オレンジ
「ないです」
ベニ・ショーガ氏ははっきり言った。
「硬貨なんて存在は、SF小説でしか読んだことがありません」
うーん、なるほど……。硬貨ってのはたぶん、物々交換の概念がないとはじまらないのかもしれない。
ここでは基本、物質が変化する。オレンジとりんごを交換する必要がなく、りんごにしてしまえばいい。ミニ情報でした。
「すると、ブラックタイガーはオレが異世界? の品である十円玉を持ち込むことまで予測していたのか」
「いや、さすがにそれはないでしょう」
猫人間は否定する。
「彼が十円玉に目をつけたのは、たまたまだと思います。でもヨーメンマンほどの武道家が銃を持ってあらわれれば、誰でもヘンだと気づきますよ?」
なるほど……長嶋茂雄が野球のボールではなくオレンジを持ってあらわれたら、オレだってそれを異世界のボールと考えるだろう。
「じゃあ、図らずもオレはヤツの計画に協力しちゃったわけだ?」
「ですね」とベニ・ショーガ氏。「……あそこでワタクシたちが倒されていたら、聖女はブラックタイガーが復活させていたことでしょう」
「例の呪文でか?」
猫人間は首をふった。
「わかりません。かりにサファイアのひとみが加担していたとすれば、魔術のバリエーションは跳ね上がります。ワタクシなんぞ足元にもおよびません」
「それって、」オレはゾッとした。「聖女を何かの、化け物に仕立てようとしたってことか?」
「連中なら、やりかねませんね」
ベニ・ショーガ氏はため息まじりに言った。
「よかったなーメグ、善良な猫ちゃんに助けてもらって」
「うん、えらいぞベニーちゃん」
「なーご」
メグに頭をなでられ、ベニ・ショーガ氏はご満悦だった。ほんと、ちょいちょい猫の本性むき出しになるな……。
沈黙がおちた。みんな、誰かの発言を待っているようだった。オレ?
「……で、これからどうするよ?」
「それなんですが、ヨーメンマン」
猫人間があらたまった感じで言った。
「ここらでひとつ、指揮命令関係をはっきりさせておきませんか」
「なにそれ、まさかオレがいちばん下っ端とか?」
「違いますよ、あなたとワタクシは対等です。しかしながら、」
とベニ・ショーガ氏はメグを見た。
「すべての意思決定は聖女にしていただくのです」
「アタシに? やたーっ」
やたーっ、て。メグそこ喜ぶところちゃうから!




