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最初で最期の  作者: 里崎
本編
9/12

§8.First and Last Struggle Begins // 「確かに、俺は非力だよ」

一時間後。


「ついておいで。くれぐれも、はぐれないように」

キシルに銃を返却し、奥の部屋から見慣れない工具箱のようなものを持ち出すなり、レオはそう言って店を出て先を歩き出した。

方角は北。

雇われ者の二人は、ちょっとした口論を交わしながらも雇い主に大人しくついていく。手渡された深緑の分厚いローブを頭からかぶって。

先に音を上げたのはキシルだった。

「レオ君ー、これずうっとかぶってなきゃダメ? なにこれ防水防塵防弾? ちょう重いんですけど」

頭もげそう、とえげつない不平不満をもらして、駄々っ子のように足を鳴らした。

レオは黙って振り返り、二人を見た。

キシルの隣を歩くネイディアは何も言わないが、同じフードの下、二人揃って似たような表情を浮かべている。

「中央は中立だから良いけど、西(ジブリア)の人間が(ユリア)に入ったと分かると、今後の君らが厄介な目に遭うんだよ」

立ち並ぶ商店街のショーウィンドーを見ながら、ネイディアが唇をとがらせた。憮然とした声。

「……それは分かるけど」

その視線を追うように顔を右へ向けたレオはちょっと考えてから、ひとつ大きく頷いた。

(ミハイリア)の幹部に売りつけようと思っていた最新鋭の軽量合金があるんだが――ヤキンが帰ってきたら、ネイディア、君の銃剣に装備するよう頼むことにする。相応の報酬にはならないか?」

強度と重量と単価の数値を述べれば、ものすごい勢いでネイディアが振り向く。飛びつくようにレオに接近した。あまりの気迫に圧されて、レオの足がたたらを踏む。

「破格!」

ネイディアが目を輝かせて叫んだ。脇を歩く見知らぬ少年がうるさそうにこちらを見やって通り過ぎる。

ずるいー、とキシルがすねた声をあげる。

「レオ君、僕には?」

「キシルには追々」

「ううう、はぐらかされたっ」

先を歩くレオが市街の角を曲がる。灰色の壁が連なる先に、崩れかかった鉄格子が立つ。その切れ目に門がひとつ。木箱の上に座って煙草をふかしていた男が、錆びた有刺鉄線が巻きついたフェンス越しに、レオと目を合わせた。ふわりと香る南国産煙草。

門番役の男を見るなり、ネイディアの腕がローブの下で銃剣に手をかけるべく動く。

しかし門番の男は傍らに置かれている自らの武器を見ることもなく、黙したまま、薄汚れたブーツの足先で門にかかる重い錠を開けた。

金属音。

レオは軽い一礼をして、男の横を通り過ぎる。慌ててフードの二者が続く。三人の背後で、元通りに鍵が下りる音がした。

中央と(ユリア)をつなぐ関所の、顔パス。

銃剣から手を放したネイディアが、目を輝かせてレオに駆け寄り並んで歩く。

「なに。レオってすげーやつなん?」

「……その稚拙かつ抽象的すぎる表現はどうかと思うけど」

「でもさ、こんなんかぶって明らかに不審なオレらのこと詮索されないくらいには、あの門番より目上ってことだろ?」

 もそもそとフードを揺らしながらネイディアが聞けば、代わり映えのしない声音で、レオが肯定する。

「まぁ、そうなるね」

どこでも大して変わらない荒れた市街地の景色に、けれど何かしらの興味を引かれているらしいキシルが落ち着きなく周囲を、初めて入る(ユリア)の景色を見回している。やがて横道からまっすぐ近づいてくる巨体の男に気付いて、レオを呼んだ。

レオは男を見て気安く右手を挙げた。

「久しぶり」

そっけない挨拶に気を害した様子もなく、男は親しげに笑んだ。

「珍しいな、(ユリア)まで遠路はるばる。ぶっ倒れんなよ? 届けといてやろっか?」

レオが首を振った。そうか、と頷いて立ち去ろうとする男を、レオが思い出したように呼び止める。

「あぁそうだ、なぁ、中央のユスク・モルディズと足利冶金がここに来てるはずなんだが、どこに居るか知らないか」

「ヤキンなら首領に招かれたって噂だぜ。ユスクの嬢ちゃんは、顔知ってる奴が少ねぇから話は出回ってねぇなぁ」

「そうか、ありがとう」

愛想よく手を振って去る男を見送ってから、ネイディアがひとつ頷いた。

「行き先は決まったな」

「まぁ予想通りでよさそうだ。このまま直進して、あの突き当たりにある屋敷がそうだ」

レオが指す先を目で追って、その目をこらしたキシルが楽しそうな声をあげる。

「うわお豪邸、ってゆうか堅牢なお城? すっごいねー」

「オレらには豆粒にしか見えねぇけどな」

羨望の目線を能天気にはしゃぐ黒い頭に向けて、ネイディアがふてくされたように呟く。レオも黙って頷いた。


***


レオがいつもどおりのごく小さな声で名乗るなり、かたく閉ざされていた重厚な門扉はすぐさま開いた。広大な庭を通り抜け、屋敷の使用人らしい男が頭を下げたまま扉を開けて待機している前を通り過ぎて、豪華絢爛な装飾の施された通路をなんの遠慮もなくずかずかと進む。突き当たりにある奥の広間で三人を出迎えたのは、セルゲイではなく、その父親、(ユリア)の首領ドミトリだった。

「ようギュスケイル、いいとこに来たな」

ついにお前も(ユリア)の傘下か、と嬉しそうに笑うヒゲの男。太い腕で軽々ともてあそんでいた斧を、レオの前に突き出す。

「昔ぶん回してたやつなんだが……ちょっと無茶したら、見ての通り、めちゃくちゃに割れちまってな。お前なら直せるだろ?」

レオの目が欠けた斧の刃を見て、それから、目の前で不敵に笑うドミトリを見る。

「報酬は」

いつもどおりの問いかけに、ドミトリは不服そうに眉を上げた。

「部下に払う金はねぇな。黙って直せ」

「部下になったつもりはない。(ユリア)の傘下に入ると、言った覚えもない」

レオがそっけなく、けれどはっきりと言い返した。

ドミトリの右手が、ついと服の下に伸びる。

「しつこく勧誘してた男がせっかく(ユリア)まで来たっつうのに……黙って中央に帰すのは、ちいと惜しいな。――力尽くなら、どうだ?」

劇鉄の上がる重い音。レオは無感動な目で、至近距離から突きつけられた銃口を眺めた。

「俺を脅しても、あんたには何のメリットもないよ。俺は早死にして、あんたはこの愛用品を二度と使えなくなるってだけ。それくらい、ずいぶん前からよく知ってるだろう?」

ドミトリはレオの冷静な返答に満足そうに頷いて、銃を下ろして、快活に笑った。

「はは、知ってるよ。試しに言ってみただけだ。お前こそ知ってるか? ヤキンからは『壊れモンだから丁重に扱え』、ってお達しが回ってんだぜ」

恋人か子どもにするような手つきで頭を撫でる手。レオはなんともいえない表情を浮かべ、髪を掻き混ぜる武骨な手を見つめて、呟く。

「……それは、ありがたい」

あぁそうだ、と上機嫌でドミトリが話を変えた。

「せがれから、世界中で流れているお前の噂を聞いたよ。出生地に驚いた。よくもまぁあんな紛争地帯から生きて出られたもんだ」

それからレオをまじまじと見て。

「ぽっと出の成り上がりが、今や“大平原(エデン)”、いや世界を席巻する武器職人だろう? その手腕は先進国で学んだものってわけか」

ドミトリの納得顔に、レオはさめた目を向ける。

「昔話をしにきたわけじゃないんだが」

「そうだろうな。用件は?」

「その、お宅の息子さんについてだ」

ドミトリは意外そうに表情を変えた。

「あいつがどうした」

ネイディアが顔をしかめ、苛立たしげに会話に割り込んだ。

「まさか知らない、ってわけじゃないだろ、何をしたか。さっきの街の奴が知ってたんだ」

「知ってて、とぼけてるんだよ。中央の人間をどうこうするくらい、(ユリア)の権力者にとっては大したことじゃない、ごく当たり前のこと――ってね」

呆れたように言って、レオがドミトリを見た。珍しく、睨んだ。

ドミトリが笑う。ネイディアのほうを向いて断言する。

「ヴァーメイルのせがれか」

慌てて深くフードをかぶらんとする二人の緑色に、レオが「もう脱いでいいよ」と声をかけた。

「え、でも、事態がまたややこしく――」

「言わせないよ」

レオの強い声が遮った。

(ユリア)の人間は結束強いのが多いからね、知れ渡るとさすがに処理しきれないから、往来では隠したけど――ここでは、俺が、言わせない」

語気とは裏腹に、レオはいつもどおりの覇気のない顔でドミトリを見る。

「ケンカ売ってるんじゃないんだ、俺は当たり前の権利を主(・・・・・・・・・)張してるだけ(・・・・・・)。分かるだろう、(ユリア)の首領?」

数百の屈強な人間の頂点に立つ壮齢の男は、つきつけられた挑戦的な台詞に、何を思い出したのか小さく笑い、肩をすくめる。

「てっきりお前は一生、日陰で生きていくものと思ってたんだが……まさかお前の口から正面きって、そんな言葉を聞ける日がくるとは、な。――愚息なら南側の離れに住んでるぜ」

好きにするといい。俺は干渉しない。

そう断言して、まるで降参するように、ドミトリは両手を顔の横に挙げてみせた。


***


数分後。

三人は、母屋に負けず劣らず豪勢な造りの外壁を見上げていた。

窓がないよ、とキシルが口を尖らせる。

「中どうなってるか見えないね」

キシルが指さした先にはひたすらに灰色の壁が続く。城壁あるいは牢獄のような重厚感をもつ壁面を眺め、ひとつ頷いて、

「よし。ふっとばしてみよう」

レオはしゃがみ込んで、手に持っていた工具箱を地面に下ろして蓋を開く。なにやら作業を始めたレオのとなりに同じように座るキシル。

「えっへへ、それがレオ君の本性?」

嬉しそうな声に、レオは呆れつつ首を振る。

「まさか。そんな面倒なことはしない。ずっと素だよ」

配線作業を終えて立ち上がったレオがネイディアに円筒形の黒いかたまりを手渡す。

「あの壁のちょうど中央くらいに、おもいっきりぶつけてみてくれないか」

ネイディアが不思議そうに、小さなかたまりを手の中で転がしてみて、

「これ何」

「爆弾。そんなに重くないから、君が全力で投げれば、届くだろう?」

「こんなん、三割引でも充分届くと思うぜ。でもこんなちっこいやつ、ちゃんと爆発すんの?」

「投げてみれば分かる」

「まぁな――」

ネイディアが軽く、振りかぶって――耳をつんざくような爆音。

地盤が、下から突き上げを食らったかのように、瞬間的に大きく隆起した。全員の体がちょっと浮く。

そびえたっていた灰色の壁面は、蜘蛛の巣のように亀裂を走らせて、たちまち全てが崩れ落ちた。瓦礫の衝撃でまたも地盤が揺れる。粉塵が舞う。

どこかで、けたたましくサイレンが鳴り始めた。

唖然とする二人を差し置いて、レオが断面をさらす家屋をひととおり眺めて、呟いた。

「さて、見やすくなったな」

数秒後。

大々的な家屋損壊の奇襲にいちはやく反応した群集が、ものすごい形相で家屋から飛び出してきた。レオが隣を歩く二人を呼ぶ。

「お願いしてもいいかな」

そう言って歩調を緩める依頼主。青い顔で、ネイディアが相手の数を数える。

「……いや、ちょっと多くないか? こっち二人だろ、え、さばききれなくね?」

「なせばなるさっ、やってみよー」

軽く承諾してキシルが銃を抜く。いつもどおりの構えに、レオの言葉が重なった。

「ま。――エクレシア(それ)なら問題ないだろう?」

いつもどおりのたんたん、という軽い発砲音が、連射で重なるごとにいつしか爆音へと変わり、目の前の瓦礫と人とを木っ端微塵に砕き飛ばした。何かに当たって軌道を変えた流れ弾が離れにまで届き、半壊の家屋は更にがらがらと崩れてゆく。

――自動小銃がもつ常識的な殺傷力の範疇を超えた、ありえない破壊力。

「うをー」

キシルが歓声をあげて銃身をぺちぺちとたたく。

挿絵(By みてみん)

顔を輝かせてレオを振り返る。

「レオくんすごいね!」

「あいにく、こういうことしかできないけどね」

「うをー」

新しい玩具を手にした子どもそのものの表情で駆け回るキシル。

「……なんだ、それ」

その手元にある銃を見て、愕然とネイディアが呟く。

「もともと、そういう銃なんだ」

ネイディアがいつもの呆れ顔で、できばえに満足しているらしいレオを見る。

「うそつけ。お前以外のどこの馬鹿が、自動小銃にあんだけの破壊力要求するっつうんだ」

「いや、そういう(・・・・)銃だよ。持ち主のあらゆる要求に応えてカスタマイズしやすいように、どの部品もかなりの余裕(あそび)をもって作られてる。一見しただけじゃそうとは分からないようになってるけど、バラせばすぐに分かる。基幹部品は最大限に小型軽量化されていて、可能な限り、空洞やらネジ穴やら突起やら、随所に用意されてる。必要だと思われるところのほとんどに。そういった意味で希少で貴重な銃なんだ。武器職人なら誰しも一度はバラしてみたい逸品だし、蒐集家のみならず実用派にも欲しがってるやつはわんさかいる。かなり昔の作品だけど、これ以上の傑作はまだ現れてないね」

思う存分語ってからそうしめくくったレオに、ネイディアがおそるおそる問いかける。キシルを指さして。

「そんなん……そんなん、コイツが持ってていいの?」

「キシルは充分に使いこなしてるよ。そうでなきゃ、こんなこと教えずに、俺が買い取ってる」

続いて述べた金額に、ネイディアがかわいそうなほど目を泳がせてから、キシルを呼んだ。

「おい、ムチャして壊す前に売っといたほうがいんじゃね?」

この場で立ち止まってするには不自然なくらいの真剣な説得に、キシルは駄々っ子のように「やだー」と返しただけだった。



尚も減らない人数に痺れをきらしたネイディアが、

「雑魚ばかりまぁよくもこんなに居たもんだ」

わざとらしいくらい呆れたように挑発。同意したレオが、彼らには目もくれず、

「じゃあ、そこらへんの雑魚、適当に片付けておいて。よろしく」

先に行く、とレオが迂回して歩き出す。

「――あ、オイ!」

お前一人じゃ無理だろ、と叫ぼうとしたネイディアが振り返って見たものは、

「確かに、俺は非力だよ」

肩をすくめて当然のことのように言って、だから、と付け足す、レオの姿。

「道具に頼る。これを使う」

何の変哲もない歩行補助用の杖をひょいと持ち上げて――ライフルのように構えた。

何をどう操作したかレオ以外の誰にも分からなかったが、杖の先がちょっと上がったかと思うと、

その前方、半径数メートルの円形にえぐるように大地が削れて進み、人が吹き飛び、草は散って、衝撃はその先にある家屋にぶち当たって消えた。

沈黙が広がり、白煙が上がる。

目の前の開けた空間に、しばし呆然としたあと、

「――んじゃそりゃ!」

ネイディアが驚きのあまり、大声でキレた。そのリアクションに、

「言うと思った」

レオが口元だけを動かして、小さく笑う。続いて、その杖の先を威嚇するように生き残りに向けつつ、

「片付けて、あとで追っておいで」

そう言い残して、至って普通の足取りで、家屋の中へと消えた。誰もついていかない。

見送って、ネイディアが呆然と呟いた。

「確か、依頼って『レオの護衛』だったよな……え、オレら、いらなかったんじゃね……?」

「素朴な疑問だねー」

隣でキシルが笑った。

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