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四幕 訪問

 昨日の疲労せいか、ずいぶんと眠りについていた気がする。

 夜も思いだしては、ドキドキして寝つきも悪かった。

 あと……なんだか胸元が重いような……。

 う……ん?

 薄目に開ける。

「お! やっと起きたか、ずいぶんとお疲れみたいじゃったな」

 神様が俺の顔の数ミリの距離にまで顔を近づけていた。

「なに……やってんの……?」

 ほんわか、家の柔軟剤の匂いと、髪からは姉貴も使っているシャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐる。

 朝風呂にも入っていたのだろう。昨日は、あれから神様は起きなかったし。

 Tシャツにハーフパンツ、とラフな格好に髪はツインテールにして、肩にかけている。

 神様にどいてもらって、上半身を起こす。

「春島くんおはよう。あとごめんね、勝手に入っちゃって」

 え?

 なん……で?

「いや……あの……」

 部屋には広本さんがいた。

 その広本さんは敷いてあるカーペットにちょこんと行儀よく正座で座っていた。

 ロングTシャツにスキニーパンツと、こちらもラフな格好をしている。

 なんか寝起きのせいもあるのか、頭がついていってない。

 ということは……。

 ガチャ、と部屋のドアが開いて、

「あら、春島くんやっと起きました? もう十一時ですよ」

 案の定予想は的中していて、山田さんが何食わぬ顔で入ってくる。

 山田さんはコットンワンピースに後ろのリボンがいつもの黒ではなく、青のリボンで束ねている。

「な、なんで……二人いるの……」

「わ、わたしは……早麻ちゃんに呼ばれたの……」

「私ですか? 独断と興味で来ました」

「呼ばれてないのかよ」

 思わず、ツッコミスキルを身につけた。寝起きのせいかもしれない。

「妾が早朝に風呂に入っていてな、突然、絢が侵入してきたんじゃ……」

「ど、どういうこと?」

「侵入だなんて失礼ですよ、私もハダカでしたのに」

「入ってきたとたんに妾の身体をなでくり回してたではないか!」

 神様が熱くなっていた。プンプンという表現がぴったりかもしれない。

「違いますよ、あれは検査ですよ」

「あ、あの……」

 俺が止めに声をかける。

「まあよい、絢は姉さんに絞られておったからな!」

「それもどういう……」

「ええ、危うく警察に突きだされそうになりました……」

 それは大変ご愁傷様でした。

「そ、それで広本さんはいつ来たの?」

「わたし? わたしは九時……だったかな」

 あれこれ二時間はいるのか、申しわけないな。

「山田さんはいつ来たんだ? 姉貴がいたということはかなり前からいるんだろうし」

 姉貴の出勤は不規則だ。昨日みたいに遅い時もあれば、今日みたいに早朝の時もある。ちなみに今日は、たしか七時だったはず。

「私は神様がお風呂に入っていたのを……六時すぎです」

 前半気になるが、まあいい。

 すると山田さんが続いて、

「それにしても……」

「なに?」

「つまらない部屋ですね。エロ本一冊ないですし、春島くんは本当に女の子が好きなんですか?」

 俺は盛大にむせてしまった。

「そこらへんは妾が検証しておるから問題はない。桜太はきちんと女の子の身体に反応するからの」

「ちょ、おま……」

「へえ、それはどうやって検証したんですか?」

 山田さんがなんか悪い顔つきに変わった。

「それはじゃな、妾のはだ――」

「だあ――っ」

 鷹に負けないくらいの速さで、神様の口を両手で塞ぐ。

「はだ?」

「な、なんでもない、なんでもない!」

 二人をごまかす。それに関しては終わり、永遠に封印したい気持ちである。

「よし、ならば妾の部屋で今日のことについて議論しようかの」

 神様が俺のゆるめていた、手の隙間から言う。

「そうですね。いつまでもこうしてては、時間がもったいですから、そうしましょうか」

 神様もとい、山田さん、広本さんはとなりの部屋に移り、俺もすぐさま着替えることにする。

 コンコン、とノックする。

 中から「いいぞ」と神様の声がしたのでガチャッと開けて入る。

「桜太! 今日はかくれんぼとおにごっこをするのじゃ」

「決めるの早いな……えっと、もう行くのか? 俺まだごは……」

 くぅ~、

 と可愛い腹の虫が聞こえてきて、三人がある一人に目線を集めた。

「ご、ごめんね……朝なにも食べてないから……」

「えっと、カレーライス……食べる?」

「いい……の?」

「いっぱいあるからご遠慮なく……」


 というわけで、俺はキッチンでカレーを温めて、四人分(全員)をよそって、各自の前に並べる。

「あら、特別なアレンジはしてなさそうですね」

 山田さんが匂いを嗅ぐ。

「定番が一番いいだろ、はずれないし」

「春島くん料理するんだね」

「まあ、カレーとか肉じゃがとかしか作れないけど」

「それでもすごいと思うよ」

「そ、そう? ありがと……」

 神様はすでに食べていたので、合掌を済ませて、食べ始める。

「あら、意外に美味しいですね」

「意外には、は余計じゃないか?」

「褒め言葉ですよ?」

「うん、すごく美味しいよ、辛くもなく甘くもないし、絶妙なさじ加減で作ってあるね」

 広本さんが絶賛してくれる。喜んでいいのかな?

「桜太の……カレーは朝も……食べ……たんじゃが、美味い……な」

 神様が口をもぐもぐしながら物を言う。

「飲みこんでからしゃべってくれ、舌噛むぞ」

 食事中のおしゃべりは基本的にしないほうがいいと思うので、とりあえず食べ終わらせることにする。

「よし腹も満たしたことじゃし、行こうかの」

「いや、十分ぐらいまってくれ……今運動したら……」

「食後の運動は身体に毒ですよ」

 俺と山田さんの意見に広本さんもコクンと頷いて同意する。

「そうじゃったな」

 神様もしぶしぶ、まつことを了承した。


 そんな十分間のコト。

 適度な軽い準備運動がてら、昨日今日の分の食器をまとめて洗おうと、片づけてキッチンに持っていってごしごし洗っていると、

「わたしも……手伝うよ」

 広本さんが腕まくりをしてとなりで皿を手に持つ。

「え、いいよ、ゆっくりしてて。お客さんでもあるんだし」

「違いますよ、春島くん」

 山田さんが廊下に置いてあった掃除機を片手に、話しかけてくる。

「山田さんも……」

「わたしたちはお客さん……じゃないよ」

「でも……他人の家の手伝いとか……なんか悪いし」

「照れくさいこと言ってはいけませんよ、私たちはただの『美味しいカレーを召し上がったお詫びに掃除をしている』ということにしててください」

 山田さんが微笑むにまじえて俺に語りかける。

「本当に……いいのか?」

「私はキレイ好きですから」

 掃除機のコードをコンセントにさして、ウイ――ン、とかけ始める。

「遠慮しなくていいんだよ、みんなでしたほうが、はかどると思うから」

 俺は、ありがと、とお礼をする。

「よし、なら妾は洗濯をしようかの」

 神様がイスから下りて、洗面所に駆けていく。

「おう頼む」

 神様に最近、洗濯機の使い方や分別を教えた。元々物覚えのいい神様だ、五分ぐらいで覚えてしまって、今は大概やってもらっている。

 家事全般やっていた俺としては助かっている。

 ぐうたらな姉貴は俺が来る前はやっていたみたいだが、今はまったくしない。というより三月に昇格(最近知った)したみたいで疲れているみたいだ。

 とにもかくにも、今日の家事はもう終わりそうだ。


「よーし、出発じゃ」

 公園までは小走りで向かった。

 入学式以来のあの公園。

 桜がすべて散って、桃色のカーペットみたいに歩道にまで広がっていた。

「うん、なんじゃ? 子供たちが群がっておるぞ?」

 神様の言っている通り、公園の入り口には小学生ぐらいの子供たち数人が固まっていた。

 神様が近くにいた男の子に事情を聞く。

「どうしたんじゃ?」

「あ、あの……公園で遊ぼうと思ってたんだけど、なんか上級生の人が『ここはおれたちが使うんだー』て追いだされちゃって……」

 今時というか本当にいるんだな、そんなガキ大将みたいなことする子供が。

「それは許されないことじゃな、ここはみんなの公園じゃ。よし妾たちにまかせるのじゃ」

 神様が胸を張って、こぶしを作ってドンと自分の胸を叩く。

 たち? それって……。

「よーし、予定変更じゃ。今から公園を取り戻すのじゃ!」

 やっぱりか……。

 俺たち三人は「おー」とかけ声を上げて、公園の入り口に群がる子供たちから抜けだしたとたん――

「それ以上、近づくんじゃねえーっ!」

 わりとデカい叫び声が公園の中間地点からする。

 姿を確認すると、真ん中に男の子三人が身構えていた。

 神様は、幾分なんにも気にせずに踏みこむ。

「てめー聞こえなかったのか! こっちくんなって言ってんだろ!」

 どうやらリーダーらしき人物は、真ん中にいる短髪の男の子みたいだ。

 非常にこっちを睨んでくる。

「お主、名前はなんじゃ?」

 神様が平然と歩きながら、問いかける。

「ちっ……」

 男の子が舌打ちで返す。

「まあよい、妾は神様じゃ、よろしく頼む」

「か、神様? ……ふん、ウソだな、こんなちっこい奴が神様なわけがねえ」

「べつに信じる必要はない。ただこの公園で遊びたい子供たちがいるから、交渉しにきただけじゃ」

 男の子の数メートル付近にまできたところで、神様が立ち止まる。 

 俺たちもそーっと神様の少し離れて、声が聞こえるところまでは寄ってみた。

「ちっ…………んで、なんだよ、交渉って」

 男の子がスッと一歩前にでる。

「そうじゃな、今から……」

 男の子が手をさし伸べて、神様の胸の部分を触る。

 しかし、神様は「うん?」という反応をする。

「なっ⁉ あ、あれは……あれ?」

 横にいたはずの山田さんが、いつの間にかいなくなっていた。

「山田さんなら……走っていったよ」

「え?」

 視線を戻すと、山田さんが男の子の手首をぎりぎりっと掴み上げていた。

「世の中にはね、やっていいことと、やっては絶対にいけないことがあることを、お父さん、お母さん、お爺さん、お婆さん、先生とかに習わなかった?」

 山田さんが握っている手に力をいれるたんびに男の子が「痛い、痛い……」と山田さんの手を片方の手で振り払おうとする。

「ねえ? 反省した? 神様に謝るまで、たとえキミのお母さんが来ても放しませんよ」

「ちっ…………謝るわけねえだろ、そんなの男の恥だ、バカが」

「へえー意地っ張りなんですね、まるで中二病みたいです」

 いや、それは違うんじゃないか?

 罵倒を甘んじて受け流しながら、山田さんはさらに握力を強くする。

 ぎりぎりっと軋む音が、さらに強くなって聞こえてくる。

「けっ……ぜってー謝んねー。そんなない乳に謝る価値ねえし」

「ふーん。なら……」

「やめてやるんじゃ絢。こんなことしても解決はしない。今回の目的はあくまでも公園をみんなで使用していいか、の交渉じゃ」

 神様が山田さんの右手の上に手を置く。

「で、でも…………はい、わかりました……」

 山田さんがスッと離すと、男の子は後ろに下がり、掴まれていた右手を押さえる。

「ちっ……バカ力め……これだからデカ乳は」

 男の子がそんな言葉をこぼす。

「今からケイドロで勝負をする。妾たちが勝ったらみんなで使うことを許すんじゃぞ、いいか?」

「ちっ……いいよ、それで……でもおれたちが勝ったら、手下になってもらうからな!」

「いいじゃろ、妾たちが捕まえるほうでよいか?」

 すると男の子の横にいる少しのっぽの子が、

「まて、お前たちは四人、こっちは三人しかいないんだ。これじゃ不公平だろ?」

「そうじゃな、どうする?」

「え?」

「じゃ、じゃあ……わたしが……」

 広本さんが後ろに下がる。

「まて、はずすのは……さっきのデカ乳だ。わかったか」

 山田さんがはずされた。

「く……」と山田さんが悔しがり、群がっている子供たちのところに戻っていった。逆に広本さんはそわそわする。

 というわけで始まったケイドロ。

「勝算はあるのか神様?」

「あるとも、まかせておけ」

 神様には作戦があるようだった。

 ルールは三十分でみんな捕まえれば俺たちの勝ち、逃げ切れば向こうの勝ち。

 捕まった人は公園の入り口付近にあるベンチで待機。脱獄はナシ。

 一人。一回だけしか捕まえられない。

 妨害および、挟み打ちも禁止。

 タイムはなしで、トイレに隠れるのも禁止。

 こんな感じだ。

 一分まって、俺たちは捕まえに向かった。

 のっぽの子は恐竜の遊具の上に、もう一人の爽やか系の子はすべり台の上に、リーダーは今のところ見当たらない。

 俺はすべり台の子をまかされた。

 俺が近づいていくと「ぼくを捕まえられるかな?」と挑発してくる。

 傾斜のほうにいくと階段を下り、逆に階段に、と逆のパターンになってしまう。

 クツはどうやら滑り止めの装備されているやつだから、失敗はまず皆無そうだ。

 挟み打ちなしを優雅に使っている戦法のようだ。

 神様のほうを見ると、のっぽの子ねらいで捕まえに行っていた。

 広本さんは、キョロキョロしてリーダーを捜しているようだ。

 俺は一つ試そうと思い、傾斜のほうを駆け上がった。少し滑る。よく見ると砂がバラまかれていた。

「おー、兄さん。それは無謀な挑戦だと思うよ」

 しかしどうにか踏ん張りながら上り切る。

 少年を捜すと階段の下で待機していた。考えたものだ、時間稼ぎが巧妙すぎる。

 屈せず階段を全力で駆け下りる。だが少年はすぐさま、俺が完全に下りたことを確認するように、もうすべり台の上にいた。完全にループ状態だ。どうしようか。

 うーん。

「兄さん終わりですか?」

 上から声がする……うん? なるほど……幸いにも上にいると真下のここは見えないようだ。

 俺は台の下で静かに待機した。

「あれ? 兄さん?」

 少年が柵を乗りだして、下を確認した。

「もらった!」

「しまった!」

 ルール上、タッチで捕まえたことになる。なので、この時点で俺の勝ちだ。

「兄さんやりますね、あ、ぼくは旬といいます」

「俺は桜太だ」

「じゃあオウさんなんですね」

「なんで?」

 爽やか系少年の旬といういかにも女子にモテそうな少年だった。

 だからというわけではないが、俺は聞いてみた。

「あの子は……いつもああ、なのか?」

「え? ああ恵介ですか? まあそうですね、いつもあんな感じですよ」

 恵介って名前なのか、まあどうでもいいのかな。

「旬は、その恵介のことを、友達だと思えるか、これからも」

「へんなこと聞きますね、ぼくは恵介といる時間が好きなんです。ぼくの成しえないことを、抵抗のあることを平然とする恵介のことを。あっ、でもさっきのはいくらなんでもやりすぎだとは思いますけど」

 俺には届かなかった友情や絆、なんか羨ましい。

「俺がもし、旬や恵介と同じ同学年で同じクラスにいたら、友達になれたか?」

「オウさんがですか? それはオウさん次第じゃないですか?」

 もうオウさんで固定されているのか。

「そっか、そうだよな」

「それよりぼくや恵介のことは呼び捨てなのに、そこにいる二つ結びの子や入り口にいる力持ちさんのことは苗字で呼んでいるみたいですが、なんでですか?」

「え? いや……なんというか、その……抵抗があるんだよな、なぜか」

 なんでだろう? なんで抵抗があるんだろう、神様は普通にみんなことを呼び捨てにするのに。

「皆さん友達じゃないんですか?」

「友達……かな」

「ふーん、大人になると色々抵抗があるんでしょうか。ではそろそろ行きましょうか」

 そう言われて、俺は神様のところに駆け寄った。

「おっ、捕まえたみたいじゃな、あとは……」

 神様ものっぽの子を捕まえて、広本さんのサポートに回っていた。

「恵介っていうみたいだ、さっき聞いた」

「そう、その恵介だけじゃ」

 捕まえる権利は広本さんだけしかいない。

「秘策……使わないのか?」

「うん? 秘策か? まあ、まずは見つけようじゃないか」

 そのあとも広本さんと一緒に捜したが見つからない。いつの間にか、十分にあったはずの制限時間が静かに近づく。あと五分ぐらいだろうか。

「ど、どうしよう早麻ちゃん……どこにもいないよ」

 広本さんがそわそわする中、俺は一つの影を目に捉えた。

「あれ……そうじゃないか?」

 恐竜の端に人影が見え隠れする。そこに二人はいる、間違いない。

「いけ真子!」

「は、はい!」

 広本さんが走る――めちゃくちゃ速い。

 いくら運動部にいたからってレベルではない脚力で、あっという間に恐竜のところにたどり着き、恵介を追いつめる。

 ここからは捉えづらいが、もう諦めたようだ。

「て、てめーバカ力がいて、今度はバカ足かよ、ついてないぜ、まったく」

 相変わらずの口の悪さから会話は始まった。

 勝利と共に公園の入り口にいた子供たちが遊びだす。

「まずは、なぜこんなことをしたのか説明してもらっていいか?」

「ええ、私もぜひ知りたいですね」

 山田さんの顔が憎悪に満ちていた。どうやら、さっきの怒りはまだおさまってなさそうだ。

「ちっ…………一回しか言わないから聞いとけよ。そう、あれは一年前のことだ」

 恵介が、ことの経緯の主張を語りだす。

「この公園ができて五年目にもなるが、おれたちは低学年のころからこの公園で、毎日のように遊んでいたんだ。しかし、この公園に俺たち以外に人がいることが、頻繁にとも言わずに少なかったんだ……」

 俺と神様が初めてこの公園に来た時もたしか人がいなかった。それだけ近所の人にとっての公園の認識が薄くなっているのだろう。

「だからおれたちがこの公園を占拠して、公園のありがたみをみんなに知ってもらいたかっただけだ」

 これに神様も納得の意思を見せる。しかし神様も、

「なるほど、恵介の気持ちも充分にわかる。しかしこんなことをして誰が喜ぶんじゃ?」

「く……でも、人が来なければ本末転倒になるだけだろ……」

 さっきよりずいぶんと弱い口調でくちびるを噛みしめてから、主張する。

「そうじゃな、でも公園というのはみんなの憩いの場なんじゃと思うんじゃ。たしかに恵介のいう、人がいなければ、来なければ存在理由がない。これは妾も一理あると思っておる」

「なら、それでいいじゃねえか……」

「でもな、恵介。公園は誰もいない時間があって、休憩する人をまつのもまた、公園の役目なんじゃないか? だからお主たちが公園を奪ったり、占拠する資格はないわけじゃ」

「く……」

 神様の言葉が恵介の主張を上回り、決まった瞬間だった。

 神様は、崩れた恵介を見ずに「よし帰るぞ」と一時すぎでありながら、俺たちに言って、公園をでていく。

「もう帰るのか?」

「べつに遊べるのはここだけではないじゃろ? 残りの時間は家で色々しようではないか」

 神様は俺に無邪気な笑顔と、なにかを成しえたような顔つきを見せる。

 そこで俺は一つ思いだす。

 そう『あれ』だ。

「ねえ広本さん、山田さん」

 前を歩く俺は後ろに振り返り、二人を呼ぶ。

「なにか用ですか?」

「な、なに?」

 神様は「?」な顔で俺を伺っていたが、今の俺にそこまで気が回らない。

「え、えっと……その……」

「息を整えたら、どうですか?」

「お、おう、そうだな」

 これはお見合いかよ、ってぐらいに胸がドキドキしていて、緊張で喉から以上に言葉にできない。

 ゆっくり深呼吸をして、改めて口を開く。

「あ、あのさ……その……お互いにさ、下の名前で呼びあわないか? ほら! ……そのほうがさ……」

「そんなことだったんですか、私は一向にかまいませんよ」

「わたしも……いいよ」

「なんじゃ、そういうことじゃったのか、いったいなにを言うのか、ドキドキしたのじゃ。なら、さっそくお互いに一回呼んでみたらよい」

 神様の計らいで、三人で三角形に囲むようにする。

「なら俺が……」

「桜太くんに、真子さん。これでいいですか?」

 俺の言葉を遮り、山田さんがなんのためらいもなく呼ぶ。手慣れているのだろうか。

 次に広本さんが続くように、

「えっと……絢ちゃんに……………………桜……太……く……ん……」

 広本さんは、呼び終わると顔をりんごのように赤くして、顔を俯かせてしまった。

 そういえば俺は今、二人の女子に「桜太くん」と呼ばれてしまったのだ。

 意識してしまえば、あとから嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。

 さっきと比べものにならないくらいに、胸のドキドキが激しくなっている。

「ほら、桜太くんが呼べば終わりですよ」

「お、おう……よし」

 また、もう一回ゆっくり深呼吸をする。

 口を開けて、喉につっかえる言葉を頑張って吐きだす。

「あ、あ、や……さん……と…………ま……こ……ちゃん……」

 思っていたのと、五倍ぐらい恥ずかしい……。

「はい、できましたね。よろしく、桜太くん」

「うんうん、これでまた仲が深まったのう」

 神様が腕を組み、すごい納得するように頷きを繰り返す。

 真子ちゃんは俯いたまま、家まで歩いていった。

 同性同士なら、名前で呼ぶのにはなんら問題は少ないのかもしれない。でも異性となれば、それなりの恥じらいと抵抗があるのかもしれない。

 お互いを名前で呼びあうことは、全体的に見れば、あたかも恋人同士に見える、とか誰かが言っていたが、そんなの間違っている。

 名前で呼びあうことは、一種の距離感を短くする方法なのだ、きっと。

 だから、俺は発案したんだ。

 俺はそのあと「絢さん」は比較的に呼べたが「真子ちゃん」だけはまだ、恥ずかしさが勝って、あまり呼べなかった。

 でも、呼ばれ、呼べた時は、やはり嬉しいと感じる。


 俺の青春の二歩目を、俺は進めることができた気がした日。


 筆記者 春島桜太

 部活動野外報告。休みを利用して、近所の『7ステージ』にて親睦会を開きました。


 連続野外報告。連休の日曜日。本日は春島家こと俺の自宅にて普段、部室でできない、かくれんぼ、おにごっこをしました。


 昨日の分もまとめて書いたし、そろそろ寝よ。


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