第3景
「くぁふ……」
差し込む日光で目が覚めた。窓を開けて太陽の位置を確認するに、おそらく五時くらいだろうか。結局アンテは三周目の三杯目の途中で力つきたので、オレは酔いどれハーフエルフを部屋まで運んでやってから酒を片付け、あてがわれた自室で残りを楽しんでから寝た。あれでよくもまぁ酔いつぶしたら何でも言うことを聞くなんて約束をするもんだ。とりあえず今回の酒代はツケにしておいてもらおう。
下帯だけを身につけて廊下に顔を出す。うん、まだ誰も起きてないらしい。よく確認してからそそくさと隣の従業員部屋(といってもアンテの一人部屋だけど)に入る。部屋の真ん中のベッドには大の字で何かを耐えるように顔を歪める一人のハーフエルフの姿があった。恐ろしいことに、薄ら汗ばんだその何かを耐えるような表情すら一種の背徳的な、あるいは嗜虐的な美しさを感じる。
「うううぅぐいいいいいいいいぃぎぎぎぎ……」
「……見事な二日酔いだな」
だが実際は二日酔いの苦しみに耐えているだけである。いや、寝相の時点で二日酔いと判断出来る知り合いはコイツの他に知らないけど。こういうの見ると、ほんとハーフエルフってなんだろう……って気持ちにさせられる。まあオレがどうこう言う権利は絶対に無いんだけど。
さて、コイツはしばらく起きられないだろうからほっておくとして、酔いつぶしたなら酔いつぶしたなりの責任を取らなければならない。とりあえずクローゼットを開いてシックな黒のワンピースと専用の白い飾り帯、それと赤い三角巾を持ち出す。朝の支度をしなくては。
「おはようございます」
「おはよう……あれ? お姉さん昨日はいなかったよね」
「ええ、臨時で働かせてもらっています。お食事になさりますか?」
最初に食堂におりてきたのは、ヒューマンの男性だった。
基本的な宿の店員の仕事として大事なことは二つ。客を満足させることと安心させること。
例えば寝起きで喉が渇いているかもしれないお客様の為に、朝一で汲んだ水と交換した水差しを部屋の前のサイドテーブルにおいておくことは基本中の基本だし、向こうに声をかけられる前にこちらから挨拶をするのもそうだ。特に前日にあっていないなら、ちゃんと従業員であるとアピールしないと不審がられてしまう。
「いや、まだいいや。それにしても美人だね。若く見えるけど……店主さんのお母さんとか?」
「お世辞でもありがとうございます。でもあの人ハーフエルフですよ?」
「だから若く見えるって言ったじゃないか」
「やだ、それって逆に失礼じゃないですか?」
あとまあそれなりに見れるように化粧するとかね。お客様に警戒されない為にこうやってアンテの女装を借りてきたのに、スッピンではむしろ見苦しいだろう。喋り方だって鳥肌をこらえながら気をつけているのだ。
「それでは何かお飲みになりますか」
「そうだなぁ、何があるんだい?」
「そうですねえ。朝からアルコールは無いものとしまして、薬草の」
「薬草の煮出し汁、とか言ったら怒るよ? テルナ」
まさに言おうとしたことを背後から突然現れた死にそうな顔のアンテに遮られた。どうやら水差しを交換するときについでに枕元においてやった水桶が功を奏したようだ。もっとも死にそうな顔に見えてるのはオレだけで、普通の人からみるとただ少し気怠げに見えるのだそうだけど。
薬草の煮出し汁、別名お茶。元々は旅人が水を腐らせない為に殺菌作用の強い植物を水に入れておいた物を言うのだけど、それと同じ手法でエルフがより美味しい飲み物を作っているというのは中々衝撃的な事実だった。ヒューマンにはまだ普及していないので、今のところこの店でしか『お茶』という名前は使っていない。ちなみに旅行者に薬草の煮出し汁というと、経験則からあの激しい苦みを思い出すのか大概嫌な顔をされる。
「あ、いや、それなら遠慮しようかな……」
「いえ、店員が失礼しました。ご安心ください。新鮮な果物の果汁と、当宿の名物である『お茶』のご用意がございます。もしよろしければお連れ様の分もお部屋にお運びしますが」
「それじゃぁそのお茶とやらをもらおうかな。とりあえずはここで」
そして、だいたいの旅行者はあたらしい物好きなので、耳慣れない『お茶』に惹かれるらしい。まぁ個人的には『お茶』の為の薬草を方々走り回って調達してくるのはオレなので、多少の営業妨害は勘弁してもらいたいのだ。普及させるには量が無いし、とれる場所を教えてもらった時の取引条件で宿には定期的に卸さなきゃいけないし、未だに栽培には成功しないし。
「それでは少々お待ちください。テルナ、用意を」
「はーい、ご主人」