カリスマ
「くっ……うふふふふふふふふ」
ひとみはまるで、風船から空気が抜けるように笑った。
「……気づかなかったわ。あのジープにベニー、あなたが乗っていたなんて」
「それこそがミス・チーノの作戦でした。ワタクシという存在を一度消して、あなたの記憶のなかで再構成させる。聖女もまた、あなたの内面世界に干渉したのです」
猫人間はすこし悲しそうな目で言った。
「おかげで、ワタクシとあなたは、この『霧』のなかでは友だちだったようですね」
「ベニー……」
魔女もまた目を細めた。
「いいのよ誰も恨んじゃいないわ。恵美ちゃん、あなたのこともね」
「アタシはメグ」
「そう、立派な聖女さま」
言ってひとみはため息を吐いた。
「魔女。あなたはいったい、なにを手に入れようとしたんですか」
「これ……かな」
猫人間の問いに、ひとみは掌をひらいて見せた。そこには彼女がさっき石碑から剥がしたものが、ぼんやりと青白く光っていた。
「なんですか、それ」
「聖女の心から剥がした『カリスマ』よ」
ひとみはその物体を見せびらかしつつ、にひひ、と笑った。カリスマ性のかけらも感じられなかった。
「そんなものを手に入れて、どうするの?」
メグが強い口調で聞いた。
「……忘れちゃったわ。みんなに好かれたかったのかな」
あの美しくてミステリアスな大魔女は、いまは見る影もない。
「それ、『カリスマ』なんかじゃない」
「そうかしら」
メグの指摘にも、ひとみは意固地になって掌中のものを放そうとしない。
「よく見て。それ、ただの十円玉だよ」
「へ?」
魔女は素っ頓狂な声をだして掌をひらいた。すると、青白い光は消え失せ、ただの茶色い物体だけがそこにあった。汚ったない十円玉が。
「ふっ……ふざけないでよっ!」
まさか、このタイミングでひとみがキレるとは予想だにしなかった。彼女は硬貨を地面に投げつけると、ものすごい形相でメグにつかみかかった。
「ちょ……やめて! 本当に撃つわよっ」
メグの警告を聞こうともせず、魔女はひたすら少女の二の腕をつかんでいる。
「どこ! どこに『カリスマ』を隠してるのよ、教えなさい!」
ひとみはそう叫びつづけた。狂気の沙汰だった。
「あぐっ」
一瞬、魔女がヘンな声をだしたかと思うと、ゆっくりと彼女はその場に頽れた。
「……ベニーちゃん」
猫人間の仕業だった。彼が円月刀の柄の部分でひとみの鳩尾を突いたのだ。
「魔女の処分は、あなたにお任せします。彼女は気をうしなっていますから、後頭部を狙って銃爪を引けば簡単に……」
「アタシは、」
メグが猫人間の言葉を遮った。
「アタシには撃てない。……撃てばせん!」
撃てばせん、て(笑)




