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最初で最期の  作者: 里崎
本編
8/12

§7.Decision is The Conclusion // 「ちょっと依頼したいことがあるんだけど」

弱肉強食と栄枯盛衰。淘汰されてしまったものは、最初からそこに居場所がなかったということ。その、自然の摂理でなるべくしてそうなったものを力づくで元に戻すことに、果たしてどれだけの価値があるだろう。目の前で一瞬にして世界が滅ぶ瞬間を、これまで何度経験しただろう。

だから今まで何もしなかった。欠陥だらけのこの身体が如実に伝える、迫る死期に抗わず、訪れる出来事も運命も、そのまま全てを受け入れた。

そう、周囲の誰がどうなろうと、俺は何もしようとはしなかった。

――好きなようにしたら良いのに。一回くらい馬鹿やってみてもいんじゃん? レオるんは、それができるんだから。

蘇るユスクの声。笑う顔。あれはいつ、聞き流した言葉だったか。

顔をしかめてレンズを覗き、目の前の標的に照準を定める。

と、物音を聞き付けたらしいネイディアが顔を覗かせた。

「レオ? お前、何して――」

「試し撃ち」

たたたた。

散弾銃が冷静に暴れる。空薬莢の跳ねる音。

目の前の薄い板に、綺麗な丸い穴が開く。

全弾を打ち終わり射撃の姿勢から立ち上がると、ネイディアが興味深げに周囲を観察していた。

「へー。店の裏手って、こんなんなってたんだ」

「試作品の調整用に用意したんだ。いらっしゃい、用件は?」

「今日はユスクに頼みたいもんがあって」

無邪気に笑うネイディアに、居ないよと短く告げる。無意味な後ろめたさから視線を逸らす。

(ユリア)に――行ったらしい」

「そ。じゃあ今度にするわ」

何も気付かない少年はあっけなく頷く。ユスクが、各地の焼け跡を飛び回り商品を調達するのが日課だということを知っているから、店に居ないことは不自然ではない。立ち去ろうとする背中を、思わず引き止めた。

「俺の茶でよければ」

「うん、もらう」

飲み終わったらここで射撃勝負しようぜ、と戸口に立つネイディアが楽しそうに言った。


射撃場と店内をつなぐ簡素な扉を開けるなり、ネイディアの歩みが止まる。後方に続くレオもぶつからないようにと足を止めた。

店内でキシルが誰かと話していた。先を歩くネイディアの背に視界を阻まれ、レオには話し声しか届かない。誰に対しても等しく明るい、キシルの声しか。

「……オイ、キシル、誰それ」

立ち止まったネイディアが、威嚇相手に向けるようなごく低い声を飛ばした。

レオの目の前で、いとも自然に動いたネイディアの片手が、右肩に下げた銃剣に触れる。

キシルが振り向く気配。いつもどおりの気配。

「んぅ? レオ君のお客さんだってー」

「客にしては、随分と……レオ、本当に?」

振り向かずそう問うて、ネイディアが一歩脇に動いた。開かれるレオの視界。

キシルが、普段足に挿している愛銃を構えている。銃口は、店の入口に立つ屈強な男に向く。(ユリア)のセルゲイはどこか、勝ち誇ったような顔でレオを見つめ、対するキシルにマシンガンを向けていた。

レオは眼前の緊迫しきった光景に、ふぅと溜め息をつく。

「中央は喧嘩がご法度だということくらい、知ってるだろ。2人とも、仕舞え」

セルゲイが馬鹿にしたようにレオを哂った。

「言えた立場か?」

キシルが首をひねる。

「どゆこと?」

セルゲイはレオばかりを見ていて、キシルには答えない。レオは黙ったまま、表情を浮かべることもなく、ただ平然と目の前の男を見返す。

びびらない、動揺しない、屈服しない弱者を前にして、セルゲイの額にゆっくりと青筋が立つ。口角が不自然に歪み、レオをフルネームで呼んだ。

「期限は一週間と言ったよな、俺は、なァ? 西(ジブリア)の人間と名乗ってるこの黒いガキが三日前にここで銃弾を買ったと言ってるが、これは嘘なんだな?」

レオは冷め切った目で、男の血の気の多い顔を見つめて答えた。

「事実だ。武器の製造・修理・改造に関する依頼以外は断ると決めている。撃ち合いたいのなら店の外でやってくれ」

はっきりとした拒否の返答に、セルゲイの顔からふっと余裕のある笑みが消えた。

キシルが場違いな、うきうきした顔でレオを指さす。

「レオ君ちょうかっくいいー」

「話がこじれるからお前はちょっと黙ってろキシル。――なぁ、あんた、(ユリア)の人間だよな」

ネイディアが顔をしかめ、割り込むように口を開いた。

短くカールした茶髪に骨太の輪郭。鷲鼻。薄い唇。似たような顔の老成した人間を、“大平原(エデン)”ができたときからここに居るネイディアは、とてもよく知っていた。セルゲイからの返事はないが、勝手に納得してひとつ頷いて、ネイディアは背中の二丁の銃剣をまとめて抜いた。

「ユスクは(ユリア)にいるんだろ?」

確認するようなネイディアの言葉に、レオとセルゲイ、事実を知る両者はどちらも頷かなかった。

けれど、ネイディアは続ける。

「レオがどういうスタンスとるかはレオの勝手だ。もともと面倒くさがりなのもよく知ってる。だから責める気はない。けど、オレはユスクに用事があんだよ。あいつはいつも歯車だの螺子(ネジ)だの喚いてフラフラ出歩いてけっど――約束(アポ)のある日には、必ず店にいる」

レオが不思議そうにネイディアを見た。

「……さっき」

「約束忘れてすっぽかしたユスクが、レオに叱られんのは悪いなぁと思って」

セルゲイを睨みつけたまま、ネイディアは少年らしく小さく舌を出す。

「てなわけで何か知らないっすかね――ドミトリの息子さん?」

セルゲイはその呼称に心底嫌そうな顔をして、ようやく正面からネイディアの顔を見、おやというように眉を上げた。

「二世仲間だったか、ヴェスパーテイン」

「んなことどうでもいい。ユスク連れてこい」

「悪いがあの女は(ユリア)の専属になったんでね、それから――そこの武器屋もすぐそうなる」

キシルが、通ってきた道の惨状を思い出して、「あ、」と声を上げた。

「もしかして足利さんちの2人も?」

「兄のほうはここにいる」

レオが答え、

「ヤキン・アシカガも既に(ユリア)に居るぜ。兄が居たのは初耳だな。使えそうなら連れてくか」

セルゲイが答えた。

ぐぬぬぬとキシルが呻いた。

「それすっごい困るー」

セルゲイが馬鹿にしたように哂う。

「諦めて帰れ。お前らガキどもにどうにかできる問題じゃねぇんだよ」

ネイディアが目を細め、銃剣を身体の前で交差するように構えた。

「年齢関係なくね? ……悪ぃレオ、ちょっと商品ぶっこわすかも」

言い終わる前、全員がネイディアの言葉に意識を向けている最中、キシルが予備動作なく引き金を引いた。

銃弾はセルゲイのすぐ脇を抜けて――向かいの店のガラスが割れる音がする。突然起きた中央での暴動に、屋外がざわつく声がした。

先制を逃したセルゲイが舌打ちを一つ。ネイディアが地を蹴って駆け出す。

店内に向け大雑把に乱射されたセルゲイのマシンガンが家屋を揺する。棚に次々と黒い穴をあける。

それらを身軽にかいくぐったネイディアがセルゲイに肉薄して銃剣を振り上げ、

挿絵(By みてみん)

――金属同士がガキンとぶつかる、耳障りな音響が轟いて静止した。

セルゲイの口元から抜ける、かすかな息の音。

ネイディアが眼光鋭く、近接した男の憤怒の顔を見上げながら、自身の背後に問いかけた。

「キシル、レオ、怪我は?」

「ないよー」

キシルのいつもどおりの能天気な返答と、

「ありがとうキシル」

キシルにかばわれたらしい、レオの声。

よし、とネイディアが小さくうなずき、次に声はセルゲイへ。

「なぁ、見たところ加勢が飛び込んでくる気配がないんだけど。今日はあんた一人でここに?」

「……本来ならそこの無気力で貧弱な武器屋をかついで、(ユリア)に戻るだけの予定だったからな。とんだ誤算が入った」

軽装にしたのが間違いだったな、と呟く声に、

「うわぁ間一髪。今日ここ来て良かったねぇネイ君」

キシルが明るい声を上げ、セルゲイが顔をしかめた。

「お前らに止められる気はさらさらないがな」

「手の内割れてるオレはともかく、キシルは止めんじゃねぇかなぁ」

ぼやくネイディア。両者の間でぎりぎりと金属が磨耗していく。

――風切り音、

ネイディアの身体が後方に跳ねた。迷彩柄のズボンをはいたセルゲイの足が旋回途中で標的を失い、止まる。その太もも部分から飛び出ているバネじかけのナイフがぎらりと光る。ネイディアの頬から冷や汗が一滴したたった。

「……あっぶな」

呟きを掻き消すように発砲音。ネイディアのバンダナを掠めるように、背後からキシルが撃った。

その一発がセルゲイの右上腕に当たる。不意の負傷で動きが鈍った一瞬、

――カカカン!

甲高い音がして、無数のナイフがその袖を壁へと縫いとめた。白いカッターシャツにじわりと鮮血が滲む。

それを無視して、尚も不自然な構えで持ち上げられたマシンガンが断続的に火を吹く。ネイディアがレオを庇うように抱えてその弾道から消え、続いて、銃弾の途切れたキシルが、飛び跳ねるようにして棚の影に隠れた。

再びの静寂。

右腕周辺に突き立ったナイフを左腕で乱暴に抜きながら、セルゲイが初めて警戒するような目で、キシルの消えた棚を見た。

侮ってかかった小柄なガキの、思いもよらぬ反撃。小ぶりの投擲物が数個、そっけない音を鳴らしてセルゲイの足元の床に落ちる。

「……拳銃と、投擲ナイフも使うのか? 奇妙なスタイルだな」

「色々使うよー“てきざいてきしょ”!」

突然の日本語にセルゲイとレオが眉を寄せる。ネイディアだけが飄々と言った。

「あぁコイツ、半年前まで極東の国で盗みしてた馬鹿だから、“大平原(ここ)”の常識は通じないぜ。そして時々異国語を吐く。今のは?」

合う(suit)ように、ってことー。よぅし、じゃあ反撃開始ー」

たん、と漆黒のワークブーツの爪先が棚の向こうで軽い音を立てた。セルゲイが反射的に銃口をその棚に向け――姿の見えないキシルの身長を想定し、頭部から胸部あたりにかけて撃ち込む。陳列されている銃器が衝撃で次々に傾く。しかしその頭上、天井と棚の隙間から、目にも留まらぬ速さで現われた何かが、横なぎに何かを振るい投げた。

「――鎖か……!」

セルゲイの叫びのような呟き。レオの店に商品として並べられていたその重い鎖は、セルゲイのマシンガンに側面からぶち当たって、その武器を背後、店の外へと弾き飛ばした。銃器がアスファルトに叩きつけられる激しい音。

舌打ちをして、損傷した右腕を押さえたセルゲイは一歩下がり、店の外に飛び出した。

再三の静寂に、段々小さくなっていく足音だけが聞こえる。

数秒経って、ネイディアが開け放たれたままの戸口に近づき、そっと顔を突き出した。

通りの先、北の方角に向かって見えなくなる白い背中。

元通りに鎖を巻きなおしたキシルが、ふいー、と息を吐いた。痺れた右手を振る。

「ちょっと手こずったねぇ」

「捨て台詞がなかったな」

この状況なら聞けるかと思ったのに、となぜかネイディアが唇を突き出した。

戻ってきた二人が会話しながら落ちた商品を棚に戻し散乱した銃弾を集めている間、柱の影にしゃがみこんでいたレオが、杖を手に、緩慢な動作で立ち上がる。なにやらまた下らないことで口論し始めた二人に向かって一歩、踏み出そうとして、

「――っ」

ぎしり、と腕の関節が不吉な音を立てた。

ひきつる痛みに目を見張り、動かないこと数秒。柱の向こうから聞こえる、どこか別世界に在るような楽しげな声と声。

たまりかねて湿った息を、溢れるように吐き出した。

「……また、新しい症状だな」

溜め息をついて、腕の患部から視線を外す。

黙って目を伏せる。思索をめぐらす。

キシルが鎖を絡ませず投げる方法を、ネイディアに伝授している。

黙って俯いていたレオがふと顔を上げた。あまり見かけない表情。

「キシル、ネイディア、ちょっと依頼したいことがあるんだけど」

「んぅ?」

鎖を元の場所に戻し終えたキシルは、別の低い棚に腰かけ、ヒマそうに足を揺らす。

「いいよぅ、何かな?」

「俺の護衛。もちろん相応の支払いはする。それと、キシル、よければその銃、一時間だけ貸してくれないか」

快諾したキシルの手から、未だ熱を持った黒い小銃がレオに手渡される。部屋の奥に向かうレオに向かって、腕組みをして壁に寄りかかったネイディアが、首だけを向けて聞いた。

「何するんだ?」

レオは答えず、穴だらけになったカウンターの前まで進んで、そこに置かれっぱなしの部品箱をじっと見下ろした。赤い箱の上部には持ち主の名前が、不恰好な筆記体で刻まれている。

「お礼にもならないけれど……居場所を作っておこうかと」

「ん?」

聞き取れず聞き返したネイディアに、レオは目を閉じて――何かを決意したような、どこかふっきれた顔ではっきりと首を振った。

「独り言」


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