§6.One Week Over // 「こうもあっけなくやられるか?」
そういえば今日で約束の一週間か、とレオが気付いたのは、朝、目が覚めて朝食をとって、歯を磨いたあとだった。
「はぁーい、開店でーす」
正面扉の鍵を開けて防護シャッターをがらがらと上げたユスクが、晴れた空に大きく伸びをする。
レオは店内の椅子に腰かけ、義足に整備用のオイルを点していた。
空から、航空機のエンジン音が轟く。
どこか遠くで誰かの悲鳴。
頭だけを屋外へ突き出したまましばらく動かずにいたユスクが、ぎこちない動きで顔を引き戻した。
目玉が不自然に泳いでいる。
「レオるん……変なこと言うようだけど」
「今更」
「うん。あのね、足利金物店の前半分が、ない」
顔をしかめたレオが、立てかけてあった杖を手に、ゆっくりと店先のユスクに近寄る。固まったままのユスクを杖で横にどかして、店の桟を掴んで顔を出す。
斜向かい、昨晩までは物々しいくらいの木造住宅が建っていたはずの場所には――うずたかく詰まれた瓦礫と、立ち上る黒煙。
杖の先が、かつん、とアスファルトを叩く。
レオが小さくつぶやく。
「……こうもあっけなくやられるか?」
通りをゆっくりと横切り、二人は焼け跡に近寄った。
「ひっどいなぁ」ユスクが唇を尖らせる。
レオの目線が左右に素早く流れる。見える範囲に遺体はない。家屋跡に一歩踏み込むなり、ばきばきと音を立てて足元の木材が折れる。床下部分に沈み込んだ片足を、杖を支えにして苦戦しながら引っこ抜く。
「レオるんはお店に戻っといで、吾輩が行くよ」
焼け跡が遊び場と日々豪語する少女が、腕まくりをしてフードをかぶる。競泳のように腕を構えると、瓦礫の中へと勢いよく飛び込んでいった。
レオは考えを巡らせながら自分の店に戻る。差し込む朝日から逃れるように軒先に入り、シャッターの金具に躓いて、半開きの扉に寄りかかる。
と、泣き声が聞こえた。
顔を上げれば、目の前のカウンターの奥、座敷に上がりこんで――えぐえぐと治金が泣いていた。
面と向かったことはないがすぐに分かった。弟よりも全体的に細長いが、とてもよく似ている顔立ち。
「……いつの間に」
「うううー」
「弟はどうした?」
涙をたっぷり吸った袖口が濃く変色している。見たところ外傷は一つもない。
レオが近寄り正面から顔をのぞけば、治金は怯えたように顔を伏せた。ぼたぼたと大粒の水滴が膝の上に落ちる。
「ゆ、北の、」
「北に行った? 北の奴らが来た? どっちだ」
「い、いいいい」
「行ったんだな?」
ガクガクと壊れた人形のように何度もうなずく。
「あ、あの、……う、うううー」
治金の手がレオの服の裾を掴んで、強く握り締めた。
レオは黙ってそれを見る。
で。
そのまま、数分が経過した。
「……会話にならないな……」
辛抱強く意思疎通を試みていたレオが、諦めて、袖を掴んでいた治金の手を外させる。息を吐き、杖を手に座敷から降りる。
そろそろ様子見も終わっただろうと店を出て通りを眺め、
「ユスク?」
返事はない。瓦礫の周囲にそれらしき人影はない。
レオは周囲を見回した。路上に座り込んで即席の賭博に興じていた数人に、なぁ、と声をかける。嫌そうな顔をして振り向く屈強そうな青年たち。
「そこらへんではしゃいでた女を知らないか。銀髪の、フードをかぶった」
「あー?」
半分以上聞き流しているだろう男が曖昧な返答をしたきり、誰も動かない。まぁそうだろうなと納得し立ち去ろうとしたレオに、集団の隅にいた小柄な少年が右手を挙げた。瓶に入れた液体に棒状の何かを浸し、美味そうに口にくわえている。「あれでしょ、さっき殴られてた」
レオの眉間が動く。
「ドミトリのせがれ……何て名前だったっけ」
隣のサングラスの男に問う。男は手元の紙幣を数えながら無表情に答えた。
「セルゲイ」
「あ、それー」
少年が右手の棒でたんたんと男の肩を叩いた。蒼い目がレオを見上げ、かぶっていた野球帽をひっくりかえして差し出し、悪人のような笑みを見せた。
「情報料。オレ東の人間だから、乗り込むなら手伝えるけど追加料金がかかります」
レオは表情を変えずに上着のポケットに手を入れ、数枚の金貨と、昨日作ったばかりの試作品のナイフを帽子の中へ落とした。
「手伝いはいらない。それで足りないなら、今度、その銃持って店においで」
呟いて、片足を引きずりながら去っていくレオ。
集団の全員が、少年の手元に降り注いだ破格の報酬を思わず覗き込んだ。少年はひゅうと景気の良い口笛を吹いた。
2022/2/28 加筆修正