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祖母の遺言

「こうなったら禁書を保管している、大学内の秘密の書庫を調べるしかないかな」

「何それ? そんなのがあるの?」

「ああ。一般の学生には知られていない秘密の場所なんだ。俺だけが知っているといっても過言ではない。俺の女性ウケは知っているでしょ? それこそ乳幼児から老女まで幅広く―――がモットーだからね。大学の気難しい女性司書にご奉仕しといてよかったよ」

「……ああ、なるほど、ね」


 思わず顔を赤らめたリナベルに、シオンはおっとりと笑い声をあげた。


「あ、ちなみにご奉仕ってえっちなことじゃないからね。本の整理の手伝いやら、ちょっとした差し入れです」


 シオンには絶対に誤解を生む言い方をした自覚がある筈だ。

 リナベルはしれっと言ってのけたシオンを睨んで、ぷいっと顔を背けた。

 そりゃあうら若い乙女があれやこれやの桃色遊戯を具体的に思い浮かべるのもどうかと思うが、そうさせたのは目の前でニヤついている女ったらしだ。


 ちなみにリナベルの知識の源は婦女子の間で密かに人気の耽美本、その名も『ある淑女の告白~ひと夏の経験』だ。当局に睨まれる程の過激な描写と、女主人公のめまぐるしい運命の変遷に読者の目は釘付けで、続編を待つ声は日増しに高まっている。


 女だけの集まりで必ず話題に上がるのは匿名の作家が誰なのかという推理で、売れない詩集を二冊出版したことのあるリンジー・ブリュエット夫人や、恋多き女として有名なシアラ・ジェネ伯爵夫人の名が有力だった。

 まぁ要するに『世界の美女百選』に夢中な男どもと、たいして女も変わらないということだ。


 使用人達の密かな楽しみは、雇い主のお嬢さんや奥方に命じられこっそり入手した本を先に皆で回し読み、「まっ、いやらしいっ」だの「えっ、そんなことまで」などと、興奮してキャーキャー騒ぐことである。


 普段はあまり目立たないよう立ち回っているリナベルも、その時ばかりは皆に混ざってキャーキャー言うのが常だ。それはそれで楽しいのだが、こんなところで弊害が現れるとは思ってもいなかった。


 だが、身をもって実感していたリナベルをシオンはそれ以上揶揄おうとはせずに話を戻した。


「一応、その書庫の扉は見つけたんだ。ただ鍵は学長だけが保管していて、ちょろまかすのは不可能だ」

「へぇ……てか、それなら秘密の書庫を調べるのは無理じゃないの」

「いや、それがね。あちこち探って、なんとっ! 唯一の侵入口も見つけ出したんだよ。こればかりは人から聞き出すことも出来ないし、本当に苦労したんだよ?」


 だから褒めろとでも言うのか。げんなりしつつもすごいすごいと言ってやると、シオンは満足気に頷いて続けた。


「で、話はここからなんだ。ちょうどいいことにティルダ王妃の花祭りが明日ある。それに乗じて君も大学に入れるから、二人で謎を探らないか?」

「……ちなみに、拒否権はあるの?」

「勿論。今回のはバレたら俺も退学は免れないと思う。それだけですめばいいけど、もしかしたら教会や王家の逆鱗に触れる可能性もある。禁書を決めたのは教会だし、いくら大学は自治を許されているとはいえ王家が出資者だからね。そんなところに君をムリヤリ連れて行くわけにはいかないよ」


 リナベルはいつになく真面目な顔のシオンを見遣った。


「で、わたしが断ったらあなたもやめるの?」

「いや、せっかく糸口が見つかったんだ。一人でも調べるよ」

「だったら私も行くわ。乗りかかった船だもの。ここまできたら多少の危険を冒す価値はあるわよ。それに―――」


 リナベルは自分の目的を、ここにきて初めてシオンに告げた。

 最後の魔女として、女神への信仰を人が失ったことを詫びる。その方法を探るためだ。それには禁書庫はうってつけだろう。

 リナベル自身は女神の存在を信じているかと言えば正直微妙だったが、それが育ててくれた祖母の最期の望みだったのだから、出来る限りのことはしておきたい。

 

 ディラの街に出て来たのもそのためだ。せめて三年くらいは祖母のために使おうと決めていたのに、日々の暮らしに流されてなんとなく諦めかけていたリナベルにとって、この展開は願ってもない僥倖だった。





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