四幕 二人
夕焼けに照らされた観覧車こと『サマートライアングル』。本日二回目の乗車。一回目のあとにイヤって、いうほど絶叫マシンに乗ったせいか、俺はこのぐらいの高さなら平気で耐性がついたようだ。
俺の前には膝にバッグを置いて、俯いている真子ちゃん。
「えっと、キレイ……だね、景色」
「う、うん」
「ほ、ほら、あれなんて、どう?」
指で今、神様と絢さんが向かっているだろうベネブをさした。
「うん……」
「さ、さっきの真子ちゃん……ほら、カッコよかったよ……朱乃ちゃん、多分……あれ、嬉しかったよ、俺なら、そう思うし……」
「そ、そうかな……無視、できなかった……だけだよ……わたしなら助けてほしいから」
真子ちゃんの反応に違和感はなかったけど俺は、少し気になった。
ど、どうしたのかな……。俺、なにか気に触ることでもしたのかな。
しばし、無言になって。
「………………ごめん。俺が、なにかやったのなら、謝る……」
俺は頭を下げた。無意識に自分に身に覚えがなくても、真子ちゃんを傷つけていたとしたら、と俺は怖くなった。だから、俺は真子ちゃんに頭を下げた。
「な、なに? 突然どうしたの?」
「いや……だって、真子ちゃんが……なにかわからないけど、素っ気ない感じだったから……そのー、怒ってるの……かな、って」
「わたし、怒ってないよ……違うんだよ、いつも以上に緊張……してるんだよ。……その……桜太くんと二人っきり、だから……」
真子ちゃんの背後から、照らされている夕日が真子ちゃんを赤く見せる。夕日のせいで赤く見えるのか、それとも……照れて頬を赤らめているのか、区別はつかない。
「ああ、そ、そっか……俺の勘違いか。な、なら……」
俺は後ろ髪をかく。正直、今の真子ちゃんの顔を見て、心臓がドクンドクン、と脈が早くなった気がする。
真子ちゃんはさらに顔を下にやった。
俺も次の言葉を見つけだせず、もやもやとする。
「桜太くん、覚えてる? わたしと初めて話した時のこと」
真子ちゃんは顔を上げず、そのまま話している。
「も、もちろん覚えてるよ。俺、女の子と話すの……苦手だから、あまり話せなかった気がするけど」
俺はあの日のことなら、多分、永遠に忘れるなんてことはないと、自信がある。
「わたし……その日、すぐに帰っちゃったでしょ、なんで……だと思う?」
「えっ…………用事……とかじゃなかったの」
俺の言葉に真子ちゃんは顔を横に振った。ぶら下がっている二つ結びも一緒に揺れる。
「じゃあ……」
「わたし……すごい緊張してた……。だって…………………………なんだよ……」
真子ちゃんは、聞こえないくらい小さな声で呟いた。最後らへんはまったく聞き取れなかった。
「あ、あの……だって、からなんて……」
「ふえっ! あ、ああ、なんでもないよ! うん、なんでもない……」
俺に手を振って、なにかをごまかした。顔もさらに赤くなっていた。
「そ、そっか……あと、暑い? 窓、開けようか?」
「うん……」
俺は上にある小窓を少し開けた。けっこう風は入ってくる。
「それと続きなんだけどね。わたしもその……男の子と話したこと、あまりないから桜太くんに、最初挨拶するのもすごい緊張してた。イスに座らない? て言われた時もそのあとも全部、声かけられるたびに、わたし……ずっとドキドキしてたんだよ……」
真子ちゃんが俺の視線にあわせるように、顔を上げる。
さっきまでの恥ずかしそうにしていた眼が今はまっすぐに俺を見据えている。
俺と同じようにドキドキしたあの部活初日。俺から見てもあの日の真子ちゃんは緊張していたのはわかった。
俺と目線があうたびにお互いに、視線をそらしては神様にからかわれた日のこと。
そうか、俺は流れる時間がすぎれば、すぎるほどに俺は慣れていった。
でも真子ちゃんは今もこの時も俺と話せば、話すほどにドキドキして、目をあわせるのもためらうぐらいに。
あれ? 今の話の流れからして……それって…………?
俺は急に身体が、こわばった。
「桜太くん」
「は、はい……」
これって……こくは…………
「わたし、桜太くんのことが……ス―――」
「はーい。到着です」
俺と真子ちゃんは、事前に待ちあわせ場所を指定しているわけでなかったので、とりあえずお土産を買いに入口にあったお店に入った。
俺は、姉貴のためにクッキーとぬいぐるみを買った。
真子ちゃんはあのあとは平然とはいかないが、いつも通りの振る舞いをしていた。
次の言葉をまっていた俺が悪いのかもしれない。あの時、見事としかいえない、偶然的なタイミングでドアを開けた係員のおじさんに一切の非はないにせよ……ないにせよ……やるせない……。
でも、あれは本当に……本当に、こくは……いや、考えるのをやめようか。うん。
いまさら俺から聞くのもなんか気が引けた。人間、タイミングが大事なのを知ったところで、
「真子ちゃん、いっぱい買ったね」
「そ、そうかな、ふ、普通だと思うよ」
俺の二倍ぐらいの量を持っていた。
「おーい、まったかー」
「いいや、そんなにまってないよ」
ちょうど、店からでてきたタイミングで神様と絢さんがこっちに向かって歩いてきた。どうやら真子ちゃんが、絢さんに居場所は知らせてたみたいだった。
行きと違い、絢さんがいる。俺たちは電車で揺られながら、遊園地のことについて色々話した。ジェットコースターのこと、お化け屋敷のこと、ゴーカートのこと、朱乃ちゃんのこと、様々だ。一時間では足りなさすぎるくらいの話題で盛り上がった。
駅で別れた。また明日な、と言うと、四人で手を大きく振った。人目なんか気にせずに俺も子供みたいに別れを惜しむようにやった。
神様と並んで帰路につく。そこでも続く。
「今日も楽しかったな」
「そうだな」
電車で何度も聞いた感想に、俺は返す。
「桜太は、どうじゃった?」
「なにが?」
「真子とのことに決まっておるじゃろ、どうじゃった?」
前へ歩いていく神様が振り返り、期待しているまなざしを俺に送ってくる。
「え……どうって言われても、観覧車に乗って、お土産買ったぐらいしか……」
「なんじゃ、つまらんの~ちゅーぐらいしたんじゃと」
「いや……そういう関係じゃないし……」
神様がタコ口でぴょんぴょん飛んで、冷やかしてくるので俺は「ほら、置いていくぞ」と横断歩道を渡る。
もちろん神様の言う『恋人』の関係を望んでないと言えば、ウソなのかもしれない。もしかしたら俺と真子ちゃんが、その…………つきあっ……。
俺の考える中、俺の身体中が街灯とは、また違った灯りが俺をつつんだ。
「――――え?」
視線を横にやると大型トラックが、スピードを落とさずに赤信号で突っこんできた。俺は身体が竦んで動かなかったが、一つの言葉が脳裏によぎったのが――
――死んだ
ガシッ、
俺の片腕を力一杯に引っ張る、気配がした。その人のおかげで、俺はどうにか歩道に連れ戻ることができ、命拾いをした。
「死、死ぬかと思った…………ありがとう、神さ、ま……」
座りこむ俺の背中に神様が抱きついてくる。
「ど、どうしたんだ?」
「これで……いいんじゃよな……」
神様が小声でしゃべる。その吐息が俺の背中から全身に伝わってくる。
「そ、それってどういう、意味……」
俺の頭を神様が、力の入っていない手で抑える。
「しばらく……このままで……いさせてくれ」
力のない、初めて会った日、神様は悪意を持たない。それを告白した時と似た、また違った感情が俺を揺らす。
俺は神様の言った通り、無言になった。そのまま何分ぐらいだろう。そして――
「ありがとう、桜太――さよ――」
背中にあった体温がすぅーと消える。
「え……」
俺に残ったのは、微かな体温の名残が消えゆく様を呆然とまつことだけ。
そして、俺の人生に一つの句点が記されたこと。




