§4.With Aches and Pains Everyday // 眠ったのが先か、痛みに意識を奪われたのが先か、
……視界が、暗く、狭い。
かろうじて覗き込んだアナログ時計の針は確かに早朝を指しているはずなのに、差し込む朝日の眩しさも、気温の暖かさも分からない。
壁伝いに向かった洗面所で鮮血らしきものを吐き出して、霞む目を乱暴にこする。廊下の先から軽やかな足音が寄ってきて、肩口からひょっこりと顔を出した。鏡越しに向かい合う。少女の頬が朝食をもぐもぐと動いている。
「おはよ。絶不調だね。今日は寝てたら?」
「……そうする」
かろうじて聞き取れた自分の声は、ひどく掠れていた。
あとよろしく、と言い残して、再び地下の寝室へと降りた。背後から「はいよー」という明るい声。
階段を下りた先には、現存する大半の兵器から防護できるというお題目で売られていた、最新鋭の特殊シェルター。いつ死んでもおかしくないこの身には相応しくない逸品。寝てる間に流れ弾で死ぬバカバカしさ回避のためにだけ購入した。
(ちなみに、同じものを同居人・ユスクの寝室にも配備することを提案したが、大爆笑でスルーされた。)
薄暗い室内を進み、ようやくベッドに腰かける。かたわらのベッドサイドに並べられた大小さまざまな瓶を次々にひっくり返し、取り出した数十個の錠剤を口に放り込む。
鈍い味覚はかすかな苦味だけを感じ取った。前歯がぐらつく。鉄の味がする。
ユスクが昨日洗ってくれたばかりのシーツにどっと倒れこむ。酷く脳が揺れて、思考が定まらない。視界もがくがくと揺らぐ。
「……あぁくそ、おい、ユスク」
小さく呼べば、明るい返事と共に、すぐさま階段を下りてくる軽やかな足音。
扉のあたりから顔を出して、こちらを見る気配に、俺は臥せったまま動かずに言った。
「手と足、外してくれないか。重い」
「あいよー」
ベッド脇にユスクがしゃがみこむ気配。投げ出したままの俺の右上腕の、留め金を外す音がする。
「大丈夫? マリちゃんに連絡とる?」
「今、アジアのほう回ってんじゃなかったっけ。当分来ないだろ」
外したばかりの義手が枕元に影をつくる。狭い視界が幾分、狭くなる。
「ほい。じゃあ次、足ねー」
そんな声が足元に移動して、ふと左足が軽くなる。
視力はもうほとんど機能していない。
かろうじて動く舌を動かし、息まじりの声を吐き出した。
「――おやすみ」
「ん。おやすみなさい」
眠ったのが先か、痛みに意識を奪われたのが先か、自分でも判らなかった。
2022/2/28 加筆修正