二幕 新入
活動開始から三日目の放課後。
神様の教室内での近状はというと、徐々ともいわずに急成長するように注目の的になっていた。
なのに俺は……。と今は関係のないことだった。
とくに決まったことをする部ではないため、今は三人で議論中である。
「昨日決めた中から遊びを決めようかの」
神様がそう話を進めようとすると、引き戸をノックする音が聞こえた。
「入ってかまわんぞ」
神様がそう返事をすると「失礼します」と共に引き戸が開く。
ずいぶんと礼儀ができている言い方であった。
「突然すいませんが、生徒会会計の山田絢です」
えらい美人の人がこちらに一礼をしてからこっちに近づいてくる。
山田絢。身長は姉貴とほとんど変わらないくらいある。男の俺より高い。
たしか入学式のステージで挨拶をこなしていた時に周りの男子が騒ぐぐらいに生徒からの熱い評判と人望もある。
腰くらいまである黒髪をまたまたデカい黒リボンで後ろを束ねている。
トロンとした目と高校二年生には見えないナイスボディで男子人気はたしかだ。
そんな山田さんがいきなりこの部に訪問。なにかあるのか、と俺は静かに緊張していた。
「なにか用かの?」
「えー。じつはこの部の調査にきました」
「調査? それはこの部になにか問題があるからかの?」
「いえ、違います。潰しにとかではないんです。創設した部活には必ず最初に経費のために調査をするんです。ほら、これとかです」
山田さんは蛍光灯をさす。
「そういうことか、でーなにを調べるんじゃ?」
山田さんはノート片手にシャーペンを持つ。
「そうですね。ではこの部の目的はなんですか?」
「それは創設申請に書いたはずじゃが?」
「確認のためです」
神様は腕を組んでから答える。
「おもな内容は『神様である妾の知りたいこと、やりたいことを全力でする』じゃが、ほかにも『仲間を大切にする』『楽しいことを見つけられる場所にする』などもある」
こう神様は説明すると山田さんは、うんうんと頷きながら書きとめている。
つうか後半は俺も初耳なんだが……。
「でもそれは目標ではなく、決まりではないんですか?」
山田さんの返しに神様は腕の組みを解除する。
「うむ、どの部活にも必ず目標を定める必要は、妾はないと思うんじゃ」
「というと?」
「このKO部は傍から見れば遊び放題でだらけて、完全なる娯楽の部じゃと思われるじゃろうな」
「そうなりますね」
「でも内容を目に通す程度であらゆる部の良さも悪さも体験しないとわからない部もあるわけじゃ」
「そうかもしれませんね」
「じゃからな、この部の目標を決めるのは個人個人で違うと妾は考えておる。じゃから目的は妾の個人の見解で答えることはできない」
神様の少し長い説明が終わった。
必ずみんなが同じ目的や目標とは限らない。考えてみればそうなのかもしれない。
俺は、いったいどんな目標をみつけられるのだろう。
友達? …………うーん。
「可愛い…………」
「?」
今、山田さんの口が「可愛い」と動いたような……。俺に読唇術の心得はないから、たしかではないが……。
「事情はだいたい把握しました。ではこれを生徒会に報告しておきますね」
山田さんはノートを閉じてからまた一礼する。
そのあと山田さんは俺のほうを見て、
「えっと……」
「あ、春島……桜太……です」
俺は頭だけをぺこり、と下げて自己紹介を交わす。
「で、そちらが」
「わ、わたしは……広本真子と……言います……」
広本さんも途切れながら紹介する。
「部員は三人ですか」
「なにか問題でも……」
俺が恐る恐る聞く。
「なにもありませんが、最後にゲームしませんか?」
「ゲーム?」
俺が聞き返す。
「ルールは簡単です」
そう言うと山田さんはポケットに入っていた自前のトランプを取りだして、エースを三枚とジョーカーを一枚、手に持ち、
「一人ずつ引いてみんながエースを引き当てられれば、正式に公認します」
「失敗したら……どうなるんですか?」
広本さんが控えめに尋ねる。
「そうですね。神様でしたね。あなたは正真正銘の」
「そうじゃ」
「あなたは大変な秀才だと、先生方に伺っております」
「それがどうしたんじゃ?」
「あなたを生徒会にもらう。というのはどうでしょう?」
「で、でも、そんなことになったら、部活が……」
俺が山田さんに問い詰める。
「かけ持ちでかまいません。でも勝てばいいんですよ、ただ」
カードをシャッフルして俺たちの前にさしだす。
「わたし……どうしよう……」
先に広本さんが左端を選ぶ。
神様がそのとなりを、俺がまたそのとなりのカードを選ぶ。
「よし……引くぞ」
俺の合図と一緒にゆっくり抜き取り、こっちにひっくり返す。
「妾はエースじゃ」
「わたしもエース……だよ」
さて俺は……。
ごくりと唾液を飲む。
「…………やった」
記されたナンバーはエース。
「やったのじゃ! 妾たちの勝ちじゃ!」
「うん、こんなことってあるんだね」
二人は大いに喜びをあらわにする。
「あら、私の負け。のようですね」
山田さんは俺たちからトランプを回収して、ポケットにいれる。
「ではご協力ありがとうございます」
と、丁寧にぺこりと一礼を交わして立ち去った。
それにしても……俺たちはよく運よくエースを引けたな、と思ってくる。
「春島くん、どうしたの?」
広本さんが不思議そうな表情と心配そうに俺に声をかけてくる。
「え? いや…………俺たちよくエースだけ引けたなってさ……」
「それは、やっぱり……わたしたちの意地が勝った、ってことなんじゃないかな」
俺は一度だけ勝ち誇ってニコニコしている神様を見てから広本さんに言った。
「そう……だね、きっと」
……それから、十分後。
「ようし、では今度こそ議論を進めるのじゃ」
神様が改めて再開しようとするとまた、
「私も入部いたします!」
今度はノックもなしに突然、引き戸を乱暴に開けると共に大きな声で叫ぶ山田さんが立っていた。
「「「?」」」
当然のように俺たち三人は固まった。
「いいですか?」
山田さんが確認するように言うと、神様が我に返るようハッとなって返事をする。
「よく、わからん奴じゃな。入部する分にはかまわんぞ」
「本当ですか! ありがとうございます」
神様の元に駆け寄るとすぐに深く一礼する。
本当よく礼儀ができているな。と感心。
「あ、春島くん。よろしくお願いしますね」
俺のほうに振り向いて、また一礼。
「あ、ああ……うん、よろし、く……でも、生徒会はいいんですか?」
ガチガチに緊張していたが尋ねる。
「生徒会には許可は取ってありますからお気になさずに、あと私とも硬くならずに自然に接してくださってかまいませんからね」
そんな俺に山田さんは微笑む。
俺は「お、おう……」としか反応できなかった。
「そして、広本さんもよろしくお願いしますね」
「は、はい……よろしくお願いします……」
それだけを交わして広本さんは俯いてしまった。
山田さんはとくに気にもせずに、そのまま神様のほうに向き直る。
とその時――
「もう…………我慢できません!」
一声を発したとたんに神様をイスごと押し倒すように抱きついた。
「な、なんじゃ、いったいなんじゃお主は⁉」
頬ずりを強要する山田さんを必死に引き離そうと奮闘する神様。
その光景をただ呆然と眺めている俺と広本さん。
「おい! 見とらんで、助けてくれー」
俺は立ち上がって、二人のところに行くと。
「邪魔はさせません! あなたは……あなたは私がいただきます!」
山田さんが俺を獣でも睨むような眼で見てきて、俺は怯む。
猛攻を繰り返す二人。手がつけられなく、とりあえず山田さんの脇に手をいれて、羽交い絞めで引き離すよう心がける。
「山田さん!」
「こら早く放すのじゃ、く、苦しい……」
「なに……私たちの愛を……邪魔する気?」
山田さんが顔だけこちらに振り返る。
さっきまでの面とは、大きく違い邪気さえ感じられる。
「よし! 今じゃ、うりゃ――――」
神様が山田さんの顔を精一杯の力で押す。
その反動で後ろにいた俺まで山田さんと倒れて、俺は下敷きになった。
でもその反動で山田さんの理性は戻ったようで、
「あれ? 私、今まで……」
上半身を起こし、辺りをキョロキョロと見回し、神様を見る。
「どう……なさいました? 着衣が乱れて……」
心配するようによろよろと立ち上がって、神様に尋ねる。
なにやらさっきまでの記憶がないみたいだ。
「お主が……」
「え?」
「お主がやったんじゃろう!」
神様が着衣を整える。
俺も身体を起こして、立ち上がる。
「わ、私が? …………………………まあ覚えてますけどね」
「覚えておるのか?」
「もちろんです。二重人格なわけないです。ちゃんと自我で行動してますから」
「でも、なんで……」
俺が尋ねると、
「そりゃ、私がろり……ロリ好きだからに決まってます」
うわあ……この人、なんのためらいもなく、言ったな。
「ロリって……それは神様が小さい女の子みたいだったからって……こと?」
「みたいではく『だから』です。だって可愛いでしょ?」
「べつに悪いとは思ってはないが……」
それを冷静に聞いていた神様が口を開く。
「お主……絢はレズビアンなのか?」
うお……神様、そういう言葉も知ってたのか。まあ勉強してんだし、知ってるのが当然……なのかな。
あと、それとなく「絢」と呼び捨てですか。初対面でも呼び捨てにするのが、神様なりの認め方でもあるのだろうか。
「違います。恋愛対象は異性ですよ。興味があるのがロリっ子なんです」
山田さんが自分の性癖を明言しているが、よくわからない。
「なんか……大変そうな人が入部してきたね」
横の広本さんが俺に話しかけてくる。
「心配はないと思うけど……多分……」
「とりあえず今後、むやみに抱きつくではないぞ」
「約束はできませんが、頑張ってみます」
どうなんだろう、俺はこの人と仲よくできるか疑問である。
「お騒がせしましたが、改めましてよろしくお願いします」
深くお辞儀をして、こちらに微笑む。
筆記者 春島桜太
部員が一人増えた。これからもっと楽しくなりそうです。以上。