第5景
さて、アンテが起きてきてその体調も十全ならオレが宿娘っぽく働く必要もない。こう見えて独り身の行商人と言うのは結構忙しいのだ。
そもそもオレが売り物にしているのは、
「テルナ、どこに行くの?」
「え、在庫の整理と各地の相場情報の需要を確認に」
「要するに飲みに行くんでしょ。そんな暇あるなら仕事手伝って」
ひどい言いがかりだ! ちょっと中心街の酒場に行って滞在してるキャラバンの数を確認したり連中と渡りを付けて在庫を聞き出したりする予定はあるし、その過程で舌を滑らかにする為の潤滑剤を口にする予定はあるけれど、それをまるで昼間っから遊びに行くみたいに、
「仕事手伝ってくれるんでしょ? 飲む前に言ってたわよね」
えー……そりゃ一週間くらい手伝うとか言ったけどさ。それはあくまで商品整理の邪魔にならない程度であって、手が足りてるのに無償で手伝うのはちょっと……
『お嬢ちゃんの言うことは聞いといた方がいいんじゃないか?』
「いやお嬢ちゃんて……っと、おそい目覚めだなサーシス」
突然頭に声が響く。どこからかと言えば……腰元からだ。そこに何があるかと言えば、華美な装飾をされた割に剣身半ばから折れたまま地面に転がっていたあげく、拾ったオレに使いにくいと言う理由で柄の装飾をぼろ布で覆われて鞘に挿しっぱなしにされた残念な魔剣。
——サーシス・なんとかかんとか——
自称・かつて勇者様が振るったと言う伝説の剣だが、そんな物がそんな状態で地面に転がってる訳がないと思うので話半分に聞いている。色々言い訳してたけど結局たいしたことが出来る気配もないし、もっぱら切っ先が潰れた喋る短剣でしかない。
『言っただろう? 俺が作られたのは魔王がこの世界に来る前だってさ』
「いや、年齢の話じゃないし……あ、アンテちょっと待ってね、サーシスと話してるから」
「ああうん、それはわかるけど」
いきなり独りで喋りだしたオレにアンテは微妙な表情をする。
昔は声をかけられるとびっくりして肩が跳ねたりお盆をひっくり返したり物を落としたりしたものだけど、最近は慣れすぎて事情を知らない人 にはときどき変な独り言を言う奴扱いされている。いや、事情を知っているアンテだって変な顔をしはするのだ。一寸した実験の結果一応コイツが喋ると言うことは納得してくれたのだけど、結局アンテにはサーシスの声が聞こえていないのだから無理もない。
こっちの脳内での言葉も察してくれたら良いんだけど、それすら出来ないみたいだし。
「で、なんなんだよサーシス。話しかけるときは部屋でって言ってるだろ」
『もしでかけたら夜中まで部屋には戻らないだろう?』
「もう用件言えよ……融通きかねえなぁ」
『しょーがないだろ、契約者にあわせて人格が構成されるんだから』
「用件言えよ」
忙しいんだって。オレの商品は一分一秒の無駄でも価値が暴落しかねないんだぞ。
『いやあ、俺と言う剣の主が約束違えるのは気に入らん』
「それだけか」
『おう』
えー……以下略。
しかしこのままこいつと押し問答して時間つぶすのはそれこそ無駄なんだよな。納得させないと平気で24時間頭の中で叫び続けたりするし、仕事に行かないなら行かないで時間を有効に使わないともったいないし、かといってサーシスを手放す気もないし。諦めてアンテを甘やかすのが上策だろうか。でも仕事が……顧客との信頼関係が……あとクーバン達のキャラバンが仕入れたはずの初物の果実酒が……
うん。やっぱり今仕事を手伝うのは無理だ。
「確かに仕事を手伝うとは言ったが、それは当然すべきことを済ました後の話だ。だいたい、オレにもオレの仕事がある以上、余暇以外で無償の仕事が出来る訳がないだろう」
『え、いや、え? えっと』
「エンテも聞いてくれ。確かに軽々しく約束をしたのはオレだし、それは詫びよう。だが、そもそもあの仕事の約束と言うのは『二日酔いになると仕事ができないが、酔いつぶせば約束でオレを働かせて補填出来る』というエンテの言葉に対しての回答であって『酔いつぶれたりして遅れた分の仕事程度なら約束などなくても補填しよう』と言う物だったんだ。よって、オレの仕事を軽んじてお前の仕事を手伝うことは出来ない」
『あー、えー、うー……そういうものなのか』
勝った!
「え? そもそもテルナ遊びに行くんでしょ」
「仕事だってば!」