どうしてここに!?
「聞いた?」
興奮した声を上げたシオンが鋭い視線を四方に投げる。
「あっ、あそこ……っ」
目立たない片隅の書棚が半歩分程前にせり出していた。
二人が駆け寄ると、書棚の裏の壁に小さな木扉が見えた。そのままではとても開けられないので、力を合わせて書棚を横に動かす。
なんとか全容が現れた時には、二人とも息を切らしていた。
「これ……一人だったら絶対動かせなかったと思うわ」
「ああ、二人で来て良かったよ、本当に。しかも君に教えて貰わなければ、この隠し扉にも気付けなかっただろうし」
「まぁ、とにかく入ってみましょうよ。はっきり言ってこの小っちゃい扉の向こうも、この大きさに比例してるとしたらかなり大変よ。腰を屈めて歩くしかないわ」
だが、扉の向こうは大きな長方形の部屋になっていた。
部屋中に置かれている物は、隣とは大分様相が違っていた。本や記録といった類いの物は見当たらず、色のくすんだ宝冠や、裾のほつれた古いマントなどが数々置かれている。
「これ……」
中の一つを恐る恐る手に取って調べていたシオンが、驚いたように声を上げた。
「何?」
「いや、これってもしかして、王家の宝物じゃないかな? このマント、よく見ると王家の紋章が入ってる。ほら、金糸で縫い取りが」
確かにシオンの言う通り、ハヤブサの模様が一面に縫い取られている。よくよく見れば他の物も値打ちのありそうな物ばかりで、どうやらここは王家の古い宝物や記念品の部屋らしかった。
「ねぇ、確かに歴史的、価格的価値は高いんだろうけど、こういうのは普通王宮にでも置いておくものじゃないの? 王様のご先祖の思い出の品なんでしょ? だったらこんなとこに隠しとかないで、大事に手元に置いておけばいいと思わない? あれだけ広いお城に住んでいるんだから、置く場所くらいあるでしょうに」
一応手を触れずに色々と見ていたリナベルが疑問を投げると、シオンも頷いた。
「君の言う通りだ。ここに置き捨て―――って言うとアレだけど、隠してる意味がわからない。というか、本当にこれらを隠すためだけの部屋なのかな」
「というと?」
「いや……まぁ、他も見てみよう」
その後は別々に見て回ったが、ある物を見つけたリナベルは鋭い声でシオンを呼んだ。
「これが何?」
錆びてボロボロに刃の欠けた剣を胡乱に見遣ったシオンに、リナベルは掠れた声で、わからない? と囁いた。
「これ、カリディアン王の剣よ。間違いないわ」
息を呑んだシオンに説明する。
「この鍔の部分。見て。林檎を銜えたハヤブサが刻まれてる。それだけなら後の王の持ち物かもしれないけど、林檎を模した赤い宝石が割れているの、わかる? 割れ石の飾りはカリディアンの象徴なの」
たった今思い出したが、思い出せたのが不思議なくらいだ。他のことは祖母に何度も繰り返し聞かされたのに、この話は物心つくかつかないかの幼い頃に、たった一度聞いただけだったのだ。
記憶は曖昧で、その時の祖母の表情もおぼろげだったが、現物を前にして確信が強まる。
「この石はカリディアンが親友に裏切られ、剣を交えた時に割れたのよ。彼はそれからも人心を束ねることの難しさを忘れないために、そのままにしたの」
「それが本当なら、これはカリディアンが実在の王だったという証明になる。すごいな、他に何か覚えていないかい?」
「他は―――」
そっと剣を手に取ったリナベルは、知らぬ間に自分の口から零れ落ちた旋律に、目を見開いた。今まで聞いたこともない言語で、意味もわからないが、その美しい響きの歌は自分の意思とは別に淀みなく続く。
「何を……っ!?」
そう声を発したシオンより、リナベル自身の方が何倍も驚いている。なにしろ突然身体が乗っ取られたようなものなのだ。
勝手に零れる歌に内心焦っていたリナベルは、次の瞬間ギョッとして手を振った。剣がぼんやりとした光に覆われている。手放したいが、握った指が強張りついたように開かなかった。
泣きそうになりながら闇雲に振り回すと、偶然剣先が向いた壁石の継ぎ目から、一瞬眩しい光が洩れ出て消えた。それと同時に剣の光も消え、リナベルの身体も自由を取り戻す。
慌てて剣を置いて一歩後退った後、汗ばんだ両手のひらを腰の辺りで拭っていたリナベルは、壁にへばりつくシオンを見遣った。
「な、何、今の……っ? 光ったわよねっ?」
「わ、わからない。こっちが聞きたいよ。今の歌はどういう歌なの? 君が歌い出した途端、剣が光り出したけど。俺は魔法だとばかり……」
「し、知らないわよ。なんか剣を持ったら勝手に口が動いたの」
シオンはそれを聞いて壁から離れ、剣を手に取った。
「……何も起こらないな」
もう一度剣を持ってほしそうな顔をされたが、冗談ではない。
だが、壁に興味があるようなふりで断固としてそっぽを向いたリナベルは、次の瞬間腰を抜かしそうになった。軽く触れただけの壁面が音をたてて崩れ落ちたのだ。
「リナベルっ、大丈夫かっ!?」
土埃がもうもうとたちこめる中、激しく噎せていたリナベルは、慌てて駆け寄ったシオンに肩や顔をべたべた触って確かめられ、ちょ、ちょっと、と抵抗する。
「どこも怪我はない!? 痛いところはっ?」
「だ、大丈夫よ。びっくりしただけ―――」
「本当にっ?」
「本当よ。なんともないわ。それより、どさくさにまぎれてどこ触ってんのよ? この助平っ」
「えっ!? あ、いや、あのっ、し、失礼したっ」
「ちょっと、静かに反省してっ」
声をひっくり返らせたシオンに、リナベルは人差し指を口に当て、シーッ、と目を吊り上げた。散々大きな音をたてておいて今更だが、こっそり忍び込んでいる立場を忘れてはいけないだろう。
「それにしても、なんで壁が……君、力あり過ぎるんじゃない? 俺が触ってもビクともしなかったのに」
「はぁっ? 人聞きの悪いことを言わないでちょうだいっ。わたしは―――」
「シーっ、静かに。おとなしくしてよ」
今しがた自分が言ったことをそっくりそのまま返されて、ぐっと詰まったところで、リナベルは蒼白になった。
背後から、なんだよここは? という不機嫌な声がしたのだ。シオンも凍り付いている。
禁書館に侵入するだけでも大変なことなのに、隠し扉までみつけ、尚且つその中の壁を壊してしまった現場に踏み込まれたのだ。どう考えても万事休す。言い訳の出来る話ではなかった。
リナベルが頭の中が真っ白になった状態で、何か言わなければと必死に考えている間に、テキは、埃っぽいところだ、とブツブツ言いながら近付いてくる。
もう駄目だ、と目を瞑って息を止めたリナベルは、おいシオン、という声に弾けるように振り返った。
顔の前でもうもうとたちこめた土埃を払いのけるようにしながら姿を現したのは、ゲイリーだったのだ。




