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最初で最期の  作者: 里崎
本編
2/12

§1.Routine in The "Area" // 「貴重な銃なんだ」

包帯の巻かれた指先がカチカチとノギスを動かし、酷く損傷した鉄片に当てる。今は見る影もないが、元はかなり古い型番の自動小銃だ。時代錯誤の古めかしい重みを手に、くすんだ金髪の青年が、手近な紙片に数値をいくつか書き留める。その紙の端を前歯で噛んでから、自由になった両手で全身を支え、ゆっくりと立ち上がる。

短い鉛筆が板の間を転がる、間抜けな音。


「いててて」


あらゆるものが雑然と積まれた棚から、薄汚れた工具箱の一つを引っ張り出す。埃が舞い上がる。小さく咳き込んだ青年の喉の奥から、ヒュウヒュウと漏れる喘鳴音(ぜんめいおん)


壁一面にびっしりと作りつけられた引き出しをいくつか引き、その一つにメモを立て、工具と部品をいくつか取り出して工具箱に乗せる。再びメモを咥えると、左足を引きずり緩慢な足どりで元いた場所に戻る。ガシャン、と金属音を立てて工具箱を置く、と言うより足元に落とす。

細い両腕で全身を支えてゆっくりと座り直すと、メモを吐き出して工具箱を開いた。


先ほどからずっと、彼の動作を黙って睨みつけているのは、筋肉の盛り上がった肩を苛立たしげに揺らす、体格の良い黒髪の大男。出された茶に口をつけることもなく、青年の一挙一動を見守っている。欠けて黒ずんだ爪。息を吐くたびに周囲に広がる、まとわりつくような薬品の匂い。


「順調そうだねー」部屋の奥に吊り下がる暖簾(のれん)が揺れ、フードをかぶった軽装の少女が現れた。好奇心丸出しの目を輝かせて作業中の青年の手元を覗き込み、部屋に響くほどの明るい声で言う。「足りない部品があったら言ってー」


挿絵(By みてみん)


青年の曖昧な返事。満足げな笑みを浮かべてうなずいた少女は、青年の前にある空のカップをひょいと持ち上げ、鼻歌交じりにまた暖簾の奥へと消えた。


静寂をぶち壊す弱者(おんな)の態度に、不満げな視線を投げる男。


「あんたのオンナか? もう少し躾けたらどうだ」


来店当初から切迫した空気を身にまとったままの男は、揺れる暖簾を睨みつつ苛立たしげに言う。


青年は工具を回してネジを外しつつ、簡素な説明。――もとい、言外の牽制。


「モルディズ、と言えば、あんた方のところでも名前が通ってるんじゃないのか」


青年の言葉に、たっぷり時間を空けて、男は目を丸くする。


「…………あの子、が?」


少女が消えた先を呆然と見る男。


「ああ。あの蒐集家(しゅうしゅうか)に当たれば大抵の部品は揃う。それで見つからなれば特注だけど」


青年の声を聞きつけて、暖簾の向こうから聞こえる物音に混じって、少女の返答。「えー? その型なら全部揃ってるよー」


「だそうだ。良かったな、今日中に直る」


そうと聞くなり男は顔を真っ赤にして、青年に向けて身を乗り出す。「貴重な銃なんだ、上からの貰い物で」


「ほぉ、あんた方は未だにこういうのを支給するのか」青年は小さく呟いて、机に広げた旧式の部品を眺めながら、両手を組んで客に向き直る。「さて。で、料金の話だけど」


「せっかくだから新品同様にしてくれ。金はいくらでも出す。期限は今日中」


何のためらいもなく言い切る男の屈強な顔を見上げ、青年は潤ってるなぁと内心で呟く。


「じゃ、400でどうかな」


男の、耳から頬にかけて刻まれた長い古傷がぴくりと動く。男の肩書きからも体格からも目の前の武器からも、自身が持つ武器の修繕費の相場を知らないわけもなく。


男はにわかに表情を強張らせる――殺気立つくらいに。


ぞくり、と反射的に青年の背筋が粟立つ。

これは殺されるかもなぁ、なんていつも通りの考えをめぐらせながら、薄く息を吐いた青年が、客の貫禄のある顔を黙って見上げる。


男は何かを堪えるような顔をして、押し殺したような声で、自らに言い聞かせるように呟く。


「……馴染みの修理屋には、損傷しすぎてて直せないって断られてんだ」


「そうだろうね」


青年の生意気な首肯に、ぎろりと睨む目。この“大平原(エデン)”に生きる人間の目だ。いつでも人を殺せる目。力なき弱者を見下す目。


銃弾ひとつ当たっても平然としていそうな筋骨隆々の男と、つまずいただけで骨折して死にそうな青白い顔の青年が向かい合って座っている。青年の体重は目の前の男のそれの半分にも満たないだろう。


だが、それでも――先に()をあげたのは、男のほうだった。


「本当に、直すっつーんだな」


「うん。微妙な場合は、事前に承諾とった上で後払いにしてるよ」


いつもどおりの定型文で返答すると、諦めたように息を吐いた客の手が上着の下にのびる。


「『レオーク・ギュスケイル』の評判ってのは十二分に聞き及んでるんだ。――失望させないでくれよ」


夜にまた来る、と言い置き、男は薄汚れたコートを翻し、颯爽と踵を返して歩き去る。

宙でくるくるとスピンした金属の塊が、時間をかけて降ってくる。


「毎度あり」


ぱしんと音を立てて、青年の右手が硬貨を受け取った。

直後、顔をしかめて、その手首を押さえる。

2022/2/28 加筆修正

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