仕事だから
ヴァル視点
「殿下、明日リュティシア姫が参られます。」
「俺は妃などいらん。つれてくるな」
「殿下!!」
サンナイト王国の東の塔の一室での出来事。
俺は側近の顔を見ずに拒否した。
黙々と書類を書き上げている俺に、
無駄なことをしてるとしか思えない側近を傍から見たら哀れだと思うだろうか。
だがそれも、俺の良心に罪悪感を忍ばせることはない。
「そんなこといわないで下さい!
隣国との国交がかかっているのですよ!!」
「・・俺には関係ない。
それに何故俺が妃を娶るのが先なんだ。
兄がいるだろう」
国のこととなると仕方がないことかもしれない。
だが、俺にも権利があるはずだ。
「貴方の兄クアルン様はもう婚約者がいるではないですか。
それに今は諸国を渡り歩いていてーー」
「もういい、うるさい、
仕事してるんだ、今その話をしなくていいだろ。
あとにしろ」
「あとっって・・殿下!
そんなこといってまとも話を聞いてくれないでしょう、貴方は!!
全く貴方って人はどうしてこういつも」
「あーわかったわかった、もうお前の好きにしろ
もう出て行け」
いつもの説教が始まる前に
俺は適当に軽くあしらって追いだした。
「ちょっと、殿下ーーー!!」
キイィー・・バタンッ
ドアを完全に閉めれば側近の声は何も聞こえなくなった。
「まったくあいつも懲りない・・。
妃はまだ邪魔だといっただろうに」
俺にはまだ妃はいらない。
まだ、邪魔に過ぎない。
俺にはほしい奴がいる。
会いたくて焦がれる奴が。
それにまだ仕事も片付いていない。
「---」
俺はふぅっと息を吐き、いすに座りなおした。
机の上には、まだ未決裁の書類や、事件簿がある。
「・・ルティ、お前は今どこにいるんだ」
時々、そう呟かずにはいられない。
空もないのに天井ばかりを俺は見つめて過去を振り返る。
“ルティ”それは、十年前に出会った少女だった。
十年前、
隣国との国境付近に
領地を持つ貴族の屋敷で仮面舞踏会が催された。
俺が八歳になった年で
社交界に関しても知識を持たざるをえない時期だったため、
息苦しい毎日を送っている頃だ。
そんなとき
どんな無礼も許される仮面舞踏会が国内で開かれると知る。
当然、王族も参加した。
息抜きが目的だ。
だが、俺にとっては人が多すぎて大人ばかりで
窮屈であり、退屈だった。
ガヤガヤとした耳鳴りがするような会話の集まり。
華やか過ぎてまぶしすぎるホール。
夜だと忘れそうな賑やかさだった。
そんなとき、
外界を遮断するカーテンから一瞬柔らかな風と光が差し込む。
「」
振り向いたときには、カーテンがめくれた瞬間だった。
「!?」
その瞬間に、幼い少女の姿が視界を埋め尽くした。
ベランダのてすりのそばで、月と何かを見比べてる姿だ。
それはどこか神々しくて、童話にあったような
月の光に祝福された“月に帰る姫”がそこにいた。
でもそれは刹那の出来事。
もう少し見たくて、近づきたくて・・。
姫が遠ざかる前にーーー
ダダッ
俺はすぐにカーテンからその奥に向かって駆けた。
けれど思いの外、仮面が邪魔でなかなか外に出られずに時間を要する。
仮面をはずし、カーテンをもぐるように抜け出して
服についたほこりを払いながら、態勢を整える。
そしてふと顔を上げれば、
「!・・」
目が合った。
視線が合わさるその瞬間に自分が絡みとられて捕まってしまった気がした。
月の姫の瞳は宝石のようだった。月の光に満ちた銀に紫がかかった瞳。
月とは対照的なキラキラとした太陽のような輝きをもその瞳に宿している。
「・・・」
「・・・」
束の間の沈黙。
それは心地よいようで歯痒かった。
そうして出会った少女に、
自分はとっさになんの脈絡もない言葉をかけてしまう。
「--どうして、ここに?」
今でも思う。何故こんなことを言ってしまったのか。
“どうしてここに?”
そんなのまるでいたのに気付かなかったような言葉。
いることを知らなかったことが前提な上で出た言葉みたいに聞こえる。
俺は違った。
彼女がいたからここに来た。
じゃあ、なんで言ってしまったのか。
それはーーそう、きっと、
ここからいなくなってしまうことを恐れたのかもしれない、、
初めて出会ったのにおかしな話だとは思うけど、
ホールの中にいるのが舞踏会では当然のことだから。
余計に“どうして?”という疑問が浮かんだのかもしれなかった。
「だって、人いっぱいなの、やなの」
そんな言葉が返ってきた。
たどたどしい話し方。
その幼い口調で、それでも話しなれていないのを補うように
全力で自分の意思を告げるその姿に見惚れてしまった。
それから、いろんなことを話した。
名前を知った。たどたどしくルティとなる彼女を。
ーーーーーー
「ふぅ」
そこまで思い出して、俺はため息をついた。
あれから十年たった今でも、その少女が忘れらなかった。
きっと俺の初恋なんだと思う。
諦めきれず、
ひそかに彼女を探し回るが、見つからない。
もし妃を娶るなら、彼女が良いと思うのに。
彼女をまだ、探し出せてもいなかった。
“また会える”
そういったのに、いまだに会えることはかなわなかった。
コンコン
突然、ノックの音が聞こえた。
「誰だ」
「魔法専攻守騎士団副団長アイクです。
失礼します」
いつもご丁寧に騎士団名まで言ってここに訪れるのは
いわずとしれた仕事仲間の若い青年だった。
ガチャッとドアを開けて執務室の中に入ってくる。
「団長、訓練の時間になりました。
皆の指導、頼めますか」
俺よりも少し年下の有望なルーキーだ。
冷静沈着。黒髪黒目がそれを際立たせている。
「まだ書類は山ほどあるんだが・・」
ちらっと書類の山を見てあいまいに呟く。
すると、
「事件簿ですか。
それなら、騎士団のメンバーにも事情聴取として
一緒にやってしまえば楽かと思います。」
「それはいい案だな。そうしよう」
「それと、訓練だけは団長がいないと困ります。」
「そんなに困るか?」
「はい。魔術において団長に勝る者などいません。
まだ魔術を取り入れた戦略は浅く未熟ですから。
自分とて、魔術と剣術の同時使用は慣れていません」
どこかのヒステリックな誰かさんと違って、
副団長であるアイクは、いつもの口調で淡々と助言も理由も述べてくれる。
聞いている身としては、アイクのほうがずいぶんと楽だ。
「そうか・・。確かにまだ鍛錬は足りないか。
区切りがついたらすぐ行く。先にウォーミングアップでもしておけと伝えてくれ」
「お忙しい中
時間を割いていただいてありがとうございます」
深々とこれもいつものことだがアイクは礼をした。
よほど、団長を煩わせることに申し訳なく思っているらしい。
「いや、いい。これも“仕事だから”な
その分、事件簿も手伝ってもらうしお互い様だ。
じゃあ、先に伝言頼んだぞ」
「はい、先にしておきます。団長、またあとで。
では、失礼します」
ふっとやわらかい笑みを浮かべて
アイクはその場を退出した。
残された俺は、途中の書類を見ながら思った。
「まだやることは、--たくさんあるな」
魔術に弱い。それが自分の勤める騎士団の弱点だ。
それを克服し逆に長所とするのが、団長でもある俺の役目である。
そして、強くならなければならない。
第二王子であるかぎり、国政は俺を縛るだろう。
だがそれを覆すほどの実力がなければ、ほしいものにたどり着かない。
今、俺が求めるのは、ルティだ。
だが、見つからないし、その邪魔となる婚姻が目の前にある。
婚姻をどうにかしないと俺は一生ルティに巡り合えないだろう。
だから、まずは、訓練で鍛え、強くなって、
婚姻を取り消す。
俺はそう決意して、書類を書き上げ訓練場に向かった。
そして翌日、側近が隣国の姫を迎えに行っている隙に
新たに、ドアノブにこっそり魔法を刻む。
俺の許しがない限りドアが開かぬようにと。
けれど俺はこのとき予想もしていなかった。
魔法が見破られ、なおかつ姫が出て行くことなんて。
そしてそれは喜ばしいことではなく、俺にとって波乱を巻き起こすものだということも。
やっと二人の視点がかけました。
これからはこうやって同時進行で視点を書き進めます。
あくまでリュティシア視点がメインですが、
恋愛の流れを汲み取れるように時々ヴァル視点を入れていこうと思います。
3000字超えると意外と読むのが
大変かもしれませんが・・・よろしくお願いします!
・・って、あとがきが長くなったら、余計読むのが大変かw
「そうですね、読者様は苦労してるかも」
「ああ、まったくだ。無駄なことを書きすぎてるせいだろ、明らかに。
自己分析の余裕なんて俺には全くないのに何書いてんだ、作者」
・・怒られました(泣)