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十円玉が、なまら痛かった件  作者: 大原英一
第二部 岩元恵美
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パン屋にて

 恵美は急いでいた。夜のとばりが降りるまえに、なんとしても町までたどり着かなくてはいけない。

 もともと目的のある旅じゃない。どこを目指しているわけでもない。だが喉は渇くし腹も減る。渇きのほうは、なんとか満たすことができた。

 つぎは空腹だ。そして今晩、どこに投宿するかという問題だった。


 さっき雨に打たれたせいか、恵美はかるい寒気をおぼえていた。これで風邪とかひいたらシャレにならんぞマジで。

 小さな町だが、すでにそれは視界に入っていた。が、なかなか近づくことができない。近いように見えても10キロメートルくらいは、かるくありそうだ。


 脚を棒のようにして、やっとの思いで、恵美は町らしき集落にたどり着いた。

 とりあえず腹ごしらえだ。空腹が満たされれば、力も希望も湧いてくるだろう。でだ。頼みの綱はこの腕時計だった。


 ゴムバンドのアナログ時計。バンドと盤面には、有名なねずみのキャラクターが描かれていた。

 お金は持っていなかった。持っていたとしても、ここで日本円が通用するかは甚だ疑問だ。こういうときは現物にかぎる。

 たとえ言葉が通じなくても、物々交換の意思表明をすれば、だいたいの意味は通じるだろう。それに賭けるしかなかった。


 ……それにしても寂れた町だ。店屋とかあるのか、それすら心配になってきた。

 すこし進むと噴水が見えてきた。

 たぶん、ここが目抜き通りにあたる場所なんじゃないか。たぶん、ここは世界一さみしい目抜き通りだ。人っ子ひとり、いなかった。

 だが、なんとかパン屋らしき店を発見した。まさかもう閉店とか、してないよね? 恵美は意を決して店のドアを開いた。


 店の奥に恰幅のいい女性がたたずんでいた。腕を組み、恵美のほうをじっと睨んでいる。この店の女将だろうか。

「あ、あのう……パンを」

 恵美はダメもとで女将に話しかけた。

「あんた、変わった格好だね。どこから来たんだい」


 驚いたことに言葉が通じた。

「えっと、ですね。日本という国からです」

「ニホン? 知らないねえ。で、この町へ何をしにきたんだい」

「それが、」恵美は口から出まかせを言った。「知り合いとはぐれてしまって。捜しているところなんです」

「ふうん」

 女将は訝しげな目で見た。


「で、パンを売っていただきたいんですが」

「お金はあるのかい」

 恵美は首をふり、腕時計を差し出してみせた。

「いま、お金はありません。かわりにこの時計を差し上げます」

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