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三幕 親睦会

 活動も四日目に突入。

 昨日入った山田さんを含み、机二つを縦並びにして、四人は座る。

 俺の席の前から神様、横は山田さん。

 この二人は離すことが決定づけられていた。

「親睦会やらんか?」

 神様が第一声にそう提案してくる。

「親睦会?」

 俺が聞き返す。

「そうじゃ。じゃから今度の土曜日にどこか遊びに行かんか?」

「でも、どこに行くんだ?」

「そうですね。でしたら7ステージなんて、どうでしょうか?」

 山田さんが手をあわせて言う。

「7ステージ?」

 俺が疑問に思っていると、広本さんが知っているようで、

「あ、デパートの近くだよね」

「えー、そうですよ」

「真子よ。せぶんすてぇじ……てなんじゃ?」

「えっと、最近オープンしたばっかりの総合アミューズメント施設でね、カラオケやボーリングがあるんだよ」

 そういえば、そんな話をしてる生徒がたしかいたな。

「ほう、それは行ってみたいな、桜太も賛成じゃろ?」

「え、う、うん」

「皆さん一致したようですね」

「よし! いっぱい楽しむぞ!」




 そして、土曜日。朝の九時半。

 俺は物置くにある自前の自転車を用意して神様を呼ぶ。

 自転車なのは、歩いていくと時間がロスしてしまうため、四人とも自転車で行こうと、決めた。

「おーい、行くぞー」

「まて! よし!」

 玄関を開けてこっちに駆けつけて、自転車の後ろにスタンバイする。

 ポニーテールを三つ編みに白いTシャツの上に青いパーカー。

 神様にしては珍しいジーンズであるため、普段スカートのほうが多い神様には新鮮だ。

 まだ家には姉貴がいるので、戸じまりなどは大丈夫だ。

「じゃあ、今行けば間にあうな、しっかり掴まってろよ」

「心配するでない」

 神様を自転車の荷台に乗せてこぎだす。

「おお! 快適じゃな」

 後ろで神様が俺にぴったりとしがみつく。

 体重は軽いし、こぐ分には苦にはならない。

「でも、神様……二人乗りが禁止なのは知ってるだろ?」

「気にしてはいけないぞ、青春するんじゃ」

「そんなもんか?」

 まっすぐ一本道を走って、十分ほどで待ちあわせ場所である学校には着く。

 普段も自転車で通学をしたいんだが、通学時間三十分圏内の場所に住んでいる者は自転車で通えない校則があるため、しぶしぶ断念した。

「おお、もうすぐじゃな」

「やっぱりラクだな」

 運動場付近にくると二人は、もう来てまっていた。自転車からは降りている。

 片方は神様とはデザインが異なる白いワンピースにピンクのベレー帽を被っている。よく似合っているのは広本さんだ。

 となると、もう一人は山田さんだ。黒のニットにロングスカートを着用している。非常に大人びた印象になる。

 後ろに乗っている神様が叫んで呼ぶ。

「おーい! 来たぞーっ!」

 言わなくても向こうはこっちに気づいているんだがな。ノリだな。

「早麻ちゃんと春島くん、おはよう」

「あら、遅かったですね」

 俺は広本さんに挨拶を交わして、山田さんに移った。

「でも、まだ待ちあわせ時間にはなってないはずなんだが」

「男なら早めに来てくださいな」

「いや、でも神様もいたし」

「なら次からは気をつけてくださいね」

 そう言って、山田さんは自分の黒いギア付き自転車にまたぐ。

 カッコいいが、スカートは邪魔にならないんだろうか。

「ほら、早く行くぞ!」

 まだ荷台に乗ったままの神様に急かされ、俺たち自転車三台は7ステージへと向かう。

 ここからだと予測で十五分。

 そのあいだはサイクリング感覚を味わう。

 並行はあぶないので、縦に山田さんを先頭に俺、広本さんになった。

 前を走る山田さんの髪が俺の視界でなびく。

「そういえば春島くん。一つ気になる点があるんだけど」

「な、なんですか?」

 山田さんが一瞬だけこちらに振り返り、俺の背後に指をさす。

「それ、私にゆずってください」

 やっぱり俺の背中にしがみつく神様が羨ましいみたいだった。

「…………それは本人に聞いてください」

「神様、私の……私の荷台に乗って、ぎゅーとしてください」

 山田さんがスピードを落として、こっちをガン見&目を光らせている。

「桜太……どうしたらいい?」

「それは……俺には決められん……」

 今、信号で止まっている。

「うむ……ヘンなことするでないぞ」

「わかっております! 絢、ここに誓います!」

 神様は半信半疑のまま、俺のところから山田さんの荷台へと乗り移った。

 神様が山田さんの背中にしがみつくと――

「わ、私、山田絢、十六歳、今サイコーに幸せであります!」

 なんか道中で意味わからないことを叫んでいる女子高生がいる。

 信号もそのあいだに青に変わり、走りだした。

 俺からは見えないが山田さんはずっとにやにやしているのだろう。

 神様が降りたせいか、非常に軽くなって、こぐのに力がいらなくなった。

「ねえ、春島くん……」

 後ろを走る広本さんが声をかけてくる。

「な、なに?」

「今日……楽しみだね」

「え、あ、うん……俺も楽しみにしてる」

「わたし……こうやって、家族以外で遊びに行くの初めてなんだ」

「あ、そうなんだ……俺も、なんだけどね」

 いつもクラスの女子と話をしてることが多かった広本さん。

 最近はあまり見かけないが、なんか意外ではあった。

「そ、そうなんだ、い……一緒だね」

 あまりよそ見はできないが、広本さんの照れ笑いが見えた。

「俺、小・中と友達と言える友達がいなかったからさ、今のこういう時間にずっと憧れてたんだ……」

 自分で、なにこんな黒歴史を話してんだろうとか思っていた。

「わたしは……中学の時に一人いたんだけどね……」

「桜太! 桜太! 着いたのじゃ!」

 そんな時、前からの神様の知らせに強制的に会話が終わる。

 赤をベースにした建物。非常に目立つ。人は土曜日だが、そんなに多くはなさそうだ。

 自転車を指定の場所に停めて、中に入店する。

 そのままカウンターに行って、人数や時間を決める。

 必須であった会員登録も簡単に済ます。

「あ、春島くん。これもお願いしますね」

 山田さんからクーポン券を受け取る。チラシにでも入っていたのだろうか。

「お会計は四人で七二〇〇円になります」

 一人、一五〇〇円と登録で三〇〇円となっている。

 神様の分は俺が払って、この建物内のフリーパスをもらう。

 六時間これで遊び放題となっている。

「どれからするんじゃ?」

 神様はぴょんぴょん跳ねて、ウキウキを抑えられていない様子。ポニーテールも激しく揺れている。

「バッティング」「「ボーリングです(かな)」」

 ……………………。しばしの無言。

「「「え?」」」

 意見が分かれてしまった。

「妾はボーリングをやりたいのじゃ」

「ど、どうしますか?」

「じゃ、じゃあ……俺だけ……少し、バッティングやってくる」

 俺はそそくさとバッティングセンターの場所に向かおうとする。

 後ろから山田さんが「私たちだけで……行きますか?」と声がする。

 親睦会なのにいきなり俺はなにやってんだろ……、と歩きながら考えていたが、バットを持って、係員に言って右バッターボックスに入った。

 マシンがカタカタ鳴りながら、俺にボールを放ってくる。

 ズバンっ、

 俺は当たり前のように空振る。

「は、速くはしてないはずなんだが」

 一00キロのボール。目の前にすると物凄く速く感じる。

 二球目、三球目…………すべて空振り。

 全部で十五球。スピードにもだいぶ目が慣れてきた。

 俺は来た球に食らいつく感じにバットを振った――

 キーンっと小さく金属音が鳴る。ボールはぼてぼてではあった。

「当たっ……」

「やったね、春島くん!」

 振り返り目をやると、ネット裏で手をパチパチする広本さんがいた。

「あれ? ボーリング……は?」

「え? いや、その……わたしもやってみたいなあ……って」

 俺に気を遣ってくれたのだろうか。なんか情けないな。

「あ、次、わたしやってもいいかな?」

「え? ああ、うん、いいよ」

 広本さんに俺の使っていたバットを渡して、俺と同じようにバッターボックスに入る。

 俺より形のある、かまえ方をしている。

 そして一球目――

 キーンっと俺よりいい音がする。

「広本さんすごい……」

「そ、そう……かな」

 俺は正直に驚いていた。

 広本さんは二球目も軽く打ち流して右方向に打球が飛んでいく。

「なにかやってたの?」

「うん……中学の時にテニスを三年間」

 なるほどそれで形も、ああいう打ち方もできているわけなのか。

「俺は部活もなにもしてこなかったからなあ……」

「関係ないと、思うよ……」

 二球目。さっきより遠くにボールを飛ばす。

「でも、やっぱり……」

「わたしに一人だけ友達がいた話……さっきしたよね」

「うん、最後まで聞けてないままだったけど」

「その子、中一の冬に引っ越しちゃったんだ…………わたし、下手だったから、そのあとずっと、テニス部で孤立したんだ。それから……」

 広本さんは一度もこちらに振り向かず、ひたすら来る球を跳ね返す。

 細く華奢な身体のどこにそんなに飛ばす力があるのか、今の俺にはその程度の不思議だった。

 違うそっちじゃない。中学時代の話。半年間の友達とのお別れのあとの話。俺には羨ましいくらいの話なのかもしれない。広本さんの大切な思い出の一ページだから、俺は触れないでみる。

「わたし、それから一回も練習してないんだよ」

「それは、でも……部長とかに怒られなかったの?」

「わたしのいたテニス部は、元々やる気のないところだったから、みんな好き勝手してたんだ……」

 短く持っていたバットをグリップギリギリまで下げる。

 次が最後の一球。

「だから春島くん。――関係なんてないんだよ」

 キーン、

 これまでよりも一段大きい金属音が俺にセンター内にも鳴り響く。

 それの反動で広本さんの白いワンピースが腰の高さにまでまくれ上がる。

 でも広本さんはきちんと下にデニムの短パンを穿いていた。

 打球はホームランの看板には少しばかり、及ばなかった。

「すごいね、広本さん」

「指導……してもいいよ……」

「えっ………………じゃあ、打ち方だけでもお願いします」

 俺は考えてから、ぺこりと頭を下げる。

「うん」

 ネットをくぐって、広本さんに手取り足取り教えてもらう。

「春島くん。脇しめないとダメだよ、力がここから逃げちゃうから」

「う、うん」

「そう、振る前はリラックスして、バットを振る時に一気に一瞬だけ力をいれるだけで打球は飛んでいくから」

「う、うん」

 顔つきは変わってないはずなのに、なんか想像していた以上に厳しい感じです。

「じゃあ、実践だね」

「お、おう」

 五分程度の指導の元、俺はリラックスすることを心がける。

 本日二度目、球数は十六球目。

 俺は振り落とすようにバットに力をこめて、振り上げる。

 キ――――ン、

「あ、当たった……」

 一球目、俺は当てたことに喜びすぎて広本さんに打球を見ず、報告する。

「やったね春島くん!」

「はーい、お兄ちゃんすごいねぇ、はいこれ、ホームラン賞ね」

 突然、ネット裏から係員のおじさんに景品らしきキーホルダーを渡された。

「ホームラン?」

「うん、春島くんホームランの看板に当てたんだよ!」

「そ、そうだったのか」

 なんか達成感が微妙になったかな。まあいいや。

 改めてキーホルダーを見ると、どうやら7ステージのイメージキャラクターのマイクを形に取ったキャラクターだった。

「これ……広本さんに……あげる」

「でもこれ、春島くんが……」

「ホームラン打てたのは広本さんのおかげだし、お礼だと思って……受け取ってくれないかな……」

 俺は広本さんに視線はあわせられないがキーホルダーをさしだす。

「うん……ありがとう…………大事にするね」

 俺が手を放すと広本さんの手のひらに落ちて、付属している鈴がチリンと鳴る。


 そのままバッティングセンターからボーリング場に向かうと人はやはりまばらで、二人を見つけるのは簡単だった。

 どうやら今はやってないみたいで、二人は休んでいた。

「あれ? ボーリングしないのか?」

 俺はソファーに腰かけている神様に、声をかける。

「ボーリングってこんなに疲れるんじゃな……」

 ひどく息切れしている声だった。顔も青ざめかけていた。

「やったことないけど……何ゲームしたんだ?」

「…………ワンゲームじゃ……」

 俺はスコア表で最新スコアを調べた。名前も入力できるらしく、そこを確認すると。

 そこには悲惨な結果が現れた。

 神様スコア32。

 絢スコア1。

「な、なにこれ……」

「桜太……ジュース……飲みたいのじゃ……」

 ジュースはもちろん別料金のため、一文無しの神様に買えるわけがない。

 山田さんはソファーに横たわり、たまにピクッとなっている。おそらくだが、悶絶している様子。

「わ、わかった……オレンジでいいな」

 神様がコクンと頷き、開けていたまぶたを閉じる。

 俺がカウンターにジュースを買いに行っているあいだに、神様は広本さんに膝枕をされていた。

「ほら」

 神様の前にオレンジジュースを置く。

「おお、すまんな」

 ストローですする。一気に減っていく。

「わ、私も……ジュースください……よければそれを……」

 悶絶していた山田さんが起き上がる。

「いや、人数分あるけど……」

「わ、私に……間接キスを……」

 言うことを聞きそうになかったが、背に腹は代えられないのか、諦めて目の前にあるジュースを飲んでいた。

「そういやなにがあったんだ?」

 そろそろ潤ってきただろう神様にことの経緯を聞く。

「聞きたいか? よかろう……」

 神様は一回だけ深呼吸してから話しだす。

「あれは妾が一投目と二投目をストライクをだして、三投目を投げようとした時じゃった」


 さっきの自転車のこともあったから、始めこそ邪魔されぬようにと、強めに警戒はしておった。

 でも絢の表情からして邪気らしきものは感じなかった。

 二投目を済ませたところから妾は完全に全投球ストライクを目指しておったからな、気を完全に許しておった。

 まあ今さらじゃが、それが失敗の始まりじゃった。

 絢はガターで、妾は次の球を持って、かまえて投げようとした時に――

「な、なにするんじゃ⁉ は、放さんか、これじゃ投げれんじゃろ⁉」

 絢が豹変したように妾のふところに手をいれてきたんじゃ。

 そして、絢は息を荒くして妾の耳元でこう囁いたんじゃ。

「その愛のボールで向こうにいる十人の悪人をなぎ倒しましょう……」


「そ、それから?」

「スコアを見たのならわかるじゃろ……」

 神様は思いだしてへこんでいた。どっちでへこんでいるのかもわからないが。

 なにをされたのかも、想像しないことにする。

 神様の横に座る広本さんが「大丈夫?」とすごく心配する。

「か、カラオケ……しないか? 昼ご飯も食べられるし」

 このまま座っているのもいいのだが、ここと同じソファーもあるので、移動だけでもしようかな、と提案をしてみる。

「昼ご飯…………」

 神様がそこにだけ食いつく。

「…………桜太、ラーメンはあるのか?」

「た、たしか、メニューにはあったと思うけど……」

 それを確認すると神様はおもむろに立ち上がって、

「よし、みんな、今すぐカラオケに向かうぞ!」

 神様だけ、先にえっさえっさと歩きだす。

 続いて、何事もなかったかのように山田さんもあとについていく。

 その後ろに広本さん。俺は遅れるようにカラオケをするためにカウンターに行く。


 お客さんがあまりいないせいか、カラオケもスムーズに注文ができた。

 案内された部屋は四人では無駄に広く感じてしまうほどの空間がある。

 一応あとでも延長は可能なのだが、二時間にしてもらっている。

「なあなあ桜太!」

「なに?」

「ラーメンはいつじゃ?」

「え? ええと、歌ってたらくるよ」

 食事も全部カウンターで済ませている。もちろん追加も可能。

 店員さんには「二十分ほどでお持ちいたします」とは言われてはいる。

「そうか、じゃあ、妾からやるぞ!」

 さっきまでのへこみからは考えられない、元気っぷりである。

「わ、わたしも一緒に歌っていいかな」

「あ、広本さん。ずるいですよ、私もデュエットしたいです」

 マイクは二本しかない。でも、

「じゃ、じゃあ……山田さんいいですよ」

 押しのしない広本さんはあっけなく引き下がり、座る。

「絢……なにもするでないぞ」

 神様があきれているような声で山田さんに目線を送る。

 悪意がない神様は人を避けることや怯えることもやはりないのだろうか。

 ということはやっぱり、さっきのは全ストをねらっていたから、へこんでいたということにしておこうかな。多分だけど。

「大丈夫です。充電は満タンになってますから」

「本当じゃろうな」

 神様は選曲をして、マシンに送信する。

 すぐに前置きの明るいメロディーが流れる。

「あ、この歌なら存じてます」

「ま、アニメの主題歌じゃからな」

 休みの日はテレビに釘づけになっている神様。

 この歌はたしか朝にやっている幼児向けの作品の主題歌だった気がする。

 神様は足で曲のリズムに乗る。

 山田さんも神様にあわせるように手拍子でやっている。

 画面に歌詞が表示され、二人が口元にマイクを近づけ、歌い始める。

「うわあ、音程はずれてる……」

 画面には音程グラフも一緒に表示される。

 赤線が神様。青線が山田さん。どっちもまったくあっていなかった。

「でも楽しそうにうたうね、二人」

 広本さんが店員に貸してもらったタンバリンで合いの手を入れながら、俺に言う。

「そ、そうだね」

 神様の子供のような高い声と山田さんの地声のままでうたう姿勢。

 うまく混じりもしないコラボレーション。

 俺は色で表すのならコントラスト。それを最後まで楽しんだ。


「ふう……どうじゃった?」

 満足している神様に聞かれる。

「うん、見事に下手だったよ」

 それを言われた神様は「なんじゃとー」と俺に迫ってくる。

「でも楽しそうにうたうな、神様は」

「それは褒めてるのか?」

「そう思っててください」

 神様は怪訝そうにしていたが、すぐにリモコンを手に取って、選曲し始める。

「またうたうのか?」

 神様は選曲に夢中になってしまって、聞こえていなかった。

「春島くん、広本さん、どうでした私の声?」

 今度は山田さんに聞かれる。

「わ、わたしは……個性的だと思ったよ」

「えっと……迫力があったよ」

 この感想に山田さんは「そうですか?」と言って、機嫌よさそうにしていた。

 俺は一息吐いて、ソファーに深く座ると、神様が、

「次は桜太と真子でデュエットをするがよい!」

「…………えっ……まてよ、勝手に決め……」

 俺は神様に詰め寄る。しかし――

「わたしは……いいよ……デュエットしよ」

「い、いいの?」

「せっかくのカラオケなんだし、その親睦会でもあるし……」

 神様は「ぽちっと」となんの歌を選曲したのか、知らないまま俺はマイクを握った。

「なんにしたんだ?」

「秘密じゃ」

 神様はニコニコしていた。

 画面には最近発売したアイドルの新曲のタイトルが表示される。

「俺、この歌の歌詞、知らないぞ」

「わたしもCMで聴くくらいだよ……」

「妾もよく知らん。評判がよかったみたいじゃったからの、それだけじゃ」

 神様はどうやら、知っているタイトルだけをいれていたみたいだった。

 と、とりあえず……。

 歌詞の通りに歌っていくことにした。

 原曲をほとんど聴いたことがない俺たちだ。当然、音程も抑揚もつけられない。

 人のことを言えないぐらい、自分ではっきりとわかる音痴さだった。

 思い通りの声が喉に突っかかっている感じがし、慣れてもいない腹に力をいれてみるが、無駄なあがきだった。

 普段やらないことはしないもんだ。うまく腹に力も入らず、喉先だけで声をだすことにした。

 横を見ると羞恥心からか、若干だが頬を赤くした広本さんが両手でマイクを持って、照れくさそうに一生懸命に歌っていた。

 初のおでかけ、初のカラオケ、初の女子とデュエット。

 俺もめげずに精一杯に悔いのないよう、うたうことにした。

 ガチャ、

「お先にドリンクをお持ちしました」

 カウンターにいた女性店員が入ってくる。

 俺は思わず気恥ずかしくなり、小声でうたう。

「おお、オレンジジュースはこっちじゃ」

「コーラは私です」

 店員さんが「すみません」と奥の席に座っている神様のところにジュースを置く。

「ラーメンはあとどれぐらいかかるんじゃ?」

「そうですね。あと少しだけおまちください」

 店員は「ではごゆっくりどうそ」と部屋をでていった時には、歌は終わった。

「か、カラオケあるあるだね……」

「本当にあるな……俺……最後歌ってない」

「わたしも……」

 機械採点は最低得点だった。

「どうじゃった?」

「うん。聴くより、やっぱりうたうのは難しいな」

「そこじゃないだろう?」

「ひ、広本さんと……歌ったこと?」

「そうじゃ、どうじゃった?」

「うーん。カラオケはまず初めてだし、それどころじゃなかったな……」

「それも……そうじゃな、まあよい。次は妾と真子でデュエットをするぞ!」

 神様の意図がよくわからない。でも俺と広本さんはお互いに恥ずかしさと異性との関わり、会話には躊躇がある。

 もちろん、神様や山田さんにも丸わかりなのだろう。

 俺としては、当初よりは広本さんと自然に話せるようにはなった。

 むしろ広本さんから俺と話せるように努力しているのが垣間見える感じだ。

 今までは同性でさえ、まともに話したことのない俺が異性と話せている、というのは、やっぱり…………神様のおかげ、だ。

「ええ⁉ また、わたしうたうの……」

 ドア付近に座る広本さんが少し、嫌がる。

「いいじゃろ~」

 神様からのデュエットの申し出を頑なに拒んでいるが、神様がグイグイとお願いするように手をあわせる。

「う、うん……」

 広本さんは押し負けたようだった。無理させてるのなら、俺は止めようとは思っていたが、表情を見るかぎり、そうでもなさそうだった。

 山田さんは突っかかる様子もなく、和むように見ているだけだった。

 神様がいれた歌は男性ボーカルの古くから愛されている歌だった。

「よく知ってるな、こういう歌」

「よし、今度こそ高得点をねらうぞ」

 神様がうたい、広本さんも控えめにうたう。

「楽しいですか?」

 右に座っている、山田さんが俺に話しかける。

 非常に珍しいことだった。

「え? ええ、もちろん楽しいですよ」

「そうですか。そういえば春島くんは、私のこと、どう思っていますか?」

 俺は意外な言動に戸惑った。

 山田さんの印象――――第一印象の入学式の挨拶こそ堅苦しいイメージがあった。お嬢様みたいな雰囲気で、礼儀や言葉使いが正しくて、近づきがたかった。

 でも、小さい女の子が大好きで、積極的で……。

「一言話せば、イメージを覆される人……ですかね……」

 それに対して、山田さんはなぜか嘆息する。

 なにか、まずいこと言ったのかな……。

「春島くん。あなた、控えめで当たり障りのない言葉を言えばいいと思っていますね?」

「…………」

 俺は黙ってしまった。図星だったからだ。

「さっきも私を気遣って嘘八百を言っておりました。なぜですか?」

「傷……つけたくないから……だよ……」

 山田さんは楽しそうにうたう神様を一回見る。そして俺に向き直る。

「私は、そんな人に見えますか?」

「そんな人っていうか、正直に下手くそ、とか言われて嬉しい人もいないと思うし……」

「そうかもしれません。私たちはまだみんな昨日今日の仲かもしれません。しかし、今日はこうして親睦会という形で遊びにきているのもまた事実です。違いますか?」

「でも……」

 俺は不安だった。もし本音を吐いて、嫌われることを、避けられることを、悪者扱いされることを。

 だから俺は……。

「私だけ……いいえ、ここにいる人なら春島くんの本心を受け容れてくれるはずですよ」

 山田さんは微笑む。いつもはアレな調子だから拍子抜けもしてしまう。

「努力は……してみる……」

 俺は改めることも必要なのかも、ここなら――

「桜太! 今度はどうじゃった?」

「……え、なにが?」

「妾の歌唱力じゃ。どうじゃった?」

 やばい、山田さんと話してて全然聴いてなかった。片隅でなんとなく、聴こえてはいたが、どうしよう……。

「うん……さっきよりよかった……気がする」

 神様が俺に顔を近づけてくる。

 完全に疑われている。冷や汗がでそうだ。

「さては、聴いてなかったな」

「…………はい、すみません」

「まあよい、それより料理もきたから食べるとするぞ」

 俺たちが話しているあいだに料理も並べられていた。

 どんだけ集中して話していたんだろ……。

 四人で囲んで食べる食事。

 俺はフライドポテトとたこ焼きとアメリカンドッグ。

 神様は塩ラーメン。

 広本さんはミートソーススパゲティ。

 山田さんはかつ丼を頼んでいた。

「では」とみんなで合掌して。

「「「「いただきます」」」」

 俺はアツアツのたこ焼きを冷やして、はふはふしながら口に運ぶ。

「塩も中々よいな」

「相変わらずだな」

 神様のラーメンをすする姿は見慣れたものだ。そりゃ毎晩だし。

「山田さんはなぜかつ丼?」

「ダメですか? 女の子がかつ丼を食べては」

「いや、好きなのかなって」

「好きですよ、元気がでますし」

「な、なるほど」

 俺から、神様を挟んでいる広本さんはフォークで丁寧にぐるぐるに巻いて、パクッと食べる。

「えっと広本さん……」

「な、なに?」

「ここに、ついてるよ、ソース」

 口元に赤いソースがついていた。それを指で教えてやる。

「へっ? あ……本当だ、ありがと……」

 広本さんは持参しているハンカチで口元を拭う。

「桜太、ポテトくれ」

「いいよ、勝手に取ってくれ」

 神様がポテトを三、四本持って、もぐもぐと味わう。

「春島くん。わたしも、ポテト……いいかな?」

「えっ、ああ、どうぞ」

 ポテトの皿を広本さんのところまでずらそうとすると、

「お先にもらいますね」

 山田さんが一本取る。

「まあいいけど」

「美味しいですね」

 山田さんがサクッとポテトを半分くらいかじって、述べる。

「じゃあ、わたしも……もらうね」

「どうぞ」

 俺はなくなったたこ焼きを片づけて、アメリカンドッグに付属していたケチャップをつけて食す。

 ひさしぶりに食べたが、美味いな。

 たいして量があったわけではなかったので、数分足らずで全員の料理はなくなった。

「美味しかったね」

「たまには、こういうのもいいですね」

 広本さんと山田さんが素朴な感想を言いあう。神様は次にうたう曲を選んでいた。

「じゃー」

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 食器などをドア付近に避けて、残り時間もいろんな組みあわせのデュエットをして、カラオケを楽しんだ。

 そのあとにビリヤードをやった。

 手慣れた人なんていないし、ルールにくわしい人もいない。

 なんとなくの玉突きゲームとして、一番落とした人が勝ちというルールでやったが、飽きてしまった。

 十分間くらいのビリヤードの次はダーツ。

 数メートル離れた場所から投げる。

 俺は力のいれ加減がわからず、的はずれを連発した。

 一人、五回やって点数を対決した。勝ったのは山田さんと僅差で広本さんだった。

 賞品としてジュースを設けた。もちろん俺持ちで。

 運動がてらとして卓球もやった。

 テニスと卓球は返す方法が似ているため、経験がある広本さんのワンマンゲームになってしまって、神様が、

「これは真子対、三人じゃな」

 と、むちゃぶりの提案にも、

「うん、いいよ、やってみようよ」

 と普通に認可してくれた。

 といったもののド素人が三人集まったところで歯がたたず、大敗。


 いろんな遊びをやった。広場にあった、壁時計を見ると残り時間はあと一時間ぐらいだった。

「なにやる?」

「ほかにやってないのとかあるかの?」

「それならば、パソコンしませんか?」

 山田さんが手をあわせて提案する。

「なにか調べるのか?」

「いいえ、べつにいろいろとできますよ、パソコンは。さっやりましょう」

 さっさとカウンターでルームキーを貸してもらって、パソコンルームで、四人囲んで、山田さんが操作するパソコンを覗きこむ。

「動画?」

 クリックしてアクセスしたサイトは、某有名な動画投稿サイトだった。

 山田さんが検索するキーワードを打ちこむ。

「なに観るんですか?」

「春島くんはわかってませんわね。このサイトといえばこれを観るに決まってます」

 ブラインドタッチでカタカタと鳴らして、『踊ってみた』と検索をかける。

 引っかかる動画は全部で万を軽く超えていた。

 再生回数も十万回を超えるものが多く。現在の自己主張の高さや話題性を物語る。

 自分を表現するためには、オーディションをひたすら受けるしかなかった昔と比べて、近年では、こうしてネットを通じて、日本に限らず、全世界共有でいろんな人に自分を評価してもらえる世の中になった。

 飛びぬけて注目を受ける人が事務所にスカウトされることもあるらしい。勇気のない、俺はすごいと感心する。

「なにか気になる動画があるんですか?」

「ええ、私のお気に入りの動画があるんです」

「へえー、うまいんですか?」

「いいえ、問題はそこではないんですよ、すごく……可愛いんです」

 なにかを察知するかのように左側にいた神様が少し動揺していた。

「へ、へえ……………」

 山田さんが見つけたようでクリックして、音量をだす。

 動画が流れ始まり、一般家庭の一室でどうやら自室みたいだ、背景にはハンガーにかけた服や机もあり、生活感があふれていた。

「ほら、でてきますよ」

 すると、一人の……やっぱりか、というか神様とあまり体型の変わらない女の子がお辞儀をしたあとにプレーヤーをいじって、歌を流して、振りつけのポーズを取る。

「ほえーこんな子が躍るんだね」

 広本さんが素直に驚いて、目を丸くしていた。

「これ以上に小さい子も踊りますよ」

 広本さんは「そ、そうなんだ」とこぼす。

 歌は大人気アイドルの振りつけの完コピみたいで、けっこうなキレのある踊りを見せる。

「普通にうまいですね」

「そこじゃないでしょ、春島くん」

「?」

 山田さんが画面に指をさす。

「この子スカートなんですよ、もし……もし……はあはあ……ぱんち……」

「それ以上はけっこうかもです……」

 俺は山田さんの続く言葉を妨害した。

 山田さんの両端に座る二人は「?」という顔をしていた。

 四分弱の動画が終わり、山田さんが「どうでしたか?」と尋ねる。

「うん。わたしには……できないかな……恥ずかしいし……」

「なんじゃ……妾に踊れと言っておるのか……?」

 神様はまだ心配していた。そういうことだったか。

 たしかに今の山田さんだったら、やりかねない。

「そんなことはしません。だって人気でたら困りますし」

「ならよかったのじゃ……」

 神様は胸をなでおろし、安堵した顔をする。

 山田さんのおすすめする、様々な動画を十本ほど観たところで時間になった。


「楽しかったね」

「そうですね」

「また来たいのー」

 三人は満面の笑みで店からでながら、駐輪場に向かう。

 神様は手間を省くために、俺の後ろにしがみついている。それを見かねた前方を走る山田さんが、時々こっちを見ていたが、今回は我慢したようだった。

 待ちあわせにもしていた、学校に着いたところで二人に別れをする。

「また四人で、遊びに行きたいね」

「これから、まだまだ色々なところに行けますよ、きっと」

「そうだな」

「KO部の活動はまだまだ序の口じゃ」

 みんなで「また遊ぼう」と約束を交わす。

 夕方になりかけの空をよそに。家まで十分もかからない距離なのに、後ろで神様は居眠りをかいていた、寝息が俺にはしっかり聞こえている。

よっぽど疲れてたのだろうから、俺はそのまま二階の神様の自室にあるベッドまで、お姫さまだっこでつれていき、毛布をかけて寝かせた。


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