無関心の町
すると女将は恵美の腕時計を物色した。そしてそれをカウンターに置き、がさごそと袋にパンを詰めはじめた。
「さあ、これを持って、さっさと出て行っておくれ」
女将は恵美に、パンの入った袋と腕時計の両方を突き出した。
「えっ」
わけがわからない、といった風の恵美に女将が言った。
「そんな品、こわくて受け取れやしないよ。でもあんた、どうせ断ってもしつこく付きまとうんだろう? 腹が減ってりゃ、そりゃ必死なのもわかる。だからさ。そのパンは売れ残りだから、くれてやるよ。そのかわり、金輪際アタシとこの店にかかわらないでおくれ。約束だよ!」
「あ……ありがとうございます」
とにかく食料をゲットできた恵美は頭をさげた。
「さあ、それを持ってはやくこの町を出るんだよ」
「えっ」
冗談でしょ、と恵美は思った。すでに脚は棒のようで、一歩も動ける状態じゃなかった。だが女将は容赦なく言った。
「いいかい、この町の人間は皆、他人には無関心なんだ。ぜったいにこの町で夜を明かしちゃいけないよ? それだけは忠告しておく」
背中を押され、有無を言わせずに恵美は店から出されてしまった。ドアを施錠する音とともに、店内はカーテンで閉めきられた。
もはや恵美の頭は正常に機能しなかった。とりあえず食事だけは済ませてしまおう。もう一歩たりとも動きたくなかった。
噴水のほとりで、恵美は無心になってパンにかじりついた。途中、喉が詰まりそうになるのを水で流しこんだ。あのガラス瓶の水筒が、ここでも大活躍だった。
食事を終えると強烈な眠気が恵美をおそった。無理もない。今日は一日中歩きどおしだったのだ。
すでに宿屋をさがす気力もなかった。ってゆうか、ぶっちゃけ、身体が動いてくれなかった。噴水を背に体育座りした状態で、恵美は眠りに落ちて行った。
途中、不規則な振動で目を覚ました。恵美は横になった状態で寝かされていた。身体には毛布のようなものが、かけられている。
「ここは……どこ」
恵美はかすれる声で言った。
「安心して、いまはお寝みなさい」
ぼんやりとした人影が言った。それでふたたび恵美は眠りについた。ガタゴトという振動がまるで揺りかごのようで、妙に心地よかった。
つぎに目覚めたとき、恵美は誰かに抱きかかえられていた。その人物は恵美をベッドまで運んでくれたらしい。
去り際に、その人物の横顔がちらっと見えた。猫だった。猫人間が助けてくれたのだ。
ああ、なんだ夢か。そしてまた眠りのなかへと沈んで行く……。




