第4景
次回更新前後に、タイトルを『ハーフエルフかく語りき〜ヒューマンてINRANだよね〜』に変えます。
「お待たせしました。当宿の名物『お茶』でございます」
カウンターに座る男性客に差し出すのは、柄付きの小さい茶碗に入った緑色のお湯と言ったところか。一応断るが、これは別に原料をケチってる訳ではなくて、一見さんの口に合わない可能性を考慮して最初は少なめに出すと言うのがオレの法則なだけである。経験上そう言った人間はけして多くないが、それでも一定数存在するわけで……オレがここで給仕をする機会はほとんどないけれど、それでも五人に一人程度は一口しか口を付けないで戻してしまう。そのうち何人がリピーターかもしれないことを考えると、実質口に合わない人はもっと多いのかもしれない。
独特の香りは良いが、いわゆる薬草の煮出し汁程ではない物のそれら独特の苦みがある。旅をする人間から見れば『この程度』と言える苦みで、その奥には香りに伴う甘みのような物が感じられるのだけど……そこまで繊細に味わえない人間も居るし、旅人でも『この程度』の苦みを厭う者も多い訳で。
「テルナ」
「お代わりはサービスしますので、お気に召しましたらお申し付けください」
「ほう、独特の香りだね……」
お客様の顔には、どう手を出したものかと言う思考がありありとでている。まぁエルフの里に始めて行ったときには戸惑ったもんだ。向こうの人普通に『薬草の煮出し汁』って呼ぶんだもん、里に来た客に対する歓迎がまずい保存食って……ってね。見た目も似てる、というか他にこんな緑色の飲み物知らない。飲んでみると下の上には苦みとかすかな甘み、咥内には何とも言えない香りが広がって……やめよう。オレ美食評論家じゃないし。オレが運ぶうまい物の価値を定めるのにはそう言うの専門の人間が居る。もしくは実際に食べた人間に感じてもらえればそれで良い。
「……」
「……」
「……」
あとアンテ、気持ちはわかるけどそんなに見られたら多分そのお客さん飲みにくいと思う。
「ご主人、一杯入れましょうか?」
「あ、ああ。お願いしようかしら」
オレの言葉に反応したアンテと連れ立って厨房に引っ込む。そんなに見られたら、と言うより単に名物と言って出された物を不味い顔で飲むのは気がとがめる部分もあるだろう。
もうここを任せて3年近いのに、そう言うのが微妙に身に付かないんだよな……コイツ。掃除完璧、料理も出来る。エルフの美貌からけして失われない微笑みに、胸は無いけど女性的なすらりとしたプロポーション。しかも精霊魔法のおかげで廊下にはチリ一つなく、たっぷりのお湯ときれいな水が使い放題。あとは細かい気遣いが出来れば最高の宿の女将って感じなんだけどなぁ。惜しい。
まぁ若干人間の感情の機微に疎いのは、それでエルフらしいのかもしれない。
ところで余談なのだが、この場合オレがアンテに入れるのは二日酔いを解消する為の薬草マシマシ特濃煮出し+絞り汁であるからして、匂いとか見た目とかははっきり言ってお客様に見せられない代物である。二日酔いの人に出すとなぜか皆かぶり付くように飲むのだが、そうじゃないと軽く食欲減退の様子も見られる。
「ねえ、入れてくれるの嬉しいんだけど、味なんとかならないの?」
「これお茶じゃなくて薬だもん。不味いの当たり前」
「薬を美味しく飲みたいって思うのは悪いこと?」
「悪くないけど贅沢。好き嫌いしないようにって前から言ってるだろ」
「不味い物を不味いって言うのも贅沢なの?」
「体調管理が甘いのが悪い」
「飲もうって言ったのアンテじゃない」
「勝とうと思わなきゃ良いだろ」
「っく、ああいえばこういう……悪い大人め」
「なに言ってんだお前、出来たぞ」
……目の前の鍋では緑色のドロドロが泡立ちながらぐつぐつ言っている。鍋と言っても茶碗より少し大きい程度の大きさだけど、毎度のことながらこれ作ると鍋底とけたりしないか不安になるんだよな。別にそんなことはありえ無いんだけど、見た目だけなんとなく。
「それじゃ勝手に飲んどいてな。オレお客様の方に戻るから」
「ああ、うん」
火から鍋を下ろしてカウンターに戻る。ちょっとお客様を待たせすぎたかとも思ったが、ちょうど最後の一口が残された茶碗を手に取った所だった……いや、目の前で茶碗を空にしたところを見ると、むしろ気を使われていたのかもしれない。とりあえずお茶の味はお気に召したらしいと見ていいんだろうか。とりあえず新しく薬草と水を用意しつつ、茶碗を下げる。
「よろしければ、お代わりを用意しましょうか?」
「ん……いや、一度部屋に戻るよ」
「そうですか。それでは朝食は如何致しましょうか?」
「またこっちに来るから、そのときはよろしく頼む」
「かしこまりました」
……一杯分、自分で飲むか。