デザートタウン
恵美は返答に窮した。ここは、どこか。ここが、どこか。ここはあなたの家です佐藤さん……。
いや、そんなことは、わかりきっている。家ではないとすれば、たぶん土地のことを彼女は聞いているのじゃないか。
「少なくとも、」恵美は言った。「ここは日本じゃないと思います。たぶん、ヨーロッパのどこか……」
「え、どうしてそう思うの?」
興味津々といった感じの佐藤さんに恵美は答えた。
「子どものころ、アニメで観た景色にそっくりだったんです。あれはフランスが舞台でした、19世紀の」
そう言いかけて、恵美は思わず口をつぐんだ。タイムスリップなんてあまりにSF的すぎる。
「いいのよ、つづけて」
それで恵美は話をつづけた。都合よく雨が降って渇きを癒したこと、都合よく言葉が通じてパン屋で飢えをしのいだこと、等々。
「なんか……アニメっぽいと言いますか、都合よすぎですよね」
恵美は自嘲するように言った。すこし間をおいて、佐藤さんが口をひらいた。
「あなたのお話、とても興味深いわ。……疑うわけじゃないのよ、でも、アタシがしっている景色や町とちがうわね」
「どういうことですか」
不安になって恵美は尋ねた。
「あなたが倒れていた場所ね、あすこは廃墟の町なのよ」
「デザ……」
「いまは、誰も住んでいないの」
恵美は絶句した。どういうことだ、いったい。じゃあ、あの恰幅のいいパン屋の女将は何だったのか……。
「私、夢でも見ていたんでしょうか」
「夢……そうかもしれないわね。でもね、夢が実体化することもあるのよ。たとえば、あなたが持っていたガラス瓶」
「えっ」
「あれがあったお陰で、アタシはあなたを見つけられたの。この闇の世界で」
「闇の世界……」
たぶん、それは比喩的な表現じゃなさそうだ。さっき窓から見た景色。
「窓の外を見た?」
恵美は頷いた。
「真っ暗でした」
「残念だけど、それがアタシのしっている景色」
「ここはいったい、どこなんでしょうか……」
恵美は尋ねた。気分がどんどん落ち込んでいく。まるで、誘拐犯に尋ねるようだ。
「アタシもそれが気になっているの。唯一の関心事かな」
佐藤さんはいたずらっぽく笑った。
「そしてあなたは、アタシのここでのはじめての友だち」
ふたたび恵美は返答に窮した。目のまえの美しい女性は誘拐犯なのか、それとも、おなじく遭難した先輩なのか。
「なーご」
足元で猫が小さく鳴いた。
「そういえば、」
恵美はふと思い出して聞いた。
「私をベッドに運んでくださったかたが、いましたよね? なんて言いますか……」
「猫みたいな人間だった?」
佐藤さんは嬉しそうに、そう言った。




