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ゲイリーの勘違い 

「え……ゲ、ゲイリー? お前、なんでここ、に……?」


 余程、度肝を抜かれたのだろう。シオンがとんでもなく上擦った声で聞くと、ゲイリーは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「それはこっちの台詞だ。なんだってこの僕が、こんな薄汚い場所に来なきゃならないんだよ? 冗談じゃないぞ」

「い、いや、あのゲイリー、悪いんだけど、もう少し小さい声で喋ってくれると―――」

「はぁっ?」

「ゲイリー、頼むって。こんなところにいるとバレたら、俺達三人ともヤバいんだぞ? 声を抑えてっ」

「わ、わかった」


 ようやく土埃が収まってきたところに、ゲイリーの持つ三又燭台の火も合わさって、その場はかなり明るくなっていた。

 大学に良家の令嬢を装って潜入したリナベルはさりげなく顔をそむける。


 ゲイリーの夢中になっているリーナの正体が自分だとバレるのはこうなったら仕方ないが、散々与太話を聞かされただけにかなり気まずい。


「で? お前、どうやってここに?」


 改めて問い質したシオンにゲイリーは、僕の推理力を舐めるなよ、と目を眇めた。


「こそこそ馬車に乗り込むお前たちを偶然見かけてな。マントで隠したところで声でリナベルなのは一目瞭然だったし、これは怪しいとピンときて、すぐに後を追ったわけだ。身の程知らずにも王妃の花園を見物したがったリナベルへの機嫌取りだと睨んでいたが、おかしなことに全然違う方向に向かうだろう? お前たちが何をやるつもりか確かめるべく、ここまで来たんだよ」


 絶句して聞いている二人に、ゲイリーは得々と説明を続ける。

 途中で二人を見失って大変だったのは言わなくていいだろう。再び見つけたのは偶然だったが関係ない。そこは自分の能力の高さだとあっさり割り切って、彼は気持ちよく弁舌を振るった。


「物置部屋でリナベルのマントをみつけて、そこで待つことにしたんだが、待てど暮らせど帰って来ないだろう? 僕としても対処に困ったよ。暫らく待って痺れを切らした頃に、不自然に積まれた木箱やなんかに、はっと気付いたわけだ。僕は考えたね。これはなんだ? どういう意味があるんだ? とね。そこからだよ。僕の推理が冴え渡ったのは―――」


 この調子では時間が幾らあっても足りなくなる。わかったなるほどね、とシオンが制して黙らせてくれたのでリナベルはほっとしたが、一度口を噤んだ筈のゲイリーはすぐにまた喋り出した。


「というか、僕の素晴らしい勘や冴え渡る頭脳の話はあとでたっぷりするとして、この薄汚れた場所はいったい何なんだ? なんだってリナベルをこんなところに連れて来て―――、っ!?」

「な、何っ? どうしたんだよ?」

「リリリ、リーナっ!?」


 突然上がったゲイリーの奇声に、シオンが飛び掛かって口を塞ぎ、リナベルは血相を変えて後ろ頭を引っ叩く。


「バカっ、なに大声だしてんのよっ?」

「場所をわきまえろってゲイリーっ!」


 二人掛かりで責め立てられて、ゲイリーは目を白黒させながら何度も首を縦に振って見せる。それを確認して二人が離れると、ゲイリーは涙目で頭をさすりながらも文句を言った。


「乱暴だな、シオン。思いもよらない人がいて驚いたんだ。というか、―――っっ!?」


 だがゲイリーは何故か話の途中で目を引ん剥いた。もう一度引っ叩かれてはたまらないと思ったのだろう。自分の両手で口を塞いで、声なき叫びを発する。


「なっ、どうしたんだよ、ゲイリー」

「リ、リーナ……君のその格好……っ、シオンにやられたのかっ? なんてことだ、淑女にこ、こんな―――」

「はぁ? ち、違うわよ。ていうかわたしは―――」


 熟れた林檎のような顔をそむけつつアワアワ言っているゲイリーを見て、リナベルも自分の格好を思い出した。驚くことが色々あり過ぎてすっかり忘れていたが、そういえば下着姿だったのだ。

 自分でやったとはいえ、まさかゲイリーにまでこの姿を晒すことになるとは、あまりにも情けなく恥ずかしく腹立たしい。慌てて身を縮めたが、今更そんなことをしても意味がないのはわかっていた。

 

 それでも二人対一人。

 危険が増している。


 乙女としては、理性や人間性にさして信頼のおけない男どもと共にいる危険に対して、警戒を怠るわけにはいかないだろう。


 眇めた目で疑いの眼差しを二人に等分に向けてやると、シオンは疲れたように肩を落とした。


「あー、俺達はか弱い女性に対して不埒な真似は決してしないよ。ね、ゲイリー?」

「え? あ、ああ、それは勿論……というか、だからなんで彼女にこ、こんな格好をさせてるんだっ。僕が来る前にお前って奴は、何かその―――はっ、破廉恥なことを―――っ」

「違うって。お前も俺達の後を追ってきたならわかるでしょ。天井裏から下りる時、彼女のドレスを使わせてもらったの。ちなみに俺の服を使わなかったのは単なる強度の問題で不埒な考えや破廉恥な行為は一切なかったので長年の友情に免じて信用して下さい頼むからっ」


 一息に説明したシオンに、ゲイリーはこくこくと頷いている。勢いに押された観は否めないが、まぁいいだろう。

 リナベルは疑惑の眼差しごっこをあっさりやめて、二人を見遣った。


「とにかく、こんなことをしていて時間を無駄にするわけにはいかないわ」

「ああ、そうだよね」


 だが、そこで再びゲイリーが、ちょっと待て、と口を挟んできた。


「驚きのあまり忘れていたが、うちのリナベルはどうしたんだ? お前と一緒だった筈だぞ、シオン」

「え? ……ああ、えーと―――」

「あ、わかったぞっ。お前はなんて酷い奴だっ。リーナと二人きりになりたくて、あいつを追っ払ったんだな? 気持ちはわかるが酷すぎるっ。いくらブサイク眼鏡とはいえ、あいつも一応女の端くれなんだ。こんな薄汚くて暗い墓場みたいなところで一人きりにするなんて見損なったぞっ」


 声をひそめたり変えることもしないで喋っているのに、リーナの正体に全く気付いていない。それどころか、『一応』だの『端くれ』だの言葉の端々に引っ掛かりはするものの、自分を心配するようなことを言うゲイリーに、リナベルは驚いて目を見開いた。


 その間にも辺りを見回したゲイリーは、壁の穴に目を留めて勝手な結論を下した。


「この向こうか、全く情けないな。ちやほやされていい気になったあげくこの扱いだ。いいかシオン。僕はうちの家政婦に対して責任がある。こんな仕打ちをされていると知った以上、黙っているわけにはいかないぞっ」

「え、いやその―――」

「いいか、僕はうちの家政婦を連れて帰るっ。あいつも休暇だなんだと浮かれて、お前のところに入り浸っていたが、バカな奴だっ。僕はこんなことになるんじゃないかと思っていたんだっ」

「ゲイリー、あの―――」

「何の取り柄もない生意気女だし、しかもリーナと比べたらお前の気持ちはわからないじゃない。なにしろ同じ性別を持つとは信じられない程の残念な外見っ、主人を主人とも思わない反抗的な態度っ。だけどな、僕はあいつがよその人間に虚仮にされているのを黙って見過ごすつもりはないからなっ。あ、だからといってあなたをこんなケダモノと二人で残していくつもりはありませんから。安心して下さい、リーナ」

「え? いえわたしは―――」

「あなたのことはこのゲイリー・アウグストンが責任を持ってお宅まで送りますから。ただ、うちの家政婦は気ばかり強くて、たいして役にも立たない残念な奴ですが、主人として責任があるのでちょっと待ってて下さい。全く、こんなところにあなたのような淑女を連れてくるとは、なんて酷い男でしょうね」

「いや、あのね―――」

「ああ、僕はシオンとは全く違う紳士的な、極めて紳士的な人間ですので安心してもらって大丈夫ですよ。じゃあ、ちょっとリナベルを探してきますからここで待っていて下さい。シオン、これ以上リーナを恐がらせるような真似をするんじゃないぞ?」


 ゲイリーはシオンとリナベルの双方に一方的に捲くし立ててから、ずかずかと壁の穴をくぐって消えた。

 何度か口を挟もうとしては失敗した、残された二人は、げんなりして顔を見合わせた。

目が黒くなくても『目を白黒させる』と言っていいんでしょうか・・・・

でも、どうしても他の言葉がしっくりこなかったので、まあいいやとそのままにしてます。

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