ファイン・ピンク・ミスト
メグはかるく目眩いがした。いつの間にか濃い霧が辺りを包んで、3メートル先も見えないくらいだった。
白い、白い霧だった。あれたしかここは、夜の路地裏じゃなかったかしら。そういう設定のグダグダなところもまた、いい。
「ベニーちゃん……」
思わず猫人間の腕につかまった。
「どうやら、魔女の作り出した幻想が崩れているようです。『霧』はただの霧になって……あ、」
声をあげて、猫人間は何かを指さした。メグがその方角を見ると、たしかに、あやしそうな雰囲気のものがあった。
ピンク色に光る何かだった。この霧では正体などとても、わかったものじゃない。距離感もつかめない。だが、もうそっちへ行くしかないと思われた。
「行きましょう、ミス・チーノ」
「ええ……」
メグは地べたに倒れている魔女をチラ見した。けっきょく撃ちはしなかったが、これ以上彼女を助けるのもまた、ちがう気がした。
勘のいい猫人間がメグの手を引っ張り、ズンズンと歩き出した。これで、よかったのだ。
ピンク色はその濃さを増していった。どうやらピンク色の何かが光っているのではなく、霧自体がその色に染まっているらしい。
ちょっと神秘的で、若干エロかった。
と、いきなり霧が晴れた。なんの前触れもなく、一瞬にして。
この感覚はあれだ、お化け屋敷だ、とメグは思った。数秒前まできゃあきゃあ言っていたのに、はい出口です、みたいな。
陽の光が眩しかった。
メグと猫人間は沿道に立っていた。すぐ近くには、ふたりが旅に使っていたジープが停めてあった。
これはもう、霧に飲まれる以前の状態に戻ったと、判断しちゃいますよ?
「さて、どうしますかねミス・チーノ」
「うん……また見えちゃった、かな」
「おほっ、得意の先読みですか。で?」
「レッド・プリンスに会いに行く」
猫人間は深いため息を吐いた。
「それはまた、ごっつい相手ですね」
「とにかく行こっ。車のなかで話すから」
「かしこまりました」
ふたりがジープに乗ろうとした、まさにそのときだった。
「魔女!」
サファイアのひとみが沿道に立っていた。
「大丈夫よ、ベニーちゃん」
円月刀に手をかける猫人間をメグが制した。
メグにはわかった。ひとみにもはや敵意がないこと、そして、かつての美しさと威厳を取り戻していたことを。




