プロローグ 〜エールの子〜
神官たちと共に自然崇拝するポノセオという集落に、200年に一度、火、水、大地、風、雷、雨の6つの神々の力を借りることを許された者が誕生すると伝えられている。その者は「エール(神)の子」と称され、集落唯一の権力をもつ神官たちによって生まれたときから神々の栄光を受けた者、集落の象徴として崇められる。
エールの子は集落に尊重されるが決して他の者を見下したり、力で傷つけてはならない。傷つけることに一切使えず、養い、癒し、守護することにのみ使うことを許される。
人類にとって自然を操ることができるエールの子の力は栄光であり、脅威にもなりうるその名は未だ世界には広がっていない。神々から神官たちに世に出してはならないと定められていたのだ。その集落の中でのみエールの子は存在する。なぜ神々が人の子に力を与えることを許し人間界に誕生させたのか、誕生させたにも関わらず、集落の外に出させまいとするのか、その意図は誰にもわからなかった。
500年に一度となるともはや唯一の集落の者たち、一部の者たちだがその彼らからも伝説や迷信とさえ思われてしまっている。が、たしかにエールの子は今でも誕生するのだ。
そして最後にエールの子が誕生した年の200年後、また新たなエールの子、艶やかに光る銀の髪と瞳をした少女が誕生した。
エールの子は6つの力を使えること以外はほかの子と同様、両親を持って母親のお腹から生まれる。エールの子は神々から授かる紅い紋章を額に宿して生まれるため、産まれるまでは誰もお腹の赤ん坊がエールの子とわからない。
そして生まれた少女がエールの子とわかった周りは大騒ぎ、神官たちに知らせては大騒ぎ、神官たちから集落中に知らせてどんちゃん騒ぎ、お祭り騒ぎだ。なんせ200年に一度しから現れない子供だ。騒ぎをきいて信じられないとあんぐり口を開ける者や感動して泣き叫ぶ者、失神した者も少なくない…。生きてる間にエールの子に会えるなんて奇跡に等しいも同然。ましてやエールの子を我が子として授かった母親のエナと父親のホルスタは声も出ない歓喜で溢れてしまっているようだ。
エールの子の額の紋章は数日で消えてしまうと言い伝えがあるため、集落中の人々は栄光の赤ん坊の姿をひと目見ようと、両親の家に上がり込み祝福もかねて集落の加護を祈った。
ここの集落は平和だ。住民同士の信頼は硬く、お互いの付き合いは深い。エールの子を授かった両親を妬んだり、その家族を迫害したりするようなことは100%ないと言えるだろう。
「ホルスタ、エナ。もうお決まりかな、彼女を我らはなんとお呼びしましょう。」
一人の神官が両親である二人に暖かい笑顔でそう尋ねた。
それを聞いたホルスタとエナはお互いに目を合わせ頷くと、ホルスタが幸せいっぱいの笑顔で答えた。
「娘の名前はエールの子と関係なく生まれる前から決まっております。 この子には"ライラ"と名付けます。」
こうしてこの年のエールの子に名が付けられた。エールの子、ライラの誕生だ。
ライラの生まれた集落、ポノセオは他の集落より古くから存在した歴史ある集落である。人々の構成は神官と村人、二つだけであとの位の差はない。エールの子となるライラは集落中から崇められる存在にはなるが、崇めるといっても神を相手するようにただの人が触れてはならないとか、口をきいてはならないなんてことはない。ライラを崇め、共に祈りを捧げるのは週に一度するだけ。あとはライラも他の村人と同じ生活だ。ライラの親も王様のように大きな待遇をされるわけではない。礼儀としてライラのことを様付けして呼ぶ者もいるがそう呼ばなければいけない決まりもない。
代々信仰し続けていた神々の力を使える者がすぐそこにいるというに、なんとも奇妙な話だが、この光景は穏やかのひとつに限る。なぜ神に近い存在と村人たちのあいだに大きな上下の差がないのか。それはいたって単純だ。最初にエールの子と呼ばれた存在が上下関係に対して非難したからだ。自分は神ではない、真にみなが信仰し祈らなければならないのは自然の神々だ。自分ではない、と。しっかりその言葉が発せられたこともエールの子の歴史と共に伝えられている。どれほど年月が経っても集落の空気が変わらないのは信仰心が強く深いことを示している。
全ての始まりはこの集落、ポノセオからだ。