§5.West Friends // 「本当に君たちはモノ好きだよなぁ」
ドアベルの鳴る音。
駆け出して行ったユスクの声のあと、店内に入ってきた二人の常連客の、賑やかな声。
描きかけの設計図をちらと確認してから、ペンを置いたレオはかたわらに立てかけておいた杖を手に、暖簾をくぐって奥の部屋から店頭に出た。
来客に銀メッキの歯車を押し売りしているユスクの頭部をぞんざいに押しのけて、
「いらっしゃい」
西からの常連客に声をかける。
顔を上げた若者二人は、それぞれに挨拶の言葉を口にした。
白髪の少年――“大平原”創設者の息子ということでやたらと知名度のある彼は、背中に下げた2丁の銃剣を引き抜いてカウンターに置きながら、対面にあるレオの顔を覗き込む。
「いつもに勝って顔青くね?」
「病み上がり」
「上がってんの? それ」
「さぁね。で、今日は修理?」
「ああ、うん」答えるなり途端にげんなりした顔で、横に立つ黒尽くめの少女をつつく。「キシルが故意に暴発させやがってさ……」
ユスクの趣味の逸品を手に取ってしげしげと眺めていた少女は、悪びれない様子で首をひねった。短く切られた漆黒の髪が揺れる。
「だってネイ君が『手段は自由』って言うからー。僕ちゃんと確認したよ?」
「それでどうしてああいう考えに行き着くんだ!」
白髪の少年がカウンターを乱暴に叩く。その衝撃で、置かれていた銃剣がちょっと浮き上がった。
「ネイぽん、どうどうー」ユスクが笑いながら少年の背を叩いた。「ほらこれあげるから」
少年の前に突き出されたのは年代モノの錆びた歯車。
「いらねぇ!」
「あはは!」
払いのけられる前に身軽にとびすさるユスク。フードの紐が揺れる。
レオは度重なる騒音と振動で生じた片頭痛を、片目をつぶってやりすごし、少年に向かって口を開いた。
「……ネイディア」
「あ?」
少年――ネイディアが振り返る。
「とりあえず、これは修理していいんだよな」
「うん、お願い」
承諾を得た銃剣をその場で解体しつつ、一方の少女に目をやる。
「で、キシル、」
呼びかけた先で、真っ黒の瞳がついと動く。
「有事のときにどうするんだ、せめて片方に――」
「えぇ? 壊さない程度にやったよ?」
レオの手が止まる。
ネイディアがキシルの胸倉を掴んで詰め寄った。
「はああ壊れてないのかよ! じゃあ何で『レオんとこ行くぞ』って行ったときに止めない?!」
「だって、新しい武器あるかも知んないし、ちょーど銃弾欲しかったし」
「知るか!」
「どうどうー」
再び湧き上がった騒ぎを前に、レオは手に持った銃剣をじっくりと検分し、溜め息をつきながら、カウンターの下から布と薬剤を取り出した。
「ネイディア」
「あ?」
ネイディアがレオを振り向いた隙に、キシルがぴゃっと逃げ出す。
奥の部屋からヤカンの笛が鳴る音。
ユスクが返事をしながら暖簾の奥に消えた。それを見送ってから、レオがネイディアに顔を戻す。
「とりあえず、これ、清掃だけしておく」
「あー、やっぱ壊れてない?」
「壊れてない」
新商品の陳列棚を見ていたキシルが、ポケットサイズの電子銃を手に取りながら、得意げに胸を張る。
「ほらね、さすが僕」
「……殺すぞ?」
殺気立ったネイディアを飄々と無視した怖いものなしのキシルが、手招きしてレオを呼ぶ。
「ねぇレオ君、あれ見たいんだけどいいかな?」
「どれでもご自由にどうぞ」
お決まりの常套句に、これ以上なく嬉しそうな顔をしたキシルは、最上段の棚を指しながら無邪気に言った。
「ネイ君、あれ取ってー」
「……」
長い息を吐いてレオの元を離れたネイディアが、憮然とした表情のまま、棚からライフルを下ろす。
ったく、とぼやいたネイディアが、眼の前の木箱をつつく。
「なぁレオー、これは何?」
「それは遠隔狙撃向けの……本当に君たちはモノ好きだよなぁ」
店に置いてる大半の武器の説明をしている気がする、とレオが呟く。
キシルがいつも買う銃弾のパックをカウンターに持ってきて、レオが会計に応ずる。
「毎度あり」
「いよっしネイ君、次は足利さんちに行こうっ」
買ったばかりの銃弾をその場で装填したキシルが、暖簾の向こうから戻ってきたネイディアの腕を引っつかむ。
「引っ張んなお前が煤だらけにした銃剣の清掃がまだ終わってないんだよ」
「あぁ今終わったおまちどう、ほら持ってけ」
レオが放り投げた銃剣をネイディアが出口近くで受け取ると、2人はそれぞれに感謝の言葉を口にして、またもぎゃいぎゃい騒ぎながら店を出て行った。
2022/2/28 加筆修正