第2景
「キャラバンの皆が打ち上げするって言うからさ、付き合いとか色々あるの!」
「ふーん」
「ほらもういいからお酒出してよ! 乾杯しよ! 乾杯!」
何故だかアンテはオレがそういう店に入ることを嫌がる。だがそれはオレのせいではないし、だいたい久しぶりに帰ってきたのにいつまでもそんな目で見られていたくはない。オレは開き直ってカウンターをパシパシ叩いた。
「お酒? なにがいいの?」
「ドラゴンハート」
「……今日も三部屋泊まり客いるのだけど」
エルフは人間よりスローに生きてるせいか酒にも強い。二日酔いにもならない。基本的には。
けれどいくつかの特殊な酒には人並みの反応を示す。そのどれもがとんでもなく強い酒だというのは困りモノだが、とにかくその一つがドラゴンハートだ。まるで竜の心臓を飲み込んだみたいに身体が熱くなり、吐く息すら炎のような熱を持つ……なんて言われている。ちなみに美味いには美味いが、どちらかというと下品な酒なので、時にはドラゴンピピ(竜の小便)なんて揶揄される。まあ好きなもんは好きだからしょうがない。
ちなみに普通の人間並としてもアンテは強い方だが、同じ条件ならオレの方が強い。
「まあいいわ。酔い潰したらって約束はまだ無効じゃないもの」
「別にそんなんなくても一週間くらい店手伝うぜ? しばらくは商品の整理に忙しいし」
「ああ、はいはい。ありがとう」
手の平で隠せるほどのグラスを九つ並べて、瓶が空になるまで酒を注ぐ。互いに両端のそれを手に取り、音がならない程度に軽く縁をあわせた。
「君の無事な帰還を祝って」
「あなたの出迎えに感謝を」
挨拶を交わして一杯目を軽く煽る。
……美味い。
じんわり込み上げるものに浸りながら目をやると、アンテは頬を染めクスクス笑っていた。とろけたような目元に独特の色気がある。
これに何人の男女が泣かされたことか。
「ほんとにねえ」
「なんだよ」
「たいしたことじゃないわよ」
「そう?」
空になったグラスを置き、次のグラスを手に取る。一口、二口。対してアンテは空のグラスをブラブラさせている、表情には不満がありありだ。女々しいやつめ。
「どうしたんだよ」
「んー」
今度はニヤニヤしだした。エルフってなんかもっと垢抜けた生き物だと思うんだが。ハーフエルフだといっても。
アンテはなにを思ったか新しいグラスを取り、一気に煽る。
「ヒューマンてさ、淫乱だよね」
あまりにあまりな発言が飛び出した。つい足を閉じ左手を挟み込む。お前ほんとエルフか。ハーフだけど。
「何言ってるんだお前」
「年中発情してる人間属なんて他にいないよ」
「人聞き悪いよいろいろ」
「他種族とハーフ作れるのも人間だけだし」
「なぜこんなはなしに……」
「今も二階で二組のカップルがねー」
「あー、聞こえるのか」
「酔うとなんか耳がよく聞こえるようになるのよね」
「多分無意識で聞かないようにしてる雑音が入るようになるんじゃない、それ」
「なんでもいいよ」
二つめのグラスを一つ目に重ねて、指一本でクルクル回しはじめた。こういうところはいかにもエルフっぽいけど。他のあれこれで台なしだよな。
「あーお酒おいしー」
「飲みながら言えよ」
気がつけば空になっていたグラスに代わり三つ目を取る。ほんと美味い。