ていたかのように、リナベルは、開いたわっ、と声を上げた。神殿の石の扉が大きく開いたのだ。諍いを中断して駆け戻ってきた二人と共に、招じ入れるように四角く口を開けた黒い入り口を凝視する。


「なんか……とりあえず道は開いたけど―――不気味な感じは否めないわね。積極的に入りたいとは思えないというか……」

「どうするんだよ。入るのか?」


 投げやりに聞くゲイリーに、シオンはまだ怒りの解けない眼差しを向けた。


「……ここまで来た以上、入らないっていう選択肢は現実的じゃない」

「まだるっこしいな。つまり入るってことだな。じゃあ、さっさと入ればいい」

「……」


 ギクシャクした空気のまま、三人が崩れた瓦礫を避けて神殿内に足を踏み入れると、ひんやりとしたよそよそしい気配に包まれる。おそるおそる見回せば壁際の床面に幾何学状に張り巡らされた水路があり、流れ込んだ水が満ちていた。


 シオンが入り口の左右の壁際に油壷を見つけ、火を近付けるとすぐに炎が上がる。どういう仕掛けか、あちこちに整然と置かれた他の壺にも次々に火が灯り、内部を明るく照らし出した。


 用のなくなった松明を手近にあった火消し壺に突っ込んだシオンが、すごい……と声を洩らす。

 思わずといった調子のその言葉には、全員が同感だった。


 揺れる火明かりの中、奥に円形の階段が三段あり、中央の人口の池から水が溢れ落ちているのが見える。 見えないように排水の設備があるらしく、溢れた水はある程度離れた場所で床に吸い込まれていた。

 

 池の中央には四角柱の台が立っている。だが、どこか神秘的なその光景に近寄ることは不可能だった。葡萄の蔓のように絡み合った細工の、黄金の壁が道を阻んでいたのだ。

 隙間の多い造りで、向こうを見通すのは簡単だったが、腕を入れるのが精一杯で、とても人が通り抜けるのは無理だった。


「次から次へと障害の多いとこだな。いったい何なんだよ、ここは」


 シオンは文句の多いゲイリーには取り合わずに、リナベルを振り返った。


「この神殿が誰を祀っているか―――わかる?」

「え? ……そんなのわからないわよ。初めて来たのに。―――というより、神殿自体を見たのも初めてよ。そりゃあそうよね。神殿の跡地は草も生えない程、徹底的に焼き払われたって話だもの。こんなところに残っていたことの方が驚きだわ」


 それも王家と教会の影響下にある大学の敷地内にだ。

 ありえない。だが、現実に存在していたのだ。

 祖母に聞いたのは、神々の伝説や魔女の受難の歴史がほとんどで、神殿に関する話はほんの少しだった。


 各地にあった神殿の多くは天地創造の女神リナジェを祀るものだったらしいが、他に数多いる神や女神のために建てられたものもあったという。それを見極める知識はない。どちらかといえばシオンの方がその手の知識を持っていそうなものだ。


 リナベルは黄金の壁の向こうに目を凝らした。


「なんとかあそこまで行けたら―――何かわかるかもしれないけど―――」

「うーん……ここを開ける仕掛けらしきものは見当たらないな。でも絶対に行ける筈だ。何か方法がある筈だよ」

「そりゃあそうかもしれないけど……」


 二人で隅から隅まで調べたあげく、気になるところを一か所だけ見つけたのはかなり経ってからのことだ。

 黄金の壁の一部に、見ようによっては何かを載せられそうなでっぱりが幾つかあったのだ。勿論、ただの気のせいという可能性の方が大きい。


「どう見てもでっぱってるのはここだけだ」

「でも細工の形状からたまたまそうなっているのかもよ?」

「まあ、確かにね。だけど他に気になるところはある?」

「そう言われるとないけど……」

「問題はここに引っ掛けるなり、載せるなり出来そうな物は何があるか、だね」


 辺りを見回したシオンは火消し壺の松明を抜き取ったが、太すぎて載らなかった。


「長さはともかく、もっと厚みのないものじゃないと無理ね。例えば―――薄い本とか―――ナイフとか包丁とか」


 家事を預かる家政婦ならではの思い付きにシオンはパッと顔を輝かせて、それだっ、と声を上げる。

 何事かとのけぞったリナベルに向かって、シオンは頬を紅潮させて説明した。


「剣っ。カリディアン王の剣だよっ。長さといい厚みといい、多分ぴったり合うんじゃないかな? 鍔の部分は細工の隙間に嵌まりそうな気がする」


 言われてみれば確かにその通りだ。いかにもそれらしい形に見える。勿論、剣を載せたところで状況が変わるとは言い切れないが、試す価値はあるだろう。

 それでも、リナベルはげんなりせずにはいられなかった。


「ちょっと待って。つまりまた上に行って、剣を取って戻って来なくちゃならないってことよね? 無駄足になる可能性はこの際措いておくにしてもよ?」


 広場程の広さの壁にらせん状に伸びた階段で、およそ七階建ての高さはありそうな上の部屋に戻るのは、とんでもない苦行だ。帰りもまた同じ道程を辿ることを思えば、勘弁してよ、と言いたくもなる。

 すると、リナベルの内心を察したらしいシオンが、にっこりと笑った。


「勿論、俺が取ってくるからここで待っていてよ。なるべく急いで戻るから」

「え、いいの?」

「女の子にそんな無茶はさせられないでしょう。こういう体力勝負は男の仕事だよ」


 シオンは他人事のようにそっぽを向いているゲイリーをちらりと見遣った。


「お前はどうする?」

「僕がなんだって上まで行かなきゃならないんだよ。冗談じゃない。僕は巻き込まれただけの部外者だぞ。お前が勝手に行けばいい」

「じゃあ……危険なことはないと思うけど、俺がいない間リナ―――リーナを頼むよ」


 それに対する返事はフンっ、という馬鹿にしたような鼻息だったが、シオンは消えた松明を持ったまま、神殿を出て行った。


 ゲイリーと二人残されたリナベルは、手持無沙汰に再び周囲を調べ始めた。何もないとはわかっていても、不機嫌なゲイリーの相手をするよりマシだろう。だが、リナベルはすぐに足を止めて振り返った。


「……ねぇ、どうしたの?」

「……」

「シオンとは一番の親友なんでしょう? なんでそんなにピリピリしてるの?」


 あんまりにもどんよりしたゲイリーが鬱陶しくて聞いたのだが、彼は壁にもたれて不貞腐れたように床を蹴った。


「あんな奴、もう親友なんかじゃない。何を探しているのか知らないが、こんな薄気味悪いところにリナベルを連れて来ておいて、あいつの姿が見えないのに心配すらしないんだっ。見損なったよ……っ。リナベルはきっと不安がってるに決まってる。あんなんでもあいつは女なんだ、男でもゾッとするのにこんなとこに一人で迷い込んでるなんて、冗談じゃないっ」


 リナベルは呆気に取られて固まった。

 ゲイリーが美女版リーナの前で、格好をつけることすら忘れて怒っている。それも犬猿の仲ともいうべきリナベルの身を案じて、というから絶句するしかなかったのだ。


「あ、あの……えーと、ね? そのぅ、そんなに心配しなくても―――」

「そんなの無理だっ。君だってわかってるでしょう? ここに来るまでどれだけ危険な道のりだったか―――なのに、リナベルはこのわけのわからない場所に一人っきりで……今頃怯えている筈だっ」

「……」

「君のような美しい女性にはわからないでしょう。君に微笑みかけられたら、世の男どもは誰でも骨抜きになるし、少しでも近付きになろうと争って血の雨が降る。今みたいな状況になったら、誰もが君を守ろうとしてしゃかりきになるのが当然だ。現にシオンの奴は君のことしか頭にないでしょう? でもリナベルは―――うちの家政婦はただの使用人で、美しくもなければこれといった取り得もない。あいつの心配は僕以外、誰もしないんだ」

「いや……その……」


 まいったなぁ、と思いつつ多少はゲイリーを見直す気も起きてくる。

 リナベルが苛立ちも露わにその辺をウロウロと歩き回るゲイリーを見て、小さく口元を緩めたその時だった。

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