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最初で最期の  作者: 里崎
本編
10/12

§9.First and Last Struggle Ends // 隣でレオが満足そうに笑っていた。

あらゆる暴力を避けて、逃げ回るようにしてこれまで生き延びてきた。

だから、戦い方なんて分からない。

助けられることは多々あれど、助けたことなんて生まれてこの方一度もない。

だから、助け方なんて分からない。


けれどそれでも、そんな俺に何かしら、できることが、あるのなら。


***


開け放った扉の先。部屋の中央に置かれた一脚の豪華な椅子に、ユスクが窮屈そうに座っていた。

挿絵(By みてみん)

レオに気づくなり、ぴょんと飛び跳ねるように立ち上がる。

「レオるん!」

「迎えに来た」

声をかければ、この上なく嬉しそうに、嬉しそうに、微笑む。

「うん、待ってた」

制止しようとする数人の人間を無視して、ユスクが出口に駆け寄ろうとして、

「動くな」

鋭い命令と好戦的な視線が、その足を止めさせた。

レオのすぐ背後から、その首へと滑る薄い金属の刃。巻きつけてあった包帯だけが器用に切れて、はらりと風をはらんで床に落ちる。レオが目だけを動かして、真後ろに立つ見覚えのある若い顔を見上げた。

セルゲイは凶暴な笑みを見せる。

「外、酷いことになってんぜ。ずいぶんと暴れる奴を雇ってくれたな。つぅか――あれは西(ジブリア)の人間だろう?」

まぁどことどこの抗争が始まろうと中央には関係のないことか、と笑って言った。レオは黙ったまま答えない。怯えを見せないレオに、不満そうに鼻を鳴らしたセルゲイは、続いて残る左手で銃口をレオのこめかみに押しつけた。されるがまま不安定に揺らされる金髪の頭部。

はぁ、とため息なのかただの呼気か判然としないものを吐き出してから、レオが右手で持っていた杖を腰のベルトに引っ掛けた。

「2秒でバラす」

「は?」

奇怪な言葉と同時に、さりげない動作でレオの右手がナイフの側面を、左手が銃身をそっとすべり、

――ぐしゃんと金属片が一斉に落ちた。

「…………んだこりゃ」

数秒前まで自分の武器だった、床に散らばる金属を順に見下ろして、かなりの間をあけて、思わずセルゲイが呟いた。

「分解」

ひら、と指先を動かして、レオが平然と答える。セルゲイがこめかみを押さえてうめく。

「いやそれは分かってんだけど――」

「俺が一日に何回、これまでに累計何回、こういうものを分解してきたと思ってる」

杖をつきつつ数歩離れて振り返り、蔑んだ目で、セルゲイを見上げた。 

「さて、そろそろ俺も反撃していいか」

たん、と杖の石突きが床板をごく軽く打ち鳴らし。

「――っ」

反射的に後方へと飛び退ったセルゲイの頬に、一筋の血がにじむ。

発砲音は、ない。火薬の匂いすら。

目の前の猫背の男はただ突っ立っているだけ。持っているのは杖だけで、銃のようなものは一切見当たらない。

だが。

「――ぐ!!」

右肩と膝に熱が走る。青い顔で「何だ今の」と呟く顔に、各国を渡り歩きあらゆる武器・戦術を学んできたと自負していたセルゲイのその顔に、動揺が走る。

弾丸のない未知の攻撃。規格外、常識外の武器。

若き強者は混乱して喚いた。

「先進国のどこにもなかったぞ――そんなん!」

女のように細く白い、けれど骨ばったレオの手が、す、と大切そうに杖の柄――いや、『銃身』を撫でる。

「出回っていないのは当たり前、」ごく冷静に、レオが答える。「この機構、俺がまだ世間に発表(・・・・・・・・・)してないんだから(・・・・・・・・)製作者(おれ)が」

言い終えるなり、木目の整った柄を軽く握って横へとずらし、無音のまま――ユスクの周囲に立っていた男たちがぶっとんで、壁に天井に床に打ち付けられた。

きょとんとしたまま突っ立っている無傷のユスクだけを、部屋の中央に残して。

乗用車くらいなら片手で投げられるくらいには屈強に育てたはずの精鋭たちは、飛ばされたときのまま床に伏して、全員ぴくりとも動かない。正体不明の攻撃に、セルゲイの後ろから部屋に駆け込んできた部下たちも目を白黒させたまま、うかつに近寄ることができずにいる。

「――……」

これまでそれなりの相手と亘りあってきたつもりでいたセルゲイの脳内に、一抹の可能性がよぎる。


この男――東西南北、いや世界の誰よりも……実は、強いんじゃないか――?


殴られても笑われてもつまらなそうに世界を映していた無気力な目が、途端に、非力な全人類を蔑んで見下しているように感じ始める。

かつかつと杖の鳴る音に、セルゲイは我に帰る。

「わ、わかった、その女は返す。安心しろ、傷ひとつ付けてねぇよ」

「足利冶金は」

ユスクのすぐそばまで歩いてきたレオが、セルゲイの顔を一瞥して短く問う――いや、要求した。

「ああ、別の部屋にいる。すぐに連れて来させる。……で、なぁ、その武器、」

生唾を飲み込んで言いかけたセルゲイを遮って、レオははっきりと首を振る。

「まだ売る気はないよ、世界の誰にも。これでも色々と考えていてね、調節してるんだ」

「ちょ、調節?」

この男、出世欲のなさそうな顔をしておいて、既に世界の兵器市場を掌握していた――

なのに、周囲からはこんな扱いか。

「あんたさ、なんて欲のない……」

怯えた声に虚勢じみた呆れを混ぜてセルゲイが言えば、

「そういう奴がいたっていいだろ。ひとつ人生の勉強になったな、若造」

レオは温度のない声で、どうでもよさそうに返し、杖を握った。


***


閃光が走る。

頑丈な造りだったはずの家屋の上半分は、再三の衝撃で完全に吹き飛んだ。

「――何をやってんだ、何を!」

ものすごい剣幕で、ようやく追いついてきたネイディアが飛び込んできた。

目の前の惨状に動揺する気配もなく、平然とした表情で少し考えてから、レオが答えた。

「威嚇」

「あ?」

「これくらいしておけば話も伝わりやすくなるだろう? (ユリア)の首領の後継をこれくらい叩きのめせば、俺を相手に“大平原(エデン)”で歯向かってくる馬鹿は、もうほとんどいないと思わないか」

ネイディアは口をつぐんで、ぐるりと周囲を見回して、頷いた。

「…………そら、(ユリア)に飛び込んで、本拠地でこんくらい暴れれば、なぁ」

瓦礫の端で腰を抜かして、セルゲイが混乱していた。その青い顔を一瞥して、レオが声を投げる。

「勘違いするな。今まで下手(したて)に出てたのは、その方が余計な権力争いに巻き込まれることもなくて楽だったからだ。……まぁ、もう思い知ったと思うけど」

ブラフ。本当は劣等感ばかりに決まっている。

けれどそれは教えない。このまま墓場まで持っていく。

――俺が死んだあとも続いていく命のため、守るべき大切なもののために。

最後にもう一度釘を刺して、仕上げ。

「俺と、俺のごく親しい知り合いに何か仕掛けるときは、もう少し、それ相応の覚悟が必要だな。肉体的な戦力はともかくとして――少なくとも、これ以上の武器は持たせてあるってこと、忘れないように」

がくがくと震えているのか頷いているのかわからない動作に同情しながらも小さく笑って見せて、

「行くよ、ネイディア」

レオはゆっくりと踵を返す。


***


取り上げられた武器の返却を所望するユスクに連れられて、レオとユスクは数部屋先にある武器庫を物色していた。ネイディアだけは廊下に立ち、周囲を警戒するように立ったまま、目線を平行に動かし続ける。

「で――ヤキンはどこだろうな」

見つけた武器を放り投げて、「さぁ」とレオが言う。受け取ったユスクは「知らないー」と首を振った。

「キシルもどこ行った?」

壁際に寄り、瓦礫の隙間から入ってきた方向を見下ろすネイディア。そこには積み重なる死屍累々があるだけで、黒尽くめの相棒の姿は見当たらない。腕時計を見下ろし、

「……まさか飽きて帰ったとか」

ネイディアが呟けば、

「呼んだー?」

武器庫の奥からキシルの大声がした。

「……何してるんだ、こんなところで」

「レオ君が頑張ってくれるみたいだったし、もう出番なさそうだから、昼寝してた!」

「あー……じゃあ残るはヤキンだけだな」

しばらく歩き回るか、と提案したレオを先頭に、崩れかけの廊下を進みだして数分後。

曲がり角からひょいと現われた冶金の姿に、レオが立ち止まって、目を見開いた。

「無事だったか」

「ご覧の通り」

笑顔で答えて、冶金は両手を広げてみせた。外傷はない。

冶金が出てきたばかりの開け放たれたままの部屋を、三人が積み重なるように覗きこむ。

「これ、自分でやったのか」

レオの問いかけに、照れたように笑って冶金が頬を掻く。

「兄さんを侮辱するものだから、思わずキレてしまってね」

――床も天井も壁も、数部屋先までぶち抜かれていた。

「いやぁ、大人気なかったなと反省してるよ」

そういう問題じゃない。そういうレベルじゃない壊しっぷりだった。

「…………え、素手で? これ?」

ぎこちなくネイディアが聞く。冶金はため息をつきながら大きく頷いた。

「武器は最初に全て取り上げられてしまったから、仕方ないよ」

ぽかんとするネイディアの横で、レオが顔をしかめて頭を掻く。

「あー、人質としてカウントすべきじゃなかったな」

まさかとは思ったんだ、と後悔したようにぼやいた。

「あっはははは! つよーい!」

ユスクの爆笑。

その隣でレオが満足そうに笑った。稀に見るほどの、穏やかな表情だった。

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