フレンズ
「あの……私、佐藤さんをおいて出て行ったりしませんから」
恵美は立ち上がって言った。
「そう。それじゃアタシと友だちになってくれる?」
佐藤さんは嬉しそうに、そう聞いた。
「はい」
「恵美ちゃん」
「はい?」
「佐藤さんなんて他人行儀はやめて。ひとみって呼んで。ひーちゃんでも、いいわ」
恵美はまた顔を紅潮させた。ひーちゃんなんて、とんでもない!
「じゃ、じゃあ、ひとみさんで……」
「ヤバイ、激眠だわ。それじゃ、ね」
そう言ってひとみさんは、猫を連れて寝室へと入ってしまった。
ひとみさんから渡された本をまえに、恵美は背筋を伸ばした。いったい、どんな内容の本なんだろう。
たしか歴史がどうとか、言ってたよな……。
と、そのときドアの開く音がした。ひとみさんの寝室のドアだった。が、なかから出てきたのは彼女ではなかった。
猫人間だった。
「ごきげんよう、ミス・チーノ。……おや、背がひと回り小さくなられた?」
「あ、あわわ」
恵美は思わずパニクった。深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「あの、私、ミス・チーノじゃありません」
ミス・チーノ? と恵美は一瞬考えた。この家の主人であるひとみさんの、ニックネームか何かだろうか。
「ミス・チーノではない? ならばワタクシは失礼します」
猫人間はものすごいドライな感じで、玄関へ向かおうとした。
「あ、あの、どちらへ?」
この闇の世界で、いったいどこへ行こうというのか? 気になって恵美は思わず聞いてしまった。
「失礼。ミス・チーノ以外のかたと、お話しできないのです」
とりつく島がなかった。だが、ネタ振りのようにも思えた。
「あ……えーと、私、ミス・チーノです」
「これはこれは、」
猫人間の態度が豹変した。
「ごきげんよう、ミス・チーノ。……やはり、ひと回り小さくなられた?」
なんでもアリか。恵美は苦笑した。
「ちょっとお聞きしたいんですけど、そうだ、あなたのお名前は?」
「これは申し遅れました。ワタクシ、ベニ・ショーガと申します」
「私は岩……」
違う違う違う! 私はミス・チーノだった……あやうく岩元恵美と自己紹介しそうになった。
「げふん……えっと、これからどちらへ?」
「食料の買い出しやら、諸々です」
「買い出しって、外は真っ暗じゃなかった……かな」
「そうですか?」
すると猫人間はつかつかと玄関まで行って、ドアを開けた。
ドアのむこうは陽がさしていた。どういうことだ、いったい……。




