夜走る
夕食後、恵美はあと片付けを手伝った。その間ひとみさんは何も言わなかった。彼女はただ嬉しそうにニヤニヤしていた。
「よーし、お腹もいっぱいになったことだし、ちょっと夜のお散歩にでも出かけますか」
「は、はい」
恵美は少したじろいだ。この家にきてから、外出するのははじめてだったからだ。
「じゃあ、うちの相棒を呼ぶわね」
そう言うなり、ひとみさんの目が青く光った。誓って錯覚なんかじゃない。
それがあまりに綺麗だったので、猫が猫人間になるところを見逃した。昼間とおなじ、ベニ・ショーガさんがそこに立っていた。
「ごめんなさい、省エネのために、ベニーはいま無言状態にしてあるから」
「はい、……ひとみさんこそ大丈夫なんですか? 不思議な力とか、いっぱい使っちゃうんじゃないですか」
彼女はふふ、と笑って否定も肯定もしなかった。マジで無理してないかな、このひと……。
「恵美ちゃん、あれを忘れないで」
出がけにひとみさんが言った。
「あれ、って?」
「ガラス瓶の水筒」
「あ、はい」
あんなもの、どうして要るんだろうと恵美は思ったが、あれだ、ひとみさんの言うことに間違いはないはずだ。
恵美は自分の寝室からガラス瓶を持ってきた。
家の外はまさに闇一色だった。ひとみさんは小さなランタンをひとつだけ持って恵美を案内した。
猫人間は夜目が利くらしいとかで、なにも持たず、なにも言わず先に行ってしまった。
納屋に馬車が用意してあり、ベニ・ショーガさんは準備万端といったかんじで手綱を握っていた。
ひとみさんの案内で、恵美は幌のかかった荷車に乗り込んだ。たぶん最初に助けてもらったとき、恵美が寝かされていた荷車だ。
馬車はゆっくりと走り出した。
「あのう、外の景色を見てもいいですか」
「森を抜けるまで、ちょっと待ったほうがいいかな。どうせ真っ暗だし」
「あ、なるほど」
しばらくすると、荷車が大きくカーブするのを感じた。
「いいわよ恵美ちゃん」
ひとみさんの合図で、恵美は荷車の入り口を仕切っている幌をそっと開けた。
思った以上に外は明るかった。月が煌々と辺りを照らし、それにおそろしいほどの星が空にはちりばめられていた。
森のなかにある、ひとみさんの家からは見られない光景だった。べつにディスっているわけじゃ、ないですけど。




