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ゲイリーの暴走

「広いとは思っていたけど、街の広場くらいあるよね。……なんだろう、部屋の中央に何かあるみたいだ」

「部屋っていうか……ここ、部屋って言えるかしら。最初はちゃんとした壁だったけど、見て。ここら辺は岩だわ。明るくなって壁に触らずに下りられるから気付かなかったけど、ここは建物の地下なんじゃない? 自然のままの岩盤を利用して、この空間を作ったんじゃないかしら」

「いったい何のためだと思う?」

「さぁ……」


 ただ、自分達が思っていた以上に大きなものに手を付けてしまったらしいことだけはわかる。下に行くにつれ、身体に感じる張り詰めた緊迫感や圧迫感は強まっていき、息苦しいくらいだ。


 単純なゲイリーは明るさが増すことで元気付いていたが、リナベルは不安な気持ちで足を進める。

 シオンはそれ程はっきりとしたものまでは感じていないようだが、リナベルの様子からただならない場所だと解しているようだった。少なくとも、何も知らないゲイリーの能天気さとは一線を画している。


 それからは無言で階段を下りきった後、三人は岩壁に沿って並ぶ篝火にも、順に火を点けて回った。そうして全貌を現したのは朽ちかけた古い神殿だった。

 この空間は小さいとはいえ、神殿をそっくり丸ごと内包していたのだ。

 周囲の黒ずんだ岩肌と比べ、白壁の神殿は火灯りに照らされて夢幻のように浮かび上がって見えた。


「な……に、これ……」

「すごい……」


 あえて全ての火を点けるまで直視しないようにしていたが、それは見てしまったら動けなくなってしまうような圧倒的な存在感に、どこかで気付いていたからだ。

 今改めて向き合ってみれば、本当に三人とも絶句して立ち尽くすしかなかった。


 死に絶えた古い教えの神殿がひっそりと眠る地に、無遠慮に踏み込んでしまったという思いで、敬虔な気持ちになる。声を発することすら憚られるような強烈な畏怖の念が湧き、鳥肌の立つような荘厳な雰囲気に圧倒されるばかりだった。


「これ、なんなんだよ……? なんだってこんなわけわからない場所に出たんだ? というか、これは来てもいい場所なのか? 本当にリナベルはこんな所にいるのか……?」


 怯えつつもただ一人状況の読めていないゲイリーが聞いてくる。それに、これは昔の神殿だよ、とシオンが答えるが、何故ここにそんなものがあるんだという次の問いには答えられなかった。


「元々ここにあったのかしら……?」

「さぁ……? 大学が今の形態になったのは百八十二年前、つまりアウストラ教と密接に関わるようになってそのくらいだってことなんだけど……その前から大学自体はあったんだ。創立……何年だっけ、ゲイリー?」

「だいたい四百年くらいだろ」

「そうだった。その頃はまだ俺達みたいな平民や下級貴族は入学を許されていなかったし、今よりだいぶ小規模だったけど―――」

「うん。ずっとあったのは確かだ。入学して以来、何かにつけて学長が演説しているじゃないか」

「……じゃあ、この神殿はいつからここにあるの?」


 リナベルの問いに二人は黙り込む。元々あったのか、他所から移したのか、どちらにしてもかなり昔のことに違いない。


 正面に等間隔に二列に並ぶ円柱は、おそらく入り口に向かう回廊だったのだろう。元々あった筈の屋根が跡形もなく崩れ落ち、支えるための円柱だけが折れたり欠けたりしながら残っているのを見れば、この場に長くあったのは明らかだ。


「とにかく……とんでもないものを見つけちゃったことだけは確かだ……」





「どうしようか」


 ぐるりと周囲を回ってきた三人は、改めて正面から神殿を眺めた。そこには両開きの大きな石の扉が固く閉ざされていた。他に入れそうなところは一つもない。


「入れそうにないけど、なんかヘンなものはまた見つけちゃったよね」


 シオンの言うヘンなものとは、裏手にあった。


 この空間自体は周りも下も岩や土がむき出しになっていたが、神殿の裏から岩壁までの地面に、大股で跨げる幅の溝が作られていたのだ。溝の深さは膝くらいだが、上下に動くよう作られた樫の棒の仕掛けがすぐ上の岩壁に埋め込まれ、いかにも意味ありげだった。


「あれは何か装置っぽいでしょ。普通に考えて、あの溝は水路であれを動かすと水が入るとかじゃないかな」

「……確かにあの溝は神殿の中にも、岩壁の中にも続いているから、水を引き込むためってのはありそうね」

「うん。それにしても―――どうしようか。流石に……こうなると、僕達が触れていいものか判断がつかないよ」

「こんな古い仕掛けだもの。触っても何も起こらないんじゃない? 」

「いや、それだけじゃなく、学術的価値の高い遺跡を壊してしまう可能性があるんじゃないかって思って」


 二人の真剣な会話は長くは続かなかった。

 あからさまに外されているわけではなかったが、自分にはわからない話にずっと苛立っていたゲイリーが、有無を言わさず裏に回って重い樫の棒を動かしたのだ。途端に岩壁の中から水の流れる音が生まれる。


 シオンは血相を変えた。慌ててゲイリーに駆け寄る。


「ゲイリーっ! 何やっているんだっ。まだ動かすかどうか決めてもないのに、勝手なことをして―――」

「なんだよ。どうせ考えたって意味ないだろ。僕はこんなとこに長居する気はないんだ。リナベルさえ見つけたらこんな薄気味悪いとこ、さっさとおさらばしたいねっ。お前はここで埃にまみれていたいかもしれないけど、僕は真っ平だっ」


 ゲイリーは厳しく決めつけてそっぽを向いた。

 シオンは怒りを堪えきれず険しい表情をしている。


 幼馴染みの二人が初めての喧嘩に踏み出そうとした、その時だった。

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