霧のなか
よく見ると、樹の根元にかろうじて石碑とわかるものがあった。つまりこの下にヨーメンマンが眠っているということか……。
「さあ恵美ちゃん、お墓に水をやってあげて」
ひとみさんはこっちを見るでもなく言った。
……正直、恵美には意味がわからなかった。だがひとみさんは、最初から墓に水をやるつもりで恵美にガラス瓶を持たせたらしいフシがある。
断われる気がしなかった。
「あ、はい」
いつもの気後れした感じで、恵美は石碑のまえに立った。ひとみさんがランタンで手元を照らすなか、少女はガラス瓶のコルクを抜いた。
とくとくとく、と石碑に水を注いだ。
「ひっ!」
恵美は小さく叫んだ。あやうくガラス瓶を落とすところだった。
石碑が青白く発光しはじめたのだ。
「さがっていて」
ひとみさんが割り込むようなかたちで恵美を追いやった。なんなんですか、いったい……。
石碑に触れると、ひとみさんは何かを剥がしたようだった。そう見えた。彼女が剥がしたものも、また、青白く光ってい
恵美は本能的に後退った。と、背中が誰かにぶつかった。
「ひっ」
「ワタクシです。ご安心を、ミス・チーノ」
猫人間のベニ・ショーガさん……いやベニーちゃんがそこに立っていた。
「ベニーちゃん」
「さあ、武器を」
彼から銃を受け取ると、恵美は、いやメグリア・ペペ・ロンチーノは、すべてを理解するのだった。
「ベニー……あなた、いったい」
ひとみさんが、いやサファイアのひとみが、ものすごい形相で猫人間を見て言った。
「動かないで」
メグはひとみに銃口を向けた。
「どういうこと」
ひとみは両腕をさすり、わなわなと震えた。
「アタシの『霧』は完ぺきにこの子を捕らえたはず……」
「あなたはこのお方を、聖女メグリア・ペペ・ロンチーノを甘くみたんですよ」
猫人間があくまで紳士的に言った。
「ベニー……ああ、ベニー」
さすがの大魔女も、気の毒なほど狼狽していた。
「あなたの『霧』はたしかにミス・チーノを捕獲しました。けれど彼女が乗っていたジープには、もうひとりいました。ジープを運転していた……このワタクシです」
「まさか、そんな」
ひとみは頭を抱え、驚愕の表情を浮かべた。ハリウッドの女優さんみたいだった。
「この『霧』は迷い込んだ者をそれ自身の精神世界に閉じ込めてしまう。しかも魔女、あなたには出入りが自由だ」
「そうよ、ここまでの流れは完ぺきだったのに……」
猫人間は口調を緩めなかった。
「魔女。ここはミス・チーノだけじゃない、あなたの内面でもあるのです」




