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命令だから

「っ!!」


ズズッーーズサッーーピシャッッ


右手に力をこめて矢を引き抜く。

鮮血が吹き出た。


激痛が再び襲い、すぐに手で押さえる。

左腕に激痛と共に麻痺が襲う。


「っっ””」


突然の矢に私は泳ぐことも忘れていた。

足はすでに泳ぐのを止めて、痛みと疲労に力が入らない。

湖に浮いてもいられなくなる・・


やば、い・・もうーー


肩まで水に浸かってそのまま、

ブクブクと水の中に落ちていこうとした時、


「わんわんっ、クゥウンッ」

「わぉんっわんわんっ」


犬達が私の脇に首を突っ込んで、

ジャバッっと引き上げた。


“危ないって言ったのに、ーー大丈夫?”


と、声をかけられた気がした。


痺れと疲労、魔力の抜け落ち、

それらもあってふいに思考回路は落ち着きを取り戻す。


「っーー”・・」


そのまま押され泳ぐ犬を見ながら、

あのとき、吠えた声が大きくなったのはそのためか・・と

気が遠くなった思考で考えた。


「わんわんっーーわぉん?」


ついたよ、動ける?


しばらく泳ぐと岸が目の前にあった。

そんな風に言われて、痛みに顔をしかめながらも、


足と無事な右手を動かして、

ジャバッっと岸に上がった。


「っーー”」


襲う激痛に顔をゆがませる。

ふらりと立ち上がったが、それ以上動けなかった。


犬達も岸にジャバッと上がって私のそばに寄ってくる。


紅い血が腕を伝ってポタッと落ちる。

血が止血用に手をあてがってもとめどなく溢れていた。


痛みと体の限界が頭が訴えてーー重い。


どこか抜け落ちた鮮明な焦りも衝動も

それ故になく、逃げるに逃げれなかった。


もう、--私、は・・・


つかまった とそう絶望にかすんだ意識で思った


ーーーその時、


「俺以外に捕まらないというのは本当だったな」


頭上で感心したような声が聞こえた。


「!」

この、声はーーー


思わず頭上を見ると、


ヒューー、フワッ・・シュタッ


見知った声の主が浮遊していて、黒いローブを翻し、

そのまま私の正面に降り立った。


初めてその容姿・容貌が私のユラユラした視界に映る。


「!」


金髪で蒼い瞳のーー青年。


それは霞んでいく視界にも鮮やかな色だった。

希望という光を運んできたような気がした。


「この俺が誰だか分かるよな?

お前の伴侶になる男なんだからな」


「」


こくりと驚きながらも私は頷いた。


声はつい最近聞いた低い声だった。

これは王子の側近が王子だと認識している声ーー・・。


それが今、目の前にいる人物の声だと理解する。ヴァル殿下だ。

会うのはこれが初めてだったーー。


同じ容姿を過去に見たことがあると頭は訴えるが、頭痛がしだして

麻痺して辛くてそれどころではない。


でも、それ以上に、聞きたいことがあった。


「なぜ、--ここに」


「俺か?命令だからだ。」


「・・・」


その言葉に一瞬、気持ちが緩んだ。

どこか自分と似たところがあるとますます霞む意識で思う。


「王子という身分はつくづく俺を縛る。

逃げ出したお前を連れ戻せという命を受けた」


心底イヤそうな声が頭の中をゆっくり貫通していく。

足元がゆがんだ。


「そう、です、かーー、っ”」


かろうじて頷く。けど・・・それを最後に、


ーーフラッ

私の身体はふらついて地面に膝から崩れ落ちた。


もう目の前が真っ暗だ。

完全に闇に飲み込まれていく。


そのまま頭から地に倒れていく所を、


「おいっ!?」


ふわっと彼が抱きとめた。


「おいお前熱がーーー」


それを最後に私は気を失った。









***ヴァル視点



「おい大丈夫か、おいっ」


俺は熱を帯びた体を仰向けにし、声をかける。


「っ・・、っーー」


浅く呼吸を繰り返す彼女は、

一向に意識を取り戻さなかった。


彼女の額に手を当てれば、沸騰しそうな熱さで

火にでも当てられたのではないかという高熱。


こうなるまで

どのくらいの無理を重ねたのか。


俺が出向くまでの一週間を、彼女は逃げ続けていたのだ。

その過酷さに驚愕した。


視線を彼女の体に映すと、


「」


白い衣は、

水に濡れ、血に濡れ 滲み 紅く染まっている。


鼓動のドクドクという音と共に

左腕から流れ出る血に止まる気配は無い。


「・・・」


ーー先に止血しないとまずいな。


俺は“矢を使え”という命令はしていない。

おそらくこの地を守る天狼が手を出したのだろう。


・・そうしなくても俺なら捕まえられたのに。


「光よ、この者に癒しを与えよ」


矢に射られた彼女の左腕に手をかざす。


フワワワンッ


光が霧のようにあふれ、傷口を癒す。


フワワーースシャーー!


光が強くなって回復呪文が強化されても

なかなか血が止まらなかった。


「っ」


毒でもしかけられたか・・っ


舌打ちしたい気持ちに駆られながら、しばらく続けると、

やっと血が止まる。

だが、かろうじて傷口がうすく塞がれただけにすぎなかった。



「クゥウンッわわんっ」

「わぉん、わぉんっー」


二匹の犬が心配そうに傍に駆け寄ってきた。


「わぉんっわぉー」


「」


くいくいっと黒い毛並みの犬クロウが、

俺の袖を引っ張って湖の向こうを示す。


「殿下ーー!!」

「大丈夫ですかーー」


向こうには、側近であるリドやその他の者が

そわそわしながら待っていた。


「わんわんっー」


はやくいこうとばかりに、

灰色の犬グレイは心配そうに彼女を見つめ、急かした。


ちらりと彼女の容態を見ると、

とてもじゃないがこのまま放置はできなかった。


呼吸の辛さ、左腕の怪我、高熱、

ーーーこれを今までガマンしていただけでも無理があるのは一目瞭然だった。



「ああ、そうだな。すぐ向かう」


犬に頷いて、彼女を抱き上げ俺は立ち上がった。

そして、湖を渡る準備をした。


「クロウ、グレイ、--ウィングチェンジだ」


「わんっ」


「「アォーーンッ」」


俺の言葉に犬達はそろっって雄叫びを上げ、


スシャーフワワワンッーー


夜の闇のような霧で全身を包み、姿を変えた。


すしゃーー・・・ばさっばさっ


数秒経たぬうちに霧が白い光に断たれ、二匹の犬の背に光の翼が生える。

これが、俺と契約を交わした犬の二つ目の姿。


空を飛ぶ術を持った獣だ。


「!」


瞬時に魔力を足に込めて


ダンッ

と俺は地を蹴って浮遊した。


「いくぞ」


「わんっ」

「わぉんっ」


ふわふわと浮かび身体が安定したところで


ヒュンッーー

と、風を凪いで湖を横切った。


ヒューーーーッフワフワシュタンッ

バサッバサッバサッーーフワッタタンッ


「殿下ーー!」


湖を渡り犬と共に降り立ったとき、

側近が目の色を変えて駆け寄ってくる。

副団長のアイクも傍に控えていた。


「紅いぞ、あれはやばいんじゃないのか」

「姫様もかなり辛そうだな、泳ぐ最中に矢が飛んできて」

「追いかけるのはそりゃ大変だったが、まさかあんな無防備なときに」

「犬もいたのになぁー必死に追いかけてたのに」


周りに騎士が集まり、どよめている。

それを囲みこむように獣人が距離を置いて視線をこちらに向けていた。


「姫様はーー!?」


「止血はした。だが応急処置程度に過ぎない。

早く戻るぞ」


「団長、矢の件はいかがしますか」


側近の言葉に俺が答えると、

アイクが獣人に視線をちらっと向けながら尋ねてきた。


「それはーーー」

「この神聖な場所に侵入した罰を与えるのは当然だろう?」


獣人の一人・・リーダー格のある男が俺の言葉を遮った。

「お前は」


ここに来るときに、


『はやく捕まえてすぐに立ち去るんだな。

お前らもどうなるか分からんぞ』


と一言にらみを利かせて立ち去った男だった。

男の風格は、かなり威厳的でどこか冷酷だった。


「その侵入者は姫様だというじゃないか。

お前らから罰を与えることはできないのだろう。

だからしたまでのこと」


フンッと鼻で笑い、当然のように男は言い放つ。

その言い方にムッとするものの、確かにその通りだともいえた。


「毒を塗るのはやりすぎだと思うな、天狼殿」


ーー少しはこちらも利用してやろう


やり返す気にもさせた。続けて俺は話を切り出す。


「そのおかげで連れ帰るのが大変だ。

重症も重症。死んだら、捕まえに来た意味がない。」


「--」


「このままだと森を抜けるまでには死ぬだろうな。それは困るんだ。

だが、天狼殿は魔術に長けてると聞いた。そこで考えがある。」


「」

「はやく追い出したいなら、

ここにいる者全員、テレポートできるのではないか?」



「!!」


テレポートできるだろ?だったらやれ! と、


暗にそう言った

“拒絶させない”いわば命令ともいえる提案に目を丸くした。


男の言葉に抗わず、

別の方法で見下すように言い放たれる。


男はギリッと歯を食い縛り、


「っいいだろう!その考え、呑んでやる。

ただし、もう二度とこの地に踏み込むな」


苛立った口調で投げやりに提案を受託した。


「言われなくてもそうする。」


ニヤッと成功の笑みを浮かべて、俺は素直に頷いた。


そして、俺を中心に騎士達が集まり、犬は背に生えた翼を消して

それを覆い囲むような魔法陣が、作り出された。


「汝らを

我が念ずる地に飛ばせ!テレポート!」


男の声に

他の天狼が陣を強化し、俺達を飛ばした。



ヒュゥウウーーーーー

       ーーーーシュタンッ


一瞬の後に身体が浮いて、

空間を切る音と同時に地面に足がついた。


「リド、父上に報告しろ。」

「御意、ではすぐに通信機にて連絡を。」


俺はすぐに命じた。

その命令にリドは切り替えて頷き、馬車に向かう。


「団長、馬車が用意されています。走行時間は短くありません。

姫の衣を乾かさなければ・・御身に障ります」


アイクが提案をしてきた。控えめな口調だったが有無を言わせはしないだろう。

これは俺も失念していたことであった。

止血はしたが、

確かに濡れているままでは、病状が悪化してもおかしくはない。

走行時間は約三時間。それだけあれば濡れているだけで高熱は長びくだろう。


「ああ、そうだな。」


俺は素直に頷き、彼女を片腕で抱き支えて

もう片方の手のひらに魔力をこめて彼女にかざした。


「ーー日の光よ、かの者の纏いし衣を乾かしたまえ」


火の属性魔法を活かし、精励を呼びかける呪文を使用する。


スシャーーとオレンジ色の光が集まって、彼女の衣を一瞬で乾かした。

無論、傷口に負荷を与えずに、だ。


「では、向かいましょう。馬車の中には救急箱もございます。

走行中にやれるでしょう。」


お前、・・それは俺にやれということか?


そんな風に思ったことは口にせず、


「ああ、俺がやる」


と厄介ごとをそのままの流れで引き受けてしまった。


そうして、

目の前に止まる何台もの馬車の一つに

俺と抱きかかえなおした彼女、馬の操縦席に側近が、乗り込んだのであった。



パカッパカッパカッーーー



そして、乗ること一時間半後、

通信器具にかかってきた電話が思いもよらぬことをもたらすことは

まだこのときは、誰も知ることは無かった。

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