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最初で最期の  作者: 里崎
本編
4/12

§3.Rumor in The "Area" // 「不穏な感じになってきたねぇ」

また、あくる日。


国際色豊かな店舗が雑然と立ち並ぶ大通りの、ちょうど中央に、ひときわ目立つ大きな日本家屋がある。


ほとんど誰も読めないが達筆な日本語で“足利金物店”と書かれた木彫りの看板の下、木戸がからりと開いて店主が姿を現す。

通りに座り込んできつい匂いの煙草を吸っていた数人が、彼の名を気安く呼んだ。


「よお、ヤキン」


挿絵(By みてみん)


店主――和服姿の長身の男が、いつもどおりの人の良い笑顔を浮かべて振り返る。「やぁおはよう、こんにちは」


「吸うか?」


差し出された煙草をやんわりと断る。断りつつも、一本つまみ上げて匂いをかぐ。


「珍しいもの持ってるね。何かの戦利品?」


「あぁ。昨日、祖国の貨物船を沈めてきた」


「あー」


昨晩、湾岸部の方角に見えた黒煙はそれだったのか、と思い出して店主はうなずく。


「そん時にコイツ、ちょっと壊れたかもしんねぇんだが」


煙を吐きだした男の一人が、背中にかついでいたマシンガンを引き抜いて店主に手渡す。手馴れた様子で細部を点検した金物店の店主は笑顔のままそれを返し、


「中の留め金が緩んでるみたいだね。レオに頼めば数分で直るよ」


斜向かいに建つ、小さな武器屋を指さした。


途端に、男は不満げな表情を見せる。


「レオーク・ギュスケイルか……なんであんな貧弱に頭下げなきゃいけねぇんだ。ヤキン(あんた)のお気に入りじゃなけりゃ、とっくに」


店主は柔和な顔立ちに苦笑を浮かべて、難しいねと頭を掻いた。


「東西南北、みんなしてそう言うね。ううん、腕は確かなんだけど」


和服独特の袖が、目の前の男が吐き出した煙とともに揺れる。


この“大平原(エデン)”での序列は、単純に暴力の優劣。東西南北どこにも属さない緩衝地帯である中央に住むのは、各勢力のライフラインを維持する役目を担う職人たちばかりで、多くは力を持たない弱者。四方の勢力から搾取され虐げられながらも命令された仕事をこなして生きる存在。

その中の数少ない例外、その実力と人望でも四方から一目置かれている――高度な冶金術で世界的に有名な“足利金物店”店主・足利冶金(ヤキン)は、じゃあ、と手を伸ばして(・・・・・・)、男の前をするりと横切った。


「ちょうどいい、用事で寄ろうとしてたんだ。代わりに渡しとくから、受け取りは自分で行くようにね」


それじゃあと去る冶金の手にあるのはマシンガン。気配なく目の前から消えた自分の武器に動揺して動けない男。冶金は抜き取った得物をいつも所持する自分のもののようにくるりと回し、路駐されている迷彩柄の長距離トラックの横を抜け、斜向かいの武器屋に入った。


狭い店内の左右の壁を完全に隠すようにそびえ立つ棚。溢れんばかりにうずたかく積み上げられた多様な兵器武器の先、ヒビの入ったカウンターを挟んで向かい合う、2人の姿が目に入る。


「先客かな」


冶金が武器屋の店主にそう声をかければ、手前の見知らぬ男の肩越しに顔を出したレオが、冶金に向けてひらりと包帯まみれの右手を振った。「ちょっと待ってて」


トラックの荷台から降りてきた男たちが、冶金の背後から店内に「終わりました」と声をかける。


レオの対面に立つ背広姿の男が、ジャケットの下から小切手を取り出してカウンターの上に置く。「確かに1500丁、受け取りました。謝礼はこちらで」


桁を確認したレオが受け取る。「うん、確かに」


「では、失礼いたします」


きっちり一礼したあと、足早に去っていく黒スーツ。


その背中を見送ってから、冶金は興味深げに目を細めた。


「出入り多いねぇ。今の、あれだろ、北欧あたりで潤ってる大手軍備メーカーの」


すれ違いざま、スーツのジャケットのフラワーホールで輝いていた社章のバッジを目ざとく見た冶金が、とんとんと自らの胸を叩いて言った。


こともなげにうなずくレオ。


「前の前の勤め先。あれの修理、未だにできる奴が居ないみたいで」


「へぇ」


世界に名だたる武器職人は、無表情で、億単位のゼロが並ぶ報酬の小切手をただの紙切れのように近くの箱に放り込み。


「ご用件は?」


「うん、まず一つ目の用事ね」


冶金がカウンターに下ろしたマシンガンを見るなり、レオは不愉快そうに鼻を鳴らしてすぐに解体する。


冶金の見立てどおり、ものの数分で元通りに直したマシンガンを冶金に返し、


「おぉ、ヤキンじゃーん」


そのタイミングで、奥の部屋からお茶を持った少女が現われた。


「やぁ、こんにちはユスク。――あぁ、ありがとう、いただきます」


盆に載せた茶が、少女から冶金の手へと渡る。


と、



――どぉん、と爆音。



断続的に爆音が轟き、世界が大げさに揺れる。

ぱらぱらと天井から振る建材の破片を見上げ、


「そろそろ、あの代が引退する時期か。不穏な感じになってきたねぇ」


冶金がのんびりと茶をすすった。


脇に積まれていた別の客の依頼品を分解し始めたレオは、冶金に呆れきった視線を投げた。

「で、用件の二つ目は?」


「兄さんに頼んでたもの、できたよ」


冶金の手が、一度(たもと)に入ったあと引き抜かれ、カウンターに置かれたのは、新品同様の小型ナイフと細長い銃弾がいくつか。


レオの指がナイフの修復部分をなぞり、できばえに満足げにうなずき、けれど再三の呆れた目を冶金に向ける。


「で……未だに、この距離も出歩けないのか、足利兄は」


冶金は笑顔で大きくうなずく。「そこが兄さんの良いところだよ」


失笑混じりに鼻を鳴らすレオが、未だ面と向かって話したことのないご近所さんの姿を思い浮かべる。良くてふすま越し、普段は冶金(おとうと)の伝言によってようやく依頼が成り立つ、年下の金属加工職人。


カウンターに散らばった銃弾をひとつ摘み上げたユスクが、うおおと歓声をあげながら目を輝かせ、それらをより分けていく。本来は肉眼や指の感触では認識できないとされるわずかな差異を捉え、ハイペースで選別しながら、少女はのんびりと会話に割り込んだ。


「血を分けた弟は、こーんなに社交的なのにねぇ」


その言葉に、何かに気付いたらしい冶金がにこりと笑って、銃弾を転がすユスク相手に会釈を一つ。


「あぁ、この前はどうも」


「どうもー」


レオが首を傾げる。「何の話」


「先週、かな。(ラフィリア)との抗争で損傷した(ユリア)の大砲を修理しに、(ユリア)に出張しに行ってね」と冶金。


「同じく、その大砲の部品を依頼されていた我輩と会ったのよ。そしたら有能な営業マンのヤキン君は次回の依頼を取り付けていましたとさ」とユスク。


「はじめまして、以後よろしくって挨拶しただけのつもりだったんだけど、話が進んでね」


「はじめまして……って――まさか、息子に会ったのか」


レオの問いに、おやと冶金が表情を変える。


「そうだよ。先月、留学から帰ってきてたらしい。まだあまり広まってないと思ってたんだけど、知ってるのか」


レオは頭部に巻かれた真新しい包帯を指さしてから、ようやく冷めた茶を持ち上げて飲む。


「レオるんの猫舌ー」猫の鳴き真似をしながら引っ付いてくるユスクを、包帯の巻かれた腕がぞんざいに押しのける。


冶金が冷静な声で、2人を呼んだ。

「今後、(ユリア)は気をつけたほうが良い」


レオが不思議そうに顔を傾けた。

「珍しいな。そんなに?」


「あぁ。あの息子がずっとどこの国に居たのか知ってるだろう? 買い付けて揃えてきてるんだ。面倒くさいものをたくさん抱え込んでる」


何かを思い出したらしいユスクが「確かにね」と首肯する。


レオは痛む頭を押さえて、低く呟く。「めんどくせぇ」


「君らのことだし、生死に関わる心配はしてないけど、下世話な話も多いし――」


「ほう、例えば?」にやにやとユスクが聞く。


そうだなぁ、と冶金が視線を宙に投げて。「武器職人 レオーク・ギュスケイルは、冶金術師 足利冶金の子飼いの弟子だ。弱者ばかりの中央を全部一気に手中に収めるには、まず最弱にして有名な奴をこそ狙え――とかね」


うえ、でもそれ聞いたことある、とユスクが舌を出しながら変な声で言った。


壁の時計を見て冶金が立ち上がる。和服の裾を手早く整え、ユスクにごちそうさまと丁寧に言って、レオの頭にぽんと手を置いた。


「面倒なことになったら、すぐウチにおいで。――僕だって、せっかく遠い国からスカウトしてきた頼れる職人仲間を、みすみす手放したくはないからね」


足利冶金はそう言って、いつもの、人好きのする笑顔を見せた。

2022/2/28 加筆修正

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