二幕 部活
俺の眼が赤く充血していても気づく生徒も先生もいない。
朝、髪がぼさぼさでも制服が着崩れていてもツッコム者もいない。
五限目の終了のチャイムが鳴り、帰りの用意をする者から部活に向かう者もいる。
移動授業なども今日はとくになく、午後は何事もなく今に至る。
学校中のみんなが思い思いの放課後を過ごす瞬間。
俺は当然のごとく帰宅部。だからといって寄り道をするほどの用事もない、まっすぐ家に帰ることになるわけで。
「今からヒマか?」
帰りの支度をする俺の頭上から、不意に聞き覚えのある子供のような色のある声がする。
教科書を詰めこむ手を止めて、顔を上げる。そこには笑顔だが、なにか言いたげな表情を浮かべている神様が立っていた。
「ヒマではある。でも……」
「わかっておる。桜太の言いたいことはわかっておるぞ!」
机をバン、と叩き、俺の言葉を遮る。
となりの花野さんがこっちを見る。
でも気にせずにそのまま、内山さんとしゃべりながら帰っていった。
「桜太どうしたんじゃ?」
「い、いや……なんでもない」
俺も仲間……にされたのかな……。
いや! 間違ってない。絶対に。これでいいんだ、きっと。
「ところで……」
神様が俺を見つめる。
「な、なに……」
「どうして眼が赤いんじゃ?」
「えっ……ああ、多分……あれだ、眠くて眼をこすってたからだと思う。い、今は平気だから心配するな」
挙動不審な俺にあまり催促はしないようで「そうか」と言って話を進める。
「それはさておきじゃ。桜太についてきてほしいところがあるんじゃ」
「な、どこに?」
「ついてくればわかる」
そう言って神様は俺の腕を掴み、強引に引っ張り、教室から連れだされる。
「ど、どこに行くんだ?」
「着いてからのお楽しみじゃ」
俺のほうに振り返り、無邪気に笑う。
周りの生徒から「なにあれー可愛い」「青春してんなー」とか温かいような目線を食らいながら、なすがままになっておくことにした。
この学校の校舎は三つに縦並びに建てられている。
数十年前までは二千人を超える生徒がいたらしいが、近年の少子化に伴い、生徒数も減少し、今ではC棟の校舎だけが部活専用になったらしい。
A棟、B棟は数年前に改良してキレイなコンクリートの三階建ての校舎に対し、C棟だけ木造の二階校舎なのだが、部活専用だから手を抜いたのか、建築費が足らなかったか、どうでもいい。でも生徒からは風情があると言う人もいる。
で、B棟(一年生はA棟の二階)を通り抜け、C棟だけは一階からしか行くことができなく、まず階段を下りて、そのままC棟の二階まで連れてこられた。
「い……いきなり……なんだよ……こんなところまで」
両者共に急に走ったためか、疲れて息が上がる。
「ぶ、部活を創ったんじゃ」
「……部活? なんで?」
「そんなの理由は…………一つしかあるまい」
部室であろう東側、南方向にある一番奥の教室に入る。
空気があっちのコンクリートの教室とは違い檜の匂いがする。後ろには、がれきのように積み重ねられた机とイス。東側のためか日差しの入りが一切なく、薄暗い。
すっと神様が教室の真ん中で立ち止まり、こちらに振り返り、さっきの続きを言う。
「学校をより一層楽しむためじゃ」
この前みたいな予想外な発言ではなく、純粋なものだった。
「楽しむため……か」
俺を楽しませてくれ、と頼んだのはまぎれもなく俺だ。
「うむ」
「でも今日、申請したのなら今から活動はできない、はずだが」
学校規定で部活新設は申請しても、早くて一日以上はかかる。今日、転入してきた神様が――
「それなら問題ない」
神様が迷うことなく断言する。
「昼休みに受理されたと、先生に言われたぞ」
「えっ? でも今日……」
「おっ! もう一人の部員が来たようじゃ」
俺の言葉を遮り、神様が引き戸のほうを見る。
廊下から早足のような音がここまで聞こえてくる。
「もう一人いるのか?」
「うむ、妾に協力してくれたんじゃ」
誰だろう、と考えていると引き戸が勢いよくガラッと開いて、
「お、おまたせ……」
息を切らして、入ってきたのは、クラスメートの広本さんだった。
広本真子。スレンダーで身長は一六〇センチくらいだろうか。女子としては高いほうなのだろう。
黒髪を二つ結びにして、それを肩に下げていて、小顔に可愛い印象になりかねないクリっとした目、魅力のある桜色のくちびる。
席は俺の反対の廊下側だから帰り際に、よく女子と話しているところを見るため、知らないわけがない。
「おー、まってたぞ」
「ごめんね。日直だったから」
申しわけなさそうに謝る広本さんが俺に気づくと「こんにちは……」と挨拶をされたので「こ、こんに……ちは」とぺこりと返す俺。
「でな、いきなりで悪いんじゃがな」
神様が広本さんをかがませて、耳打ちでなにかを言っている。
俺はそれが終わるまで、まつこと二分と数秒。
「じゃあ、よろしく頼むぞ」
終わったようで広本さんは「うん……」と呟く。
そして俺のほうに歩み寄ってくる。
「……えっと……その……」
「と、とりあえず……座らない? そっちの、ほうがいいだろうし……」
俺も冷静を装いながら促す。
「え……うん……」
「かみさ……いや、神代さんも……」
「あ……事情なら、わたしはもう知ってるからいつも通り遠慮しなくていいよ……」
思わず俺も「そ、そうなのか」と、はははと愛想笑いがでる。
とりあえず神様共々、イスに腰かけ、二つの机に神様と広本さんが向かいあわせに、その真ん中に俺が座る。
「じゃ、改めて真子、頼むぞ」
「うん、とね、早麻ちゃんに初めて会ったのが、三日前……のことなんだけど」
ぎこちない口調と俺のほうを見ず、下を向いて話を始める。
つうか、お互いに「真子」と「早麻ちゃん」とか親しげなんだな。
広本さんの「早麻ちゃん」は神様のさまの部分を呼んでいるのかな。
「その時にね、頼まれたの『部活の創設をしてくれんか』って」
「えっと、神様と……どこで会ったんですか?」
なぜか敬語になってしまうほどに緊張してしまっていた。
「朝の通学中……だよ」
話を聞いて、一旦、神様に尋ねる。
間が持たないのもあるが……。
「無理に頼んでないよな?」
「そんな、ことないよ」
先に答えたのは広本さんだった。
「えっと…………本当に無理……させてない?」
広本さんはコクンと頷く。
「本当だよ。わたしも……賛成したから……もちろん始めから信じたわけじゃないよ。でも真剣に話す早麻ちゃんを見ていたら、信じて……みることにしたんだ。あと…………きっと、楽しい部活になると思ったから」
心の底から俺の頭と心に響いた言葉だった。
だって、俺と信じる理由が同じだったから。
広本さんはそれを言うとさらに俯いてしまった。
「その……疑ってたわけじゃないんだけど、とりあえず……ごめん……それと、ありがと」
俺は謝罪をして、よくわからないが一礼をしていた。
「いいよいいよ、気にしてないから……」
「あははは……」
俺は返す言葉が見つからず、また愛想笑いをした。
女子との接点なんて皆無の俺としては頑張ったほうだ。
そこにさっきから見ているだけの神様が、
「まるで恋人みたいに初々しいの~」
にやにやしていた。
「こ、恋人って…………その……初めて話したわけだし」
冷やかす神様に慌てふためく。
「まあまあ、気にしなくていいぞ」
きりがない気がする。
俺は嘆息してから一回深呼吸をする。
「ひ、広本さんは、どこまで俺たちのこと……知ってる?」
「えっ? わ、わたしが知ってるのは、早麻ちゃんが正真正銘の神様なことと……二人が同じ家に住んでること……かな」
ほぼ全部だった……。
「じゃあ……広本さんに俺から話すことはないってことか」
「そ、そうだね……」
そこで俺は聞き忘れていたことを神様に尋ねた。
「そういえば、ここは何部……なんだ?」
「おー。そういえば言ってなかったな、なら発表しよう」
神様は蒼い目をキランとさせて、立ち上がる素振りでイスを乱暴に後ろにやり、発言する。
「KO部じゃ!」
「軽音部?」
バンドでもやるのか?
「違うぞ! ケーオー部、神様オタク部。どうじゃ?」
なんか痛々しいような……あと妙に宗教臭もぷんぷんするような。
「どうじゃ、といわれても……なにするの?」
「内容はな、妾が疑問に思ったこと、やってみたいことなどを解決してくれる部じゃ!」
神様が自信満々に説明してくれているが、ますますわからん。
「よう申請通ったな、それで」
規則が甘い学校ではあるんだが、そこまでとは……。
「あと、桜太の分の部活加入申請は真子にだしてもらったから、手間はないぞ」
「いやいや勝手にだすなよ」
「大丈夫じゃから、後悔もさせん」
「そうじゃなくてだな……」
淡々と自己ペースで進めていく神様に少しばかり、呑みこまれていっている気がする。
そこに――
「春島くんは……いや? 入部……するの……?」
広本さんがクリっとした目をうるうるさせて、悲しい表情を浮かばせて、俯いていた。
「いや、あの、その…………べつにそういうわけでないけど……」
広本さんに話しかけられるたびに胸の鼓動がドクンドクン、と速くなる。
「ならいいのか!」
神様を見ると俺をキラキラしたまなざしで見ていた。
広本さんも顔を上げて、俺のほうを見ている。
「……いいよ。どうせ放課後ヒマだし」
それを聞いた神様が人差し指を突き上げて宣言する。
「ようし! KO部活動開始じゃ!」
神様が創った(創設したのは広本さん)部活。そこに俺も気づかぬうちに、入部していた。
神様がやる部活だ。後悔はしない。むしろ期待している。きっと楽しいはずだ。
さて、また一つ俺の青春が動きだした気がした。
「というわけで、さっそく今から活動開始なんじゃが、まず初日にする内容は――これじゃ!」
カバンに手を突っこみ、取りだしてきて、それをドンっと机の真ん中に置く。
「トランプか。懐かしい」
たしか小学校以来だった記憶がある。
「わたしもひさしぶりかな」
「えっと、なんのゲームをするんだ?」
「ふふふ。無論、いろんなゲームをするぞ。時間のある限りに」
この教室の時計は取りはずされていて時間がわからない。仕方なくケータイの時間を見ると三時半だった。
「希望がないようじゃな。ならばババ抜きをしよう」
「広本さんも……それでいい?」
「わ、わたしは……なんでもいいよ」
あたふたして、手を胸の前で振る。
「でも、わたし……弱い……よ?」
「弱くてもかまわんぞ! 勝敗は関係ないのじゃ。必要なのは楽しいかだけじゃからな」
「そ、そうだね。早麻ちゃん」と広本さんが神様にニコッと笑う。
俺はトランプを手に取ってシャッフル役を勝手にやる。
それを平等に配ってスタートする。
「えっと……は、はじめるぞ」
それから十分後。
早々にアガってしまった俺は、黙って二人の勝負がつくのをまっている。
あれこれ何ターンが経過しただろう。
まだ一回戦も終わらず、ずーっと二人の引きあいが続いている。
引くたびお互いに「まただよ……(じゃ)」と言っている感じ。
引き運に良い悪いのよし味なんてあるのか? と疑問に思っていたが、これは逆にすごい戦いだ。
らちがあかないので、
「その……まだですか?」
二人の視界の真ん中で言ってみた。
「次、早麻ちゃんだよ」
「まかせろ! これで決めてやるのじゃ! おりゃ!」
シュッとカードを抜いて、カードを確認する。
「あ~」
「アガったのじゃ!」
「ま、負けたー」
神様は歓喜して、広本さんはがっくりする。
そこでまっているあいだにいろいろと考えていた俺が切りだす。
「えっと、べつのにしない?」
毎回こういう感じになっても時間がおしいし、早々に次にいったほうがよさそうな気もする。
「ほかにどんなゲームがあるんじゃ?」
神様が俺と広本さんの顔を交互に見る。
「じゃー順番に」
「真子もそれでいいか?」
「う、うん……おまかせするよ」
一致したところで、そのあとに大富豪、七並べ、ダウト、ブラックジャック、ポーカーなどといろいろ遊んでみたんだが……。
結果はいつも俺、神様、広本さんの順位であることが多く、たまに変化があるとしたら神様と広本さんが入れ替わるぐらい。
勝敗はたしかにこだわっているわけではないが、先が見える戦いというのも、また俺としては代わり映えがほしいところである。
特別、俺がゲームに強いのではなく、二人が弱い(?)ということもないのだろう。よくわからないけど、自分の手札も大富豪では2のカードはなかったし、ポーカーもツーカードで勝てた。
本当によく理解しがたい。
「なら次は神経衰弱……でもしようか」
「よーし、次こそは負けないのじゃ!」
無駄に意気込む神様を横目にシャッフルする俺。
なんとなく広本さんを見ると俯くことなく、目線は斜め上を見ていた。
「えっと……広本さん……?」
「ふえ⁉ な、なに?」
「い、いや……なんか、さっきと雰囲気が変わったような……って思って」
「そ、そんなこと……ないよ! うん、ないよ」
気のせいかもしれない。
でもさっき静かな闘志を感じられたような……。
完全なシャッフル役に定着した俺が机にバラバラに並べ終えたところで神経衰弱がスタートする。
……………………。
「つ、強い……」
思わずこぼれた感想がそれだった。
神経衰弱を始めて、五回目に俺は確信した。
最初はまぐれと偶然が重なったかと思っていた。
勝ちに酔っていた自分に反省する。
「真子よ。神経衰弱は得意なのか?」
「うん、わたし……これだけは今まで誰にも負けたことがないんだ、自分でも理由はわからないんだけどね」
「ほう、コツとかあったら教えてくれんか?」
「コツは……とくにないんだけど、いつの間にかマークの位置とかを覚えているんだ」
「ほう、それはすごい才能じゃのー」
素直に感心する神様。
二人の会話を邪魔したいわけではないんだが、後続を聞く。
「六回目……する?」
聞く前に時計を確認すると四時半をすぎていた。もう一時間以上トランプをしている計算になる。
日差しの入りが悪いこの教室。俺らを照らす夕日はわずかでそろそろ視界が悪くなる。
「そうじゃな、ほかに新たなゲームはないかの?」
神様が案を求める。
そこに挙手して、発言する広本さん。
「な、ならわたしの知ってるゲームがあるんだけど……どうかな?」
「おーなんじゃなんじゃ?」
「そ、その『ピエロのこし』ていうわたしのお姉ちゃんが考えたゲームなんだけど……どうかなって」
俺は「へぇー」と関心する中、神様が「それはどんなゲームなんじゃ?」と広本さんに顔をぐいっと近づかせる。
「ならルール説明するね」
広本さんが口と手振りで実践して教えてもらう。
ルールは至ってカンタンなもので、一言でたとえればジジ抜きに近い。
それの改良版らしく、ルールはこうである。
・ジョーカーは不要。
・一枚だけ、見らずにどかす。
・最後まで残った人の勝ち。
・引いた人は手札をすべて全員に見せて、揃っていたら捨てる。
聞いた感じだといわゆる逆ゲーである。
残った人を負けにせず、勝者にする逆転ゲーム。
たしかにこれなら、ポーカーフェイスが苦手な人でも今までの負けるが、勝てる可能性になるわけだ。
「ど、どうかな……」
広本さんが心配そうにもじもじしながら、俺と神様に感想を聞く。
「俺は好きだな、広本さんのお姉さんの想いがこめられていると思うし」
「妾も異論はない! さて暗くなる前にさっさと始めるぞ!」
もう何回目か、なんて数えてはいないシャッフルをして、ルール通り進めていく。
「真子の姉さんはどんな人なんじゃ?」
神様がカードを手に取りながら尋ねる。
「わたしのお姉ちゃんは、すごい……優しくて、理想で小さいころから憧れてて、このゲームだって『これなら真子でも勝てるでしょ?』って即興で作ってくれたんだ……」
理想の……か……。
「いいよな……そういうのって」
「え?」
「あ……えっと……俺にも姉貴が一人いるんだけど、歳が七つも離れてるせいか、小さい時から遊んでもらった記憶がないんだ、だから少し……羨ましくてさ……ははは」
俺は照れくさくて後ろ髪をガリガリかく。
広本さんも愛想笑いかはわからないが、共に小さく笑う。
距離……少しは……縮まったかな……。
「妾から振っといてなんじゃが、まだかの?」
両肘をついて、ヒマそうに神様がしていた。あとなぜだがニヤニヤしていた。
「あ、ごめん。ならやってみようか」
逸れていた道を修正して改めて『ピエロのこし』を試してみる。
順番はさっきしたババ抜きと逆になり俺が広本さんの手札を引く順番になった。
なんかドキドキが激しくなってきた……。
とはいえ広本さんはというと、気合いが入っていた。
「よし、負けないよ」
ガッツポーズを両こぶしで作る。
そりゃお姉さんが作ったゲームだ。そうそう負けたくはないはず。
「じゃあ、スタートだな」
開始して三周目に入り、俺の手札はすでに二枚になっていた。
それに対して、神様は五枚、広本さんは四枚とずいぶん有利にことを進めている。
「次……春島くんが引く番だよ」
「あ、そうだね」
広本さんがさしだす。
俺は悩むわけでもなく、右から二番目のカードに手を伸ばす。
「あ……」
「えっ……ああ、ごめん!」
「う、うん……」
俺の手が広本さんの指に触れる。
反射的に謝ってしまう。
そこに、
「ほうほう、青春ですなー」
神様が近所のおばあちゃんみたいな口調で言う。
なぜか俺も広本さんも言い返さず、黙りこんでしまう。
というより怒りより恥ずかしさが、まさってしまっていた。
「冷やかした妾が言うのもなんじゃが、はよせんと日が暮れるぞ?」
数分の沈黙の中、神様が言う。
「そ、そそ、そうだな……」
「う、うん、じゃあ次わたしだね」
一本の指に触れた瞬間――俺は身体に電撃でも流れたかのような衝動に襲われた。
女性に触れたことがないわけではないが、神様とはまた違う感触。
言葉に言い表すことのできないむしゃくしゃするくすぐったい感情。
「じゃあ真子の番じゃ」
「あっ……揃っちゃった」
たかがトランプ、されどトランプ、誰かの言葉かな。べつに負けたって勝ったってなにもない。
あくまでも遊び。誰としたって全部同じ。なにも変わらない。
そんなわけ…………ない――。
俺は今、このメンバーだから味があってゆるみがあって心が温まって。
時間? 友達? 関係ない――ここにいる神様や広本さん。これから新たに入部してくるかはわからない。でも、もし新しい部員が増えるとしたら俺は――
そいつとも遊びたい。
「おーい? 桜太ー聞こえてるかー?」
「え? ああ、ごめん、ぼーっとしてた」
神様に手札をさしだす。
「よし! まだ五枚じゃぞ」
ぴょんとお尻を浮かし、嬉しそうにする。
俺は広本さんから引くと揃い、実質一枚になり、神様に引かれて抜けてしまった。
「初のビリか、でも……いいか」
「お? 桜太負け惜しみかの?」
「違うよ……」
広本さんの言うとおり、負けにこだわらず、勝ちに喜びを味わえるゲームのほうが楽しいし、なにより面白い。
でもやっぱり意外とこのメンバーになったから今は、この瞬間が楽しいのかもしれない。
教室内にはもう日が差さなくなるこの時間帯。
ケータイの時計を見ると五時になっていた。
「もうそんな時間なのか、なら今日はこれで解散じゃな」
「そうだな、照明は明日にでも、つけてもらうとするか」
「た、楽しかったね」
広本さんが感想を述べる。
「そうじゃな、よしまた明日もやるぞ」
「えっと、じゃあ、わたしは先に帰るね」
「うむ、また明日なのじゃ」
机の横にあるフックにかけていたカバンを持つと、少し慌てたように広本さんは帰っていった。
また明日、と言えなかったな、となんだか後悔する俺。
「俺たちも帰ろうか」
「おっと、その前に桜太にこれをまかせるのじゃ」
カバンを腕と脇に挟み立ちあがった俺に、神様がカバンからごそごそとなにかを取りだす。
「なんだ、これ?」
A4サイズの大学ノートを一冊、俺に渡される。
「活動日誌じゃ」
「俺が書くのか?」
「大丈夫じゃ、月一で顧問に提出すればいいだけじゃから」
「あれ? そういえば、顧問誰なんだ?」
「小田先生じゃ」
「小田先生って、たしか……手芸部の顧問もやってたはずだが」
「かけ持ちしてくれた。その代わりたまにしか顔はださないことが条件じゃったがな」
それならまだ他の先生に頼めばいいのに、といってもとくに目立つことをする部でもないし、いいのか。
「わかった。でも短文になるぞ」
「それでかまわんぞ」
ノートには『KO部活動記録』と油性マジックで書かれていた。
ノートは自分のカバンにいれておく。
「よし帰るのじゃ」
「そうだな」