夜と昼
「この世界ではじめての友だち……それが恵美ちゃんだって、アタシこのまえ言ったわよね?」
馬車のなか、正確にはガタゴト揺れる荷車のなかで、ひとみさんがいきなり聞いてきた。
「はい」
「あれは人間の、っていう意味。最初の友だちは、いま手綱を引いている猫人間だったの」
「ああ、そうですよね。おふたりとも、ツーカーの仲ですもんね」
「ベニーは命の恩人だった。彼がいなかったら、アタシは野垂れ死んでいたと思う」
ひとみさんは遠い目をして言った。
恵美にも実感があった。ついこのあいだまで、まさに死にかけていたのだ。
「ひとみさんが私を助けてくれたように、ですか」
「そう。ベニーはアタシに水と食べ物を与えてくれた。この廃墟の町で、どこからか食糧を調達してくるのよ。不思議だと思わない?」
「……はい、あの」
ひとみさんは無言で促がした。恵美がなにを言わんとしているか、わかっているかのようだった。
「ベニ・ショーガさんは昼間に出かけられました。つまり滅亡していない、昼間の世界もあるんじゃないかと……」
言いながら恵美は罪悪感をおぼえた。まるで、ひとみさん独りが死の世界に住んでいるような言いぐさである。
「そうね」
と、ひとみさんは寂しそうに笑った。
「……不思議だったわ。眠りから覚めると、いつもベニーが食べ物や生活に必要なものを用意してくれている。あのログハウスも彼が建てたのよ」
「すごい」
恵美はふつうに驚いた。
「でもね、ベニーと過ごせる時間は減っていった。どういうわけか、猫のすがたでいる時間のほうが長くなったの」
恵美もそこが気になっていた。猫と猫人間、どちらが彼にとって常態なのか……。
「猫人間と話せる時間は、どんどん減っていった。そのかわり、アタシはどんどん力に目覚めていった」
「えっ」
「そうよ恵美ちゃん、最初から魔法が使えたわけじゃないの。そんな力があれば野垂れ死にしそうになんて、ならないでしょう」
それもそうだ、と恵美は思った。
「けっきょく、アタシが起きているあいだは、ベニーは猫人間でいられなくなった。すれ違い生活のはじまりね」
ひとみさんが眠っているあいだだけ、猫は猫人間となり、昼間の町へ繰り出すということか……。
「じゃあ、ベニ・ショーガさんはずっと、ひとみさんのために買い物をしてきてくれるんですね」
「うん、生かされているのは、いまもおなじ。……彼がどこへ出かけているのか、とか、お金はどうしているのか、とか、アタシもいまだにしらないの」




