第6景
「って訳でさーアンテがうるさくてー」
「おいおい、アンテってあれだろ? 美人て噂のハーフエルフの女将」
「なんだそりゃ! 惚気かテルン?」
「違うってーこれでも困ってるんだよー。後未婚でも女将っていうの?」
まぁ論点はそこじゃないけどな。
イドゥシヤンの街の中央区、昼間っから営業している珍しい酒場の一角でオレ達は酒を飲んでいる。小柄な少年が一人と屈強な男が二人の構成は、大方兄の夜遊びについてきた弟かなにかに見えるだろう。実際はオレ達の立場は対等だし、日はまだまだ高い。その辺を加味すると悪い遊びを弟に教え込む兄達……と言った風に見えている可能性もある。
屈強な男達の名はそれぞれクーバンとボルダナといって、それぞれが隊商を率いる一角の行商人だ。俺のことをテルンと呼ぶのは、なんだかんだで彼らがオレにとって古馴染みであり、身に染み付いた癖と言うか嫌がらせと言うか。まあそんなところ。
「まぁお前さんの惚気は良いとして。どうだ、そろそろ開けようぜ」
「おっ、今年の初物か! いいな!」
「だから惚気てないって……すいませーん、杯八つ! 銀の!」
はーい、と応じる女給を尻目に、クーバンが足下の鞄から一つの小さな樽を取り出す。今日の目的の一つ、ウッシュベーンヘで彼の隊商が仕入れてきた初物の果実酒である。
「いやー。テルンがあの街のハナシもって来てくれてマジで助かったわ」
「あー。お前樽の在庫アホみたいに余らせてたからな」
砂漠の真ん中にある都市ウッシュベーンヘ。二年程前にオレが見つけた街。未だに砂漠の外の都市や皇都との交流はほとんどない。隊商が使うだろう表の交易路はクーバンにもボルダナにも伝えたが、旅程を短縮できる個人用の裏の交易路は未だオレだけの武器だ。
最も、それを売り物にするのはまだまだ先のはずだったのだが……
「まぁ巡り合わせが良かったんじゃない? ウッシュバーンヘは木材が足りてなかった。クーバンは思いつきで購入した樽を売り払う伝手が無かった。オレはその間を取り持ってウハウハ」
「それなんだけどよぅ……お前旅程で何日か消えてたよな?」
「うん? そうかもしれないけど……それがどうかした?」
「いやぁー。あいつら碌な交易経験無いくせにやたら駆け引きが巧くてよ……お前なんか仕込んでねえだろうな?」
「なに言ってんのさ。単にあの辺でとれる毒草を集めるように頼まれてただけだよ」
「ま、たとえ仕込まれてたとしても、在庫を捌けさせてもらったお前がケチをつけることじゃねえな」
「……ふんっ」
まぁもうけ話があるなら多少の予定を覆すのもやぶさかではないのだ。
っていうか大歓迎。
「あ、杯が来たよ」
女給さんが銀の杯を盆にのせて運んできたので、その盆に銀貨を十四枚積んで銀杯を受け取る。これは一種の保証だ。銀杯は貴重なので大切に使いますよ、という。まぁ銀杯がある酒場なんて普通無いから、まず使うことも無いのだが。ここでは重宝する。
「出させて悪いな」
「別に壊さないなら問題ないでしょ」
「ふむ。じゃぁ早速いただくとするか」
「楽しみだなー。オレ去年古くなったのしか飲んでないんだよねー」
「俺は初めてだ。向こうでは銀杯で飲むのか?」
「いや、基本的には木器か陶器だな。だが、こっちでは陶器が圧倒的に多いだろ?」
「だったらなんで銀杯なんだ? テルン」
「ん、まぁ深い意味は無いんだけどね」
オレが居ないときの話をここの主に横流ししてもらう為の、賄賂の受け渡しに非常に便利なのだ。銀杯の保証代は。いやー、この酒場の主人も人が悪いよね。もちろんオレの情報も時と場合によっては売られてるけど、基本的に単独で行動してるオレの情報なんて拾いようが無い部分も多いのだ。隊商を組んでいる彼らが部下との酒盛りで零す情報の方がよっぽど美味しい。樽の件も、実はそう言う情報の一端だ。
「さて、最初は一口……なんてせこいことは言わないよね?」
それはさておき、オレはクーバンから酒樽を受け取り栓を抜いた。同格と言ってもまぁ年齢的に多少若輩なのは否めないので、こういう場面での立ち回りは基本的にオレが中心になる。樽の口から漂ってくる独特の香りに、思わずウヒヒと品悪く口端をつり上げると、2人もつられたように口をゆがめる。
気のせいかちょっと気が抜けてきてるな、口調が……まぁいいか。とりあえず樽半分くらいの量を一気に注いで、全部の杯それぞれに適当な差を付けながら満たす。
「お前に杯用意させて、んなこと言う分けねーだろ」
「さて、じゃぁ俺から取らせてもらおうかな」
さーて、酒だけじゃない。次のための味見もたっぷりさせてもらおうかな。