うどん
えーと……ひとみさんが桃太郎桃太郎言うので、恵美は元の物語がなんだか、わからなくなってきた。
そういえば、この本のタイトルってなんだっけ……。
【青い国】
あらためて表紙に目をやると、そう書かれてあった。
「青い国って……あれ、青の軍隊なんて出てきましたっけ? たしか黄色と緑と赤の3色だったような」
「ね、おもしろいでしょう」
ひとみさんはドヤ顔で言った。
「青っていうのが、どうやら、この国を象徴するカラーらしいわね。これはほかの文献でも調べたから、たしかよ」
「そうだったんですかー」恵美は頷いた。「最後に、赤が天下獲りましたよみたいな流れでしたけど、やっぱり、うまくいかなかったんですね」
「ま、そこは読者の想像におまかせ、みたいな。……でもね、なんとなく復讐の気配みたいなものを感じない?」
そう聞かれて、恵美は思わずはっとした。
「猫人間の復讐……ですか」
「そう。里をめちゃめちゃにされて、滅ぼされて、それで『めでたしめでたし』とか堪らないでしょう」
「あ、鬼ヶ島」
「はい天才、恵美ちゃん天才ね」
ひとみさんは大絶賛だった。拍手してくれた。
「この『青い国』はね、鬼の目線で語られた、もうひとつの『桃太郎』だと思うの。なぜ滅ぼされなきゃいけなかったの、鬼が何をしたっていうの?」
「いちおう、『桃太郎』では悪者っていうか……」
「悪者は桃太郎でしょ、ふざけないでよ」
なんで私が怒られてんねん、と恵美は思ったが、すぐにひとみさんがフォローしてくれた。
「あー、ごめんっ、本当にごめん。……アタシこの話になると、ついテンションあがっちゃうんだよねー」
彼女は手を合わせながら席を立った。
「さ、お夕食にしましょう。お鍋にするから、ちょっと手伝って」
「は……はい」
手伝いといっても配膳くらいで、鍋の下拵えはすでにされていた。
ネギ、白菜、お豆腐にキノコ類。そして魚介類。それを醤油ベースの出汁で炊く。ストレートど真ん中の和食だった。
ひとみさんと鍋を囲んだ。なつかしい味に恵美は感動した。
「おいしいですっ」
「そう、よかった。ベニーが新鮮な具材を見つけてきてくれたみたい」
そう言ってひとみさんは、足元の猫をなでた。猫はかつお節を齧るのに忙しく、ちょっと邪魔くさそうだった。
「私……ベニ・ショーガさんに会いました」
恵美はようやくその言葉が言えた。ひとみさんは穏やかに微笑み、そして言った。
「シメは、うどんでいい?」




