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終幕 神様と

 急ぎ足できちんと履けていないクツなんかに目も暮れずに、俺は外に飛びだした。雨がぱらぱら降ってきていた。傘を差す暇などない。そのまま駆け足で神様の記された場所に向かった。

 五分も走っていないだろう。

 運動不足の俺が目的の場所まで体力が持つはずもなく足が途中でへとへとになる。前かがみになり、肩で息をする。

「はぁ……はぁ……」

 雨足も強くなってきて、雨が俺の首筋から髪の毛に入ってくる。

 期待していた。そこに行けば神様がいるんじゃないか。まってるんじゃないか。ってそんなことだけが脳内を侵していた。

 真子ちゃんに四人でトランプしよう。とかカッコつけた結果がこれじゃ情けない。

 ……………………………………。

 ……………………。

 ……。

 ?

 急に雨が当たらなくなった。変に思った俺は顔を上げる。

「なにやってるの? 風邪、引くよ?」「雨、降ってますよ。桜太くん」

 真子ちゃん。絢さんが心配そうに立っていた。

 真子ちゃんが、俺を傘の中にいれてくれていた。

「ははは……俺、情けないな……もし行っていなかったら……とか考えたら、怖くなって足がすくんで。震えて。立てなくなっちまった……」

 真子ちゃんと絢さんが俺の両肩を持ってかかえてくれる。

「桜太くん。で、答えの場所はどこなんですか?」

「うん。どこなの、桜太くん」

「……え」

「私、見たんです。CDケースの中身」

「わたしも。手紙、読んじゃった」

「でも昨日は……」

「気にしたら負けです。桜太くん」

「そ、そうだよ!」

 俺は二人の肩を借りて、答えの場所に三人で歩んでいった。




 神様が転入してきた日。連れてきた川原に着く。

「ここだったんですね」

「うん。神様と一回だけ来て、夕日を眺めたんだ」

「へぇーたしかにここからの景色はキレイですよね。私もたまに見ます」

「そうなんだ。桜太くん、わたしも見てみたいな」

 雨に濡れた草むらに俺は気にせずにお尻をつけて座る。

「あら。なら私も」

「わたしだけ……立ってたら変だよね」

 左に絢さん。右に真子ちゃんが俺を挟んで座る。

「スカート、濡れるよ」

「お気になさらずに」

 真子ちゃんも右側で一緒に頷いていた。

「べつに俺一人でもいいよ。風邪引くかもしれないし」

「桜太くん。私と真子さんはべつに桜太くんのためだけではありませんよ」

「そうだよ。わたしたちも純粋に早麻ちゃんともう一度遊びたいだけだよ」

 俺はわかっているつもりだったのに、今もう一度だけ再確認をさせられたのかもしれない。そんな気持ちになっていた。

 絢さんは傘の端から覗く空を見て、

「雨が上がるまでのあいだ。私の話でも聞きませんか?」

「どんな……話ですか?」

「私と神様が出会った時の話。どうですか?」

「あ、わたし聞きたい」

 真子ちゃんは手を胸元に持っていき、興味を湧かせている。俺は返事をせずに、次をまっていた。

 絢さんは目をつぶって、深呼吸をしてから語る。

「私は小学校のころからずっと生徒会に携わっています。一度だってイヤだとか。投げだしたいと思ったこともないほど。私は一種の仕事人間だったのです。家に帰っても勉強、勉強ばかりで、妹のアスの相手をしていられる暇なんて一切ないほどに。それでも私は今だけ、今だけと、自分に念じ続けていました」

 俺はこの話に違和感を覚えた。初めて聞く絢さんの事情。でも俺はこういう同じ話を知っている気がした。

 多分……アスちゃんが俺として、絢さんが姉貴の状況と一緒だからだ。

「えっと、絢ちゃん、妹いたんだね」

「ええ、とても愛らしい、私が守ってあげたい、そのために私は、勉学に励んだんですもの」

 真子ちゃんは「今度わたし、会いたいな」と絢さんに言うと「ぜひ、遊びにきてください」と返した。

 それで、また絢さんは続きを話す。

「私が勉学に励むようになった理由は、アスが生まれる前に父が浮気をしてワタシ共々、母に女手一つで育てられました。厳しい母でワタシは幼少期からそれなりに母に期待されて育てられていた。でも、アスは間逆でよく母に叱られてばっかりでワタシも見てられないほどでした。その結果…………」

 俺は昨日、アスちゃんと会った、話だってした。笑う顔だって見た。

「ノイローゼになって、母に会うことを拒絶しだしたんです」

「昨日の……アスちゃんからは想像できない……どうしたんだよ」

「母はずっと、なんでよ、なんでよ……、と言っていました。次はそんな、母が逆に拒食症を発症してしまいました」

 普段の絢さんからは想像できない壮絶な過去。そんな過去を絢さんは顔色一つ変えずに話していた。

 横に座る真子ちゃんは口を押さえている。

「それが中二の時でした。だから、ワタシは勉強をして立派な人になろうと必死になったんです。でも…………そんな時に神様と出会ったんですよ」

 絢さんは微笑みかけていた。その笑顔は、きっと俺たちしか知らない、また絢さんのもう一つの笑顔。

 俺は「続き聞きたい」と真子ちゃんも「どんな出会いなの?」と、胸を踊らせる子供のような気持ちになった。

 神様の武勇伝のような話。俺はまだまだ神様を知りたかった。

「真子さんが部活の新設申請をだす前日の帰りでした。校門前にて声をかけられました。『お主どうしたんじゃ? ずいぶんと硬い顔をしておるの、よし! そんなお主にアドバイスじゃ』って、見てみたらアスと寸分変わらない女の子だから、余計に驚きました」

 絢さんは「ふふ」と笑う。おかしい話でしょ、とでも言いたそうだった。

「わたしも早麻ちゃんに『部活を創って、遊ぼう』と元気をもらったんだよ。他の人に話せばきっとバカバカしい話になっちゃうんだろうね。でも、わたしは勇気をもらったよ」

「そうなんですか、素敵です。そういえば、桜太くんの、神様と会った時のこと、私聞きたいです」

「えっ? それより絢さんアドバイスなにされ……」

「あとでもいいでしょ、それより私聞きたいですねぇー」

 絢さんが俺に身体を寄せてくる。

「わたしも聞きたいな、桜太くんと神様のこと」

 真子ちゃんのほうに身体を逃げしていたのに、真子ちゃんも迫ってきた。

 今、気づいたが両手に花だった。絢さんの胸が少し当たったし。

「えっと絢さん……当たってます」

「話をそらすんじゃありません。べつに減るもんじゃありませんし」

「わ、わかったから、放れてくれ……」


 俺は、入学式に高校デビューをしようとして失敗したこと、神様に「住ませてくれ!」と驚きに続き、「神様じゃ!」と発言し、俺と遊ぶためにやってきたこと。ラーメンが好きになった理由とか、公園に行って、鉄棒をやって、全裸を見たこと、子犬を埋めてやって、二人で哀しみ泣いたことまで、全部話した。


「どうだった? あ」

「雨、上がったね」

「そうみたいですね」

 俺たちは立ちあがって、傘をすぼめた。

 塞がっていた雲が左右に割れていく。

「夕日、キレイですね」

「うわあー、キレイ……」

 暮れかけている夕日が俺たちを照らす。冷えかけていた身体を温めてくれる。

「桜太くん! 見てみて!」

 真子ちゃんに、教えられて気づいた。

「虹……」

 手紙に記された、初めての景色。多分、これのことだろう。

「答えは、これなんですか?」

「そうみたいだ……でも、清々しい気分だ」

「そうですか……」

「そういえば、絢さんなにアドバイスされたんですか?」

「私ですか? 周りをよく見るんじゃぞ、と言われました。そのあとは、今のこの現状を見ればわかると思いますよ」

 入学式で見た堅苦しそうな絢さん、と部室に初めて訪れた時の柔らかくなっていた絢さんの温度差。そういうことか。

「すべて、解決したんですか」

「母とも仲よくやっています。では、私、帰りますね」

「え……」

「明日こそは部室で、会いましょう」

 絢さんは髪をかき上げて、行ってしまった。

 俺は振り返り、真後ろにいた真子ちゃんと目線がぶつかった。

「えっと……」

 真子ちゃんは一瞬、おどおどして、目線を下にやったが、またすぐに俺と目線をあわせるように上げる。

「桜太くん、今なら言えるよ、わたし」

「…………真子ちゃん」

 俺と真子ちゃんは虹に夕日に見守られながら、見つめあった。

「好き……桜太くんのこと――好きです」




 夜中。

 俺は真子ちゃんに告白されたせいか、寝つけず、神様の部屋で窓越しにキレイに輝く夜空を眺めた。

 あのあと、真子ちゃんは俺の返事も聞かずに、走って帰ってしまった。

 返す言葉はもう決まっていた。明日……絶対に返事をしよう。

 姉貴に聞いたら「好意を踏みにじるようなことは言うなよ」とにやけた顔で見られた。言われなくても、そんなことは死んでもしない。

 どちらを選んでも、俺は真子ちゃんと、絢さんと笑っていられるのだろうか。それとも壊れてしまうのだろうか。

 不安に陥ってしまわぬように俺を逃げない男に変えてくれたのは、まぎれもなく神様なのだろうか。

 昨日、今日でいろんなことがあった。絢さんや真子ちゃんのこともたくさん知れた気がした。

 そこでいろんな神様のことも知った。

 まる一ヶ月よりも、この二日間のほうが知ったことが多い気がするくらい。

 子供のようだった、時には俺よりも大人だった。

 決して、よそ見をしなかった。

 立ち止まらなかった。なんでも興味を持って、俺よりも誰よりも行動を起こした。

 そんな神様は今、いない……。

「どこ……いったんだよ…………」

 手がかりだと思っていた、手紙もケースも答えは見つけたはずだ。でも、なにもなかった。勝手な勘違いだった。

「そっか……部屋に……戻るか……」

 ガラス窓に背を向け、静かに歩き、ドアノブに手探りで手をかける。

 ガチャ、と開ける時、トン、と誰かが後ろで着地するような音が、小さく聞こえた。


「桜太……髪、切ったんじゃな」


 俺は開けたドアをそのまま閉めた。

 シャンプーでもない、わかりやすい匂い。何度も響いた子供のような色のある声。

「よく……気づいたな」

 俺は振り返ったりしなかった。

「真子に……切ってもらったのか?」

「そうだ……知ってたのか?」

「前に聞いたからの」

「そう……だったのか」

 窓は開いていないはずなのに、風を感じる。隙間から風が入っているのかな。

 俺と神様はしばしの無言の末、神様が問いかける。

「手紙……読んだか?」

「うん……読んだ……答えも見つけた……」

「そうか……二枚目は……どうじゃった?」

「…………えっと」

 俺は返す言葉を失っていた。

「気分……悪くした……じゃろ……」

 違う……。

「怒って……おるんじゃろ……」

 全然、違う……。

「もう…………見たくもない……んじゃろ……」

 全然……全然、違う……俺が聞きたいのは……そんな言葉じゃない。

「もう……妾のことも忘れて……キライになっ……て――」


「違う! 俺が聞きたいのは、見たいのは、神様の……笑顔なんだよ!」


 俺はドアに向かって、夜中なのも気にせずに神様に聞こえるように叫んだ。

「え……」

「俺は、怒ってなんかいない……ましては神様のことを……キライになんか、絶対にならない……俺は、ただ、神様の笑顔が……見たい……」

 俺は見上げる。真っ白い天井。汚れ一つない、昨日は見えなかった天井が近い。

「本当に怒って……おらんのか?」

「ああ、本当だ」

「キライになって、おらんのか?」

「それは、ありえない」

 俺は、素直にそう言葉にする。

「妾は笑っておるか? 笑っていられておるか? 妾は……笑いつづけて、いいのか?」

「そうだな……」

 俺は、眼をつむる。

「暗い顔をしてるよりかは、全然いいよ。だから、となりで笑っていてくれ」

「そう……じゃな、ありがとう、桜太」

「こちらこそ、おかえり、神様」

「ただいま、桜太。そうじゃ、妾と握手をしないか」

「ああ」

 俺は振り返る。

 初めてあった時に感じた、妖精のような雰囲気を思わせる少女。

 眼に溜まっているしずくが月明かりで光っているが、無邪気な笑顔も健在で逆にしずくがそれを際立たせる。

 身長差のある二人で神様は少し高く手をさしだす。

 俺は手を低くさしだして、握った。

「桜太の手は温かいな」

「そうかな……」


「手をあわせて、幸せじゃな」


「そう、だな」


 まだまだ無力な俺と名札だけの神様との物語。


 これからも、ずっと続く道。


 俺を引っ張る神様と、俺と並んで引っ張られる真子ちゃんや絢さん。


 これからもこの先にもきっと、様々な神様も知らない、新しい物語が俺たちを導いてくれるはず。


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