暗闇の洗礼
「あー……とりあえず俺達も行ってみよう」
「そ、そうね。どうやら広さはありそうよ」
シオンが先に立ち、ゲイリーの後を追う。リナベルもすぐ後に続く。
壁際はどちら側も崩れた瓦礫で足場が悪くなっていたが、なんとか通り抜けた先は歩き回れる程広く、濃密な闇に包まれていた。少し先にはゲイリーの燭台の灯が、周囲の暗闇に吸収されそうな弱々しさで光っている。
「ゲイリー」
シオンが呼びかけると、ゲイリーは声なき悲鳴をあげて飛び上がった。勢いで乗り込んではみたものの、動けなくなっていたのだろう。余程恐かったに違いない。
「な、なんだよ。お前も来たのか。し、仕方ないな、一緒に来たいなら許してやる、目を離したらお前は何をやらかすかわからないからな、さあ行こう、一緒に行こう」
すごい速さで傍に逃げ帰ってきたゲイリーは、リナベルの存在に気付いて慌てて澄ました顔を取り繕った。まるで格好はついていなかったが、本人は気付いていない。
そういうところがわかりやすく底の浅いところだと呆れながらも、リナベルも彼の怯えっぷりを笑えなかった。
この場所の空気は他の場所と比べ物にならない程静まり返っていて、肌がビリビリするくらい居心地が悪かった。何か得体の知れないものが、闇の向こうで息をひそめてこちらを窺っているような感覚で、自然と足が竦むのだ。
「なんか……空気が張り詰めている。やけに緊張するというか―――恐いような感じだ」
「あ、ああ。いやっ、僕は別に恐くはないぞっ。だけど別行動は危険だから、一緒に行動しよう。全くリナベルを見つけてさっさと連れて帰るぞ」
口だけは勇ましく、実態はシオンを前面に押し出しながら、ゲイリーも相槌を打つ。
それにリナベルとシオンも顔を見合わせて頷いた。『リナベルを見つける』云々はともかく、ここまで来て途中で帰る気は全くない。
三人でそろそろと歩き回ってわかったのは、今いる場所がさほど広くはない正方形だということだった。真っ直ぐ行けばどの方向も十歩足らずで終わる。壁もないのにいきなりすとんと床がなくなるのだ。無防備に歩き回っていたら落ちていただろう。
ただ、よくよく調べると壁際に沿って下り階段が見つかった。
一段一段の縦幅は広いが横は狭く、シオンを先頭にリナベル、ゲイリーと一列になって進む。視界が悪いので突然次の段がなくなっていてもわからない不安で、自然、一歩一歩足先で探るようにしながら壁伝いに下りていくと、篝火用の鉄器が床にあった。中には先端を燃えやすくした薪が七、八本入っており、火を点ければすぐにも使えるようになっている。
「どうする? これに火を点けたらかなり明るくなるとは思うけど、明らかに侵入した形跡を残してしまうわね」
そう言ったリナベルに、シオンはあっさり、点けよう、と応えた。
「今は見えないことで怪我でもする方がまずい。だいたい、壁が崩れている以上侵入の形跡は隠せないよ。だったら大事な物の見落としを避ける意味でも、安全を考えても、大きな灯りは必要だと思う」
シオンにゲイリーも同意する。三人の足音の響き具合から、この空間がかなりの広さを持っていることは間違いなく、そんなところを心もとない蝋燭に頼って歩くのは真っ平だ、と熱心に主張するゲイリーの言葉に、リナベルも同意するしかなかった。
蝋燭が燃え尽きてしまっても、同じ程度の光を作るくらいは簡単だが、二人の前でやるわけにはいかない。シオンは魔女だと知っているが、目の前で魔法を見られたのは一回だけ。それ以後も見たいと言われないのをいいことに、封印している。やはり、普通の人の前でやるのは抵抗があるのだ。
ゲイリーを誤魔化すのは簡単でも、魔法を使うつもりはなかった。
ゲイリーの蝋燭はまだ多少長さが残っているが、リナベルとシオンが持つ蝋燭はかなり短くなっている。
シオンは蝋燭の火を移す前に薪を一本抜いた。それに火を点けてから篝火に移す。大きく燃え上がった炎で、やっと三人の全身がはっきり見えるのを確認して、シオンは蝋燭を消した。
「帰りに必要だからね。邪魔にもなるし、この松明で充分明るいから、蝋燭はここに置いて行こう。リナベ―――や、あのぅ、リーナとゲイリーもそうしておいた方がいい」
リーナの正体がリナベルだとバラしたら、ゲイリーは梃子でも動かなくなるだろう。危ないところで言い直したシオンに、リナベルはこっそり顰めっ面を向けてから蝋燭を消した。
だが、ゲイリーは頑なに火を消すことを拒んだ。
「何があるかわからないんだぞっ? 僕は僕で灯りを持っていた方がいいっ」
ギュッと握り締めて離そうとしない様子に、言っても無駄とわかり、リナベルはシオンにさっさと行くよう促した。シオンも苦笑して先に進む。
だが、ある程度進んだ先に再び見つけた篝火で明るさが増すと、流石のゲイリーも蝋燭を置いていくことに同意した。
そこからは階段が壁に沿って右回りになるよう直角に折れていて、右頬に遠くに燃える一つ目の篝火の灯りを受けて、下りていくことになる。
予想はついていたが、暫らく行くとまた篝火があった。
度々壁に突き当たって直角に折れていくうちに、いくつもある篝火で周囲はどんどん明るくなっていった。
そうするとただの暗闇だった中央の空間に、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がってくる。




