一幕 制作
次の日の放課後。
昨日と同様にKO部に三人は集まる。
広本さんは何事もなかったのか、とは言いがたいが俺に挨拶はしてくれた。だが、まだまだ俺と広本さんには溝がありそうだ。
そんな中、三つの机で三角形に並べて、会議のような雰囲気を作る。
昼休みのあいだに照明として、蛍光灯をつけてもらった。おかげさまで薄暗かった部室は明るくつつまれている。これで少しは、活動時間が長くできそうだ。
あと気になるのが、俺のイスがぐらぐらするのは、なぜだろうか。昨日のはどうもなかったのに。
まあ、耐えるとしよう。
「んで、なにするんだ?」
「うむ、今日は今後やっていく『遊び』を決めるのじゃ」
神様は腕組みをしながら言う。
「たとえば?」
「それはまかせる。できる範囲ならどんどん言ってきていいぞ」
神様はそう言いながら席を立ち、黒板の前に行き、短くなった白のチョークを片手に持つ。
ここは神様のしたいことをする部じゃなかったのか、と疑問はあるが好き勝手されるよりいいか、と俺は案をだすことにする。
「遊びだし…………かくれんぼ……とかそういうのか?」
「そうじゃ、そういうのじゃ」
低身長のため黒板の左下のほうに『かくれんぼ』と記入。
要するに最新じゃなくても、伝統的な遊びでもなんでもいいわけだ。
「真子もなにかないか?」
俺と神様に挨拶したあとから、一言もしゃべらない広本さんは肩をすくめてずっと聞いているだけだった。
「え、ええ……じ、じゃ……おにごっこ……」
神様にいきなり声をかけられてびくっとなり、控えめに発言する。
「えっと、おに……ごっこ、と」
腕を精一杯伸ばして、さっきの下に書く。
そういや、かくれんぼとかおにごっことか、やるとしたらいつ以来だろう。小学校でもやった記憶はないかもしれない。
「ほかにもないか?」
「けん玉なんてどうだ?」
「けん玉か。桜太はうまいのか?」
「いや、乗っけたこともないです……」
触ったのって、多分、爺ちゃん家にあるのを少しやったくらいなものだっけ。
「あの……早麻ちゃん」
広本さんが小さく挙手する。
「お! なにかあるのか?」
「うん。定番かどうかはわからないんだけど……」
「なんでもいいぞ」
「ケイドロ……とか」
それには神様は少し、頭を捻らせる素振りをする。
「それは三人じゃ無理じゃないか?」
これに対し広本さんも「そ、そうだった」と、小さくこぼす。
しかし、俺もかばうよう急いで発言した。
「か、缶けりはどうだ? さ、三人でもできるし……」
神様はとりあえず、『ケイドロ』と『缶けり』を黒板に書く。
「まあ、三人じゃ遊びの視野がかぎられてくるのう」
出かけたりする分とかには問題はない。でもチーム制のある遊びのほうが多いのは事実。たしかにできる範囲は狭いのかもしれない。
「よし、まあ遊びはこれくらいにして、次は行ってみたいところとかないか?」
神様は左半分とのあいだに線を引いて、右側に移動する。
「カラオケ……とか?」
「カラオケか。桜太はあるのか?」
「もちろん、ないよ……」
そこまでの友達もいなかったし、一人カラオケとかあるが、そんな勇気も、もちろん俺にはない。
「なら、今度行ってみようかの」
そろそろ真っ白になってきた神様の右手。比例するように神様の顔はにこやかだ。
そこに広本さんが「はい」と挙手する。
「はい、真子!」
「ぼ、ボーリングとかどうかな」
「ボーリングってあれかの、十本のピンを倒すやつかの?」
「そ、そうだよ。わたしやってみたいんだ」
「そうなのか。妾もやってみたいの」
神様は今の話だけで、もうウキウキしてそうに上半身を左右に揺らしていた。
「桜太もないか?」
「え、ならバッティングセンターかな」
「桜太、野球やったことあるのか?」
「な、ないよ……興味はあるけど……」
俺なんかさっきからダメージを受けている気がするな。なんでだろうか……。
「わ、わたし、夏になったらなんだけど、お祭りにも行きたいな」
広本さんが昨日とはなんか違って、積極的に発言する。
それなら……俺も、と定番を提案する。
「う、海とかもどうだ?」
それを聞いた神様があいた左手を口に当てて、
「お~桜太は、なんじゃ? 真子の水着でも見たいのか?」
「ち、ちが……そういう目的とかは一切ない……」
思わす立ち上がり、否定しながら広本さんのほうを見ると広本さんも俺を見ていた。
「ほ、本当に……やましい気持ちとか全然ないから、その……」
「……わかってるよ」
「えっ……」
「うん、春島くんはそういう人じゃないのは……わかってるよ……」
広本さんは俺から目線をはずしながらに理解してくれた。
「広本さん。あ、ありがと……」
俺は胸をなで下ろした。
「わたしの水着なんか見てもつまらないもんね……」
「え?」
「な、なんでもないよ」
広本さんが胸の前で手を振り、なにかをごまかす。
なにかごそっと言った気がしたんだが。気のせいかな……。
「さて、冗談はさておきじゃ」
「置くなよ」
「ほかにはもうないか?」
「神様はなにか要望はないのか?」
「妾か? じゃあ、全国のラーメン屋を――」
「却下しても、いいか?」
早めに止めたが神様はまだ続ける。
「まあまあ全部聞くがよい」
「いや、聞かなくてもわかるよ。あとどんだけラーメン好きになったんだよ」
「冗談じゃ」
神様はニコッと笑って、ごまかす。
冗談だったのか本気だったのかは定かではないけど。
「うーん。まだまだ案がほしいが、まあよいか」
黒板に書かれた案を見て、なにかを決心する。
「真子ので最後にしよう」
びしっと広本さんを指さす。
「ふえ⁉ わ、わたし?」
広本さんは、また驚くようにびくつく。
「そうじゃ。なにかないか?」
「え、えっと……ボーリング、カラオケもある。娯楽施設はどうかな?」
「おーっ! それはいい案じゃな」
神様はボーリング、カラオケ、バッティングセンターを丸で囲んで、娯楽施設とでかく書いてから、
「うむうむ、こんなもんじゃな」
黒板に下半分が埋まった提案に神様は満足していた。
チョークを置いて、手をぱんぱんと払ってから、自分の席に戻る。
「これからがとても楽しみじゃ」
俺と広本さんの顔を交互に見つめてニコッと笑う。
「そうだな」
「わたしも、楽しみだよ」
「うーん、その前に」
「どうした?」
「あと一人部員がほしいな」
さっきの話か。
そんな時、引き戸が開いて、
「あなたたち、ちょっといいかな?」
入ってきたのは顧問である小田先生だった。
「お! あの先生よ。頼みたいことがあるんじゃが……」
「神代さんごめんね。先にいいかな?」
「うむ」
小田先生は軽くコホンと咳をしてからしゃべり始める。
「強制ではないんだけど、部のポスターを作ってもらっていいかな」
そう言って一枚の大きな白い画用紙を机に置く。
「おーっ! それは好都合じゃ、今な部員の話をしてたところなんじゃ」
「それはよかったわ。では、悪いんだけど今日中にお願いね」
えっ……。
「じゃー先生、手芸部のほうがあるから」
用件だけ早急に済ますと小田先生はそそくさと教室からでて行った。
この学校は部活に関してはかなり寛容である。しかし、創設する条件として勧誘ポスターを作るか、しおりを作るのが条件であるのを忘れていた。
かなり簡単ではあるのだが、もちろん先生のOKも必要だから、適当に作るわけにはいかないのだ。
「今……提出期限が今日って、言ってたよな……」
「そうらしいな、ではさっそく取りかかろうじゃないか」
「マジかよ……」
神様はカバンをあさり、用意がいいようにノートと筆記用具に……。
「なんで、色えんぴつとか持ってんの?」
神様は32色入りの色えんぴつも取りだしてきた。
「必要じゃろ? 姉さんのおさがりを持ってきたんじゃ」
俺は「まあたしかに」とだけ答えて、自分も用意した。
「一人一枚ずつ下書きをして、選出したのをこっちに書こうじゃないか」
「早麻ちゃん。絵とかもいいかな?」
「もちろんいいぞ」
それを聞いて、広本さんは紙になにかを書きだした。
それなのに俺は発想力も乏しいし、画力もあるはずがない。小学校とかにある、夏休みの宿題に挙がる防犯ポスターや工作や自由研究。
俺はその類いに一度たりとも、賞とかにはとにかく無縁だ。
斬新な考えも思いつかないものだし、どうしようか。
神様のほうを見ると、神様もなにかアイデアが浮かんだようで、えんぴつを走らせている。
俺だけか……。と小さく溜め息。
「春島くんなにも書かないの?」
広本さんが筆を止めて、こっちを見ていた。
少し不思議そうに心配そうにもしていた。
「あ、う、うん……アイデアとか浮かばなくて……」
後ろ髪を少し乱暴にかく。
「そんなに…………難しく考えなくてもいいと思うよ……ここの……昨日感じた良いところをそのままに……書けばいいんだよ」
「……具体的には?」
「それは……わたしにも……よくわからない……でも。春島くんは昨日絶対ここの良いところを見つけてるはずだよ」
広本さんが微笑む。
初めてみる広本さんの笑みに胸がどきん、となる。
「そ、そうなの……かな、アドバイスありがと……」
「うん。お互いいいものを書こ」
広本さんは作業に戻る。
昨日、感じたものか。
シャーペンを握り、再び二人を見る。それから紙に向きあう。
おぼつかない字、迷いのある字、自信のない字、それがいやなぐらいに合わさる。
書いては消す。何回も何回も繰り返す。
うまく表現できない、もどかしい、頭がモヤモヤする。
イメージはあやふやだが、できてきている。
それを紙に写すことを拒むように想いに重さを感じる。
「やっぱり……俺には無理だったな…………」
二人に気づかれないように小さく呟いた。
「桜太」
俺はびっくりした。聞こえていたのか? と神様のほうを急いで見やる。
しかし、神様は筆を止めず、下を向いたまましゃべる。
「深く考えてはいかんぞ。今ある、ありのまま、自分の伝えられる範囲でいい。それを紙に乗せればいいんじゃ」
「…………うん……ありがと」
お礼は俺の独り言になっていたのかもしれない。
二人からも励ましの言葉を俺はもらった。すごい恵まれているのかもしれない。
もちろん甘えるなんてことはしない。だから――
「やるだけやって、できるところまででいいから完成……させるか」
一回気分を落ち着かせるために大きめの深呼吸をする。
また二人の顔を見る。真剣な目つき。
「よし」
正直で純粋で偽りのない自分の言葉を選ぶ。
さっきまでとは違い、悩まない、煮詰まらずに書けた。
開始されて十分程度で書き上がった。
「で、できた……」
「うむ、お疲れ様じゃ」
「できたみたいだね」
すでに完成していた二人は、静かに俺の完成をまってくれていたみたいだ。
「よーし、発表するのじゃ」
神様のかけ声で三人一斉に「せえの」でみんなに見えるように紙を上げる。
「おっ! 桜太のは中々いいの」
「うん、わたしもそう思うよ」
「そ、そう?」
神様の作品はでっかい字で『集え! 選ばれしKO部員よ!』とゴシック字で書かれていた。
あと細かい活動内容と、その下にトランプとけん玉の絵を描いていた。
「神様のほうがいいと思うが?」
「自信作じゃ!」
神様は鼻をフンと鳴らして、自慢げにする。
広本さんのは……と見る。
「わたしは……自信ないな……」
本人同様に控えめに書かれた『放課後を楽しく過ごしませんか?』といかにも女の子みたいな字であるところがなんかいい。
絵の感じは神様と一緒で空白ペースを補うかのようにブランコやすべり台を描かれていた。
「俺より、断然いいと思うけどな……」
「そ、そんなこと……ないよ、絶対……」
広本さんは紙で顔を隠す。
俺はやはり広本さんとの会話は当分慣れないな、と思う。
「妾はやはり桜太のがいいな」
「わ、わたしも、賛成かな」
神様と顔を隠したままの広本さんが俺の作品を推してくる。
「そんなに……いい?」
「うむ! 一番イメージにぴったりじゃ」
「わたしも……そう思う」
俺はいいのか、と悩む。でも二人は俺の作品を認めている。
「じゃ……お言葉に甘えていいのかな」
「では、さっそく清書に取りかかろうかの」
三人で俺のアイデアを部分で決めて書く。
色えんぴつを使った神様の色彩力の高さ。シャーペンと定規だけ使ったとは思えない広本さんのデザイン力。
俺は文字や絵の位置だけ決めて、補助だけやった感じだった。
そんなこんなで、あっという間に完成もさせて、手芸部にいる先生に見せて一発OKをもらった。
そのあと、すぐさま職員室前にある部活動専用掲示板に画鋲で固定して張った。
「部員来るのか?」
「来るか、来ないかではないぞ。楽しいか、じゃぞ」
「そ、そうだな」
『自分の新しい居場所を見つけませんか? KO部はあなたを大歓迎します』